第32話 「バイク免許」
2人は、マイクロバスの小さな送迎バスに乗った。
バスには、2人を入れて、8人が乗っていた。
少しすると、バスは走り始めた。
さっきの出来事で、誠は何となく様子が変だったが、みずきは構わず話し掛けた。
「ねぇー、誠さんが好きになった子ってどんな人だったの?」
「どんなって・・・、可愛くて、明るくて、優しくて、スタイルも良くて。」
「でも、あんまり話とかしてなかったんでしょ。多分、それは、誠さんのこうあって欲しいと思う気持ちだよね。その人が優しくないっていう訳じゃないけど、その時の状況を考えれば、一緒に居てつまらないとは、言わないと思うけど。」
誠の表情が、少し険しくなった。
「そんなことないさ。ただ単に、僕が面白いこと一つも言えずにいたから、つまらないと思っただけだよ。誘っておいて、退屈させた僕が悪いんだ。」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの。調子に乗ってしゃべった私が馬鹿だったわ。」
「いや、いいんだ。別にその子のことは、忘れたから。」
嘘つき、忘れてたら、そんな顔して喰い付いてこないでしょ。と思いながらも、心に傷を受けても、その人のことを嫌いにならずに、自分が悪いと言っている誠を、なぜか、みずきは、より好きになっていた。
誠も解っていた、高校の時の失恋を引きずっていて、新しい恋愛に踏み切れずに、芸能界に興味を持つことで現実逃避をして、自分をごまかしていることを。
暫くの間、沈黙が続いた。
そして、思ったよりも早く、教習所に着いた。
降りると全員が、足早に教習所の入口に向かった。
2人は、入校案内と書かれたカウンターに近づいた。
「ご入校を希望ですか?」担当の若い女性が、聞いてきた。
「はっ、はい。」みずきが、反応した。
「どうぞ、お掛け下さい。」担当の女性は立ち上がると、手で椅子を示した。
入校の説明を一通り聞くと、外に出て、教習風景を眺めた。
橘みずきが、不安そうに言った。
「なんか難しそうだねー。私なら、あそこの車庫入れなんか、絶対、周りの棒に当てちゃうよ。」
「うーん、かもね。慣れなんだろうけど、規定時間オーバーしたくないなー。」
「誠さんなら、運動神経いいから、きっと大丈夫だよ。」
「どうかなー。運転は別なような気がするけど。」
「あっ! あそこ! 女の子がバイクに乗ってる。なんかカッコイイ。」
「小さな体で、大きなバイク乗ってると、スゲーって思うもんな。」
「そうだ! 私、バイクの免許取ろうかな。そしたら、ここで会えるし。」
「親が許してくれるの? バイクは危ないから駄目って、言われるんじゃないの?」
「かもしれないけど、内緒で取っちゃうからいいの。」
「お金はどうするの?」
「貯金も有るし、バイトしてるし、何とかなるよ。」
「凄い! 意外に行動力有るんだね。」
「まーね。ちょっと、話聞いてくるね。」
みずきは、さっきのカウンターに戻り、バイク免許の話を聞いた。
戻ってくると、元気に言った。
「25万円くらいだって。決めた! 誠さんが通うなら、私も通う。」
「マジで?」
「うん!」
2人は教習所を送迎バスで出て、蒲田駅に戻って来た。
駅前のレストランで、入校の手続きを検討することにした。
橘みずきは、少し意地悪気に聞いてみた。
「何迷ってるの? 入校するつもりで見に来たんでしょ?」
「えっ、まー。友人とはいえ、人に金借りるのは、いい気がしないよ。」
「分かるけど、せっかくの友達の好意を無駄にするのもどうかと思うけどなー。」
「まーね。僕も色々と助けてあげることもあるし、いいのかな・・・。」
「そうだよ。友達って助けたり助けられたりだから。」
「でもさー、金の貸し借りは、友達をなくすとも言うしなー。」
「もー、煮え切らない人ねー。もっと、クールな人だと思ってたのに。
土田さんの場合は、金銭感覚が同じレベルじゃないから、一般論は当てはまらないと思うけどなー。」
「そうだよな。守にとって30万は、僕の3万円ってとこかなー。彼の1月分の御小遣いは、もっとあるし。」
「えっ、そんなに貰ってるの?」
「前に聞いた時、40万って言ってたなー。僕が住んでるアパートの家賃が全部貰えるんだってさ。月4万だから、10部屋で、40万円っていうこと。」
「40万! すっごい! 全部自分で使えちゃうんだから、普通のサラリーマンには、なれそうにないよね。」
「何で?」
「だって、普通のサラリーマンは、毎日辛い思いして一生懸命働いて貰った給料だって、家賃や生活費に取られて、自由になるお金なんて、数万円でしょ? 何もしなくて、それくらい貰えるんだったら、働くのなんか、ばかばかしくなると思わない?」
「まーね。・・・ちょっと電話してみるよ。」
誠は、守に電話をした。
守は、ふたつ返事で了解した。
「今日、帰ったら、金、貸してくれるって。」
「そっか、それじゃ、あした入校しようよ。」
「えっ、あした? ・・・まー、どうせなら早い方がいいかもね。」
「決まり! じゃーあしたも、同じ時間に駅で待ち合わせね。」
「いいのか? 毎日、毎日大変だろ? 電車賃も掛かるし。」
「ん~ん、そんなの大したことないよ。」
「借りた金から、電車賃も出すよ。」
「大丈夫だから、気にしないで。」
「そういう訳にはいかないよ。」
「それじゃー半分、半分だけ出して。」
「半分? ・・・解った。それじゃー代わりに、奢るから好きな物食べなよ。」
「え、いいの? そしたらー・・・・・チョコレートパフェ。」
「他には? もっと、いいよ。4時だし、夕飯食べちゃおうよ。」
「えっ、もう?」
「腹減っちゃったし、どうせ、夜また食べるから。」
「そう、分かった。じゃー、和風ハンバーグ。」
「僕も、それにしよう。」
「駄目だよ。違う物頼んで、半分こ、しよう?」
「なるほど、それじゃー、サイコロステーキにするよ。」
「うん。いいかも。」
店内に、流れていた音楽が変わった。
「あっ! 鮎川瑠美の曲だ。」
「そんなに好きなの?」
「うん、凄く好き。」
「どうして? どこがそんなに好きなの?」
「この前言ったじゃん。みずきちゃんも、好きなんだろ?」
「まーね。でも、今は、恋敵かな。」
「えっ? ミュージシャンを一方的に好きなだけなのに? ファンの一人なだけだよ。」
「分かってるよ。でも、会ったんだよね。」
「転んで歩けなくなってるのを、ホテルまでおぶっただけだよ。連絡先も言わなかったし、連絡もしてないし。」
「失敗した、言っておけば良かったと思ってるんでしょ?」
「そんなこと無いよ。」
「でも、それだけで十分だわ。」
「何が十分なんだよ。」
「あの人には、十分なのよ。」
「何言ってんだよ。訳分かんないよ。」
みずきは、誠に聞こえるか聞こえないか位の声で、呟いた。
「ずっと分からないままだと、いいんだけど・・・。」
料理が来ると、2人は誰が見ても恋人同士のように、楽しんで食べた。
ファミレスを出た頃には、空はうす暗くなっていた。
「奢ってもらって、本当にいいの?」
「全然いいよ。こう見えても、小金は、沢山持ってるんだ。」
「ほんとかなー。明日のお昼ご飯、抜きなんてしないでよ。」
「大丈夫、大丈夫!」
「ありがと。ご馳走様。じゃ、これで帰るね。」
「うん。気をつけて。」
2人は、駅まで少し歩き、別れた。