第30話 「お金持ち」
渉が、妙にニタニタ嬉しそうにしていたので、守が言い出した。
「オイ、勘違いすんなよ。渉は、GTRに乗れんだから。これは、俺の足に使うよ。まー俺にこんな車を教えてくれた誠は、空いてる時なら乗っていいけどさ。あっ、免許無かったんだっけ?」
野田誠は、端からこんな車を運転しようなんて思っていなかった。
「いいよ、俺は。ぶつけたら大変だし。」
水越渉が、口を挟んだ。
「そうだよなー。免許取り立ては、絶対にぶつけるからなー。俺が代わりに乗ってあげるよ。」
橘みずきが、渉の言葉に反論した。
「そんなことありませんよ。誠さんは、運動神経いいですから。免許だって取る気になれば、きっとすぐに取れちゃいます。ねっ!誠さん。」
野田誠は、右手で頭を掻きながら言った。
「どうかなー。球技は自信有るけど。」
橘みずきが、いつに無く積極的だ。
「ねぇー、すぐに免許取って、この車で私をドライブに連れて行ってよ。」
土田守は、実は誠にもこの車を運転してもらいたかった。
「誠ちゃん、免許取るしかないな! 前にも言ったけど、費用は貸してやるよ。返済は利子なし分割で何回でも、いつでもいいからさ。」
橘みずきが、喜んだ。
「やったー。考えることないじゃん!すぐに教習所通ってよ。」
野田誠は、みずきが喜ぶ理由が良く解らなかった。
「お金を返すあてが無いんだよ。」
橘みずきは、今しかないと思った。
「いつでもいいって言ってるんだから。就職してからでもいいじゃない。
ねぇ、守さん?」
土田守は、本当は返してもらわなくてもいいと思っていたが、それでは、誠のプライドが許さないだろうと思って、分割払いを提案していた。
「あー、別にいいよ。」
橘みずきは、もう畳み掛けるしかないと思った。
「ほら、決まり。明日、一緒に教習所に行こうよ。ねっ!」
水越渉は、聞いてて羨ましく思えた。
「もう、決まりだな。」
これほど勧められると、誠は、もうどうでも良くなっていた。
「仕方ないかー、いつか取るものだし。」
橘みずきは、笑顔で誠に向かって言った。
「そうだよ! それじゃー、明日も、1時に蒲田駅ねっ! 約束だよ。」
井上知佳が、いつもと違うみずきを見て、唖然としていた。
「みずきったらー、凄く積極的。」
橘みずきは、ニコニコしながら言った。
「そんなことないよー。私も来年免許取るつもりだから、予習のつもりなん
だよ。」
「そうかなー、誠さんと一緒にいたいって聞こえるけどなー。」
「あらーっ、知佳ちゃーん。私の事より、昨日の勢いは何処に行っちゃったのかなー?」
「私は、そんなに心配しなくても、この車に乗せてもらえるもの。ねっ、守さん!」
「あー。行きたい所、考えておきな。いつ納車出来るんだろう。話詰めて、契約しなきゃ。みんな、適当に見てて。」
水越渉が、守の後姿を見て呟いた。
「あいつ、本当に買う気だよ。」
野田誠も、渉と同じ気持ちだった。
「羨ましいなー。」
橘みずきの耳に、2人の呟き声が入った。
「何言ってるのよ。渉さんだって、誠さんだって、自分の車のように乗せてもらえるんだから、凄いじゃない。そういうお友達を持ってるってことが、お金を持ってるってことよりも、凄いことじゃないの。」
「そーだよ。お金持ちは、大事にしなきゃね。」
美樹が、笑いながら言った。
井上知佳が、首を傾げた。
「美樹ったら、分かってるのかなー。」
上野美樹が、すぐに答えた。
「ジョーダンだつーの。もつは、お金持ちの友ねー。」
「やっぱ、分かってないし・・・。」
「ジョーダンだってば!」
車好きの水越渉は、新車の前に行って、しげしげと眺めた。
「さすがに守でも、このムルシエラゴは、手が出なかったか。」
渉に付いて来た野田誠が、質問した。
「4200万なんて。 何でそんなにすんだよ。」
水越渉が、答えのような答えで無いような言い方をした。
「ランボルギーニのフラッグシップだからね。」
野田誠は、そう聞いても理解できない。
「よく分からないなー。」
「好きだって言うから、知ってるのかと思ったら、スタイルだけだったんだな。」
誠が、凹んだ顔をしていたので、橘みずきが代わりに言いたくなった。
「この形見たら、スタイルだけで十分よ。値段からして、中身だって凄いんだろうし。詳しくなくても、乗りたくなるわよ。」
今度は、女の子に言われて、言い返せないでいる渉に代わって、井上知佳が言った。
「はいはい、お車の好みも誠さんと一緒なのは、よーく分かりました。でもさー、今日一日で、2台で2300万円くらい使ってるんでしょ。凄いよねー。
性格もいいし、ルックスもそんなに悪くないし、本気になっちゃうかも。」
上野美樹が釣られて、つい呟いてしまった。
「私も、守さんがいいなー。」
水越渉が、ちょっと焦った。
「美樹ちゃん、何言い出すんだよ。俺が、居るじゃんって。」
「そもそも、何で私が渉さんと、ペアにならなきゃなの?」
「それはー、俺が、美樹ちゃんを気に入ったから・・・。」
「何で?」
「可愛いから、俺の好みだからさ。」
「可愛いなんて、そんなことないし、あなたの好みだとしたって、外見だけでしょ?」
「そんなことないさ。性格というか、雰囲気とかさ。」
「ほんとかな~。誰にでもそんな事、言ってるんじゃないの? 他にも付き合ってる子がいたりして。」
渉は、一瞬、ドキッとした。
「な、なにいってるのさ。そんなことあるはずないじゃん。」
「その言い方、なんか怪しーい。」
その時、守が、戻って来て2人の横を通った。
「さぁー、行くぞ。」
誠が、守に聞いた。
「本当に買ったのか?」
「おー、誠も乗れるぞ。」