第26話 「翌朝」
守の運転する車は、大きな家に着いた。
石垣で囲まれた大きなシャッターの前に止まり、守は車中のスイッチを操作した。
すると、大きなシャッターはガラガラと開き、左右に5台ずつ10台は入ろうかと
いうガレージが目の前に広がった。
白いワゴン車は、ゆっくりと中へ入り、2台の大きなベンツの隣へかなりの余裕
を空けて止めた。
誠は、車を降りるなり言った。
「こないだのベンツだ! しかも、2台。ちょっと前までは、国産車だったよね?」
「2週間くらい前に、買い換えたみたい。兄貴もついでに、同じの買ったみたい。」
「ここに、GTRも並ぶのかー。でもまだ半分以上、空いてるよね。」
「お客の為に何台分かは空けとかなきゃ駄目なんだ。でも、誠も車買ったら、タダ
で止めていいよ。」
「そう言ってもらっても、いつになることやら・・・。じゃーまた明日。」
「オー、じゃーな!」
誠は、ガレージから階段を上がり、外へ出るドアを開けて、敷地内にあるアパートへ向
かった。
テニスコートが5面は入りそうな、綺麗な芝生の脇を歩くと、アイボリーホワイト色の
組み立て式2×4住宅の2階建てアパートが有った。
各階5部屋ずつ有り、間取りは全て同じで、6畳洋間と4畳半のダイニング、それにユ
ニットバス、トイレ、洗面台と乾燥機付き洗濯機も有り、月4万円は周辺の相場よりか
なり安かった。
壁は白が基調で、縦に鶯色のピンストライプが入った物が洋間、縦にこげ茶色のピンスト
ライプが入った物がダイニングを飾っていた。
家具なども前の入居者の置いて行った物を誠は特に手を加えることなく、そのまま使っ
ていた。
誠は、テニスが好きで、そのグッツがあちらこちらに置いてあった。
そして、県大会で優勝した時のトロフィーが本棚に有った。
自分が一番輝いていた時、辛い練習に耐えて頑張っていた時のことを思い出すことで、
苦しいことがあった時に乗り越えられると思って、実家から持って来て、わざと目につ
くところに置いてあった。
誠は風呂から出ると、慣れないことをしていた緊張感や疲れのせいで、すぐに寝てしま
った。
夜中に一度も起きることも無く、カーテン越しに明るい陽の光が誠の顔を照らした。
「あ~、いけねっ!もうこんな時間。」
時計を見ると、11時になっていた。
「急いで起きて、仕度しないと・・・。」
その時、携帯が鳴った。守からだった。
「よっ! おはよう! もう出れる?」
「悪りぃー、今起きたとこ。」
「そっかー、相変わらずだな。渉からメールで、11時半に駅に着くから、何か食おう
ぜだって。」
「分かった、すぐ用意して車へ行くよ。」
「じゃー15分くらいしたら車に居るよ。」
誠は、急いで歯を磨き、いつも着慣れたポロシャツにジーンズをはいた。
ふと、考えてみると、昨日着ていた物だった。
「しまった! 女の子に会うのに、同じ物着てる分けにはいかないなー。」
衣装ケースを探ってみた。
テニスをしているせいか、ポロシャツはやたらと沢山有った。
「ポロシャツくらいは取り替えていかないとな。」
ペパーミントカラーのポロシャツを着てみた。
「これでいいっか。」
靴は、これまたテニスシューズばかりで、お気に入りの物を履くと、守の待つ車へ向
かった。
「お待たせ!」
「ウィッス!」
「あれ?守。 なんかいつもと違くねぇ?」
「ちょっとは、見た目良くしないとね。」
「あ~っ、髪かー。なんかーきちっとした感じだね。」
「おー、スプレーで、ガチガチよ。」
「彼女がいるのに、しょうもねぇーなー。」
「誠は、少しおしゃれした方がいいんじゃないの?
いつも、ポロシャツにジーンズにスニーカーじゃ、少年のようだよ。」
「おしゃれなんか興味ないよ。」
車は、土田邸を出ると、すぐに蒲田駅前に着いた。
11時半ぴったりに、いつもの待ち合わせの場所に滑り込んだ。
渉がすでに待っていて、守の車を見ると手を挙げた。
渉の前に車が止まり、渉が助手席のドアを開けた。
「ウイッス!」
助手席に座りこむ渉を見ると、誠が気がついた。
「あれ? 渉も髪が変。」
渉は、自分ではかっこ良く決めて来たつもりだった。
「変とは何だよ!」
誠は、渉の気持など考えずに、目に入ってきた感じをそのまま口にした。
「なんか、頭の上で竜巻でも起きたみたいだなー。」
渉は、誠の口にした言葉を無意識のうちに、頭に浮かべて、変に納得してしまった。
「これでも、結構時間掛かってんだぞ。誠がナチュラル過ぎんじゃねぇの?」
誠は、髪の手入れなどしたことが無い。
今朝も、手を濡らして、手グシを入れただけだ。
「見た目じゃなくて、中身で勝負よ。」
「中身ねぇ~。」
守が、3人でたまに来る店を指差した。
「飯、あそこでいいだろ?」
誠が答えた。
「あー、でも、もしかしたら、みずきちゃん達、食べないで来るんじゃないの?」
「そーだなー、どうする?」
渉が、まるで子供のように言った。
「俺、待てないよ。腹、ペコペコだよ。」
誠もお腹が空いてきたらしい。
「今食って、後で食べることになったら、軽いものにすれば良いんじゃないの?」
守が、携帯を取り出した。
「面倒だから、メールしてみるよ。」
渉が、興味深げに覗きこんだ。
「誰に、メールしてるの?」
「知佳ちゃんに決まってるだろ。」
誠が、突然、思い出したかのように言った。
「渉、ホテルの案内係りの大塚美佳さんだっけ? あっちはどうすんのよ?」
「何、突然、言い出してんだよ。まー、どうするもこうするも、付き合いたいさ。」
誠が、いつもの彼らしくないことを言った。
「知らないぞ。変なことになっても。」
「2人のこと良くも知らないのに、選べないだろ? 性格が分かってから決めれば良い
んじゃないか? なー、守?」
メールの送信を終えた守が、ビクッとした。
「急に、俺に振るなよ。」
誠は、正直言って2人の行動が理解できない。
「守は、犯罪者だからなー。あんなにいい彼女がいるのに、ナンパなんかして、女子
高生まで騙してさ。知佳ちゃんが本気になったらどうする気だよ。」
「湘南にナンパされに来てる女子高生で、本気で恋する乙女なんて居ないさ。みんな
遊びと割り切ってるに決まってるさ。」
誠は、守の言っていることは、理解出来た。ケバイ女の子なんかは、そういう風にも
見えていたし、声を掛けたキャバ嬢なんかもそうだった。でも、みずき達には、当て
はまらないと感じていた。
「そうかなー、俺にはあの3人はそういう風には見えないけどなー。」
渉は、言い合っても無駄な事だと思った。
「まーいいじゃん。今日でお別れになるかもしれないんだし、先のこと考えても疲れる
だけだよ。」
守も、誠のように感じてもいた。でも、あまり深く考えることはしない。
「そーだよ、誠チャン。先のことなんか分からないんだからさ。」
誠も、先の事はどうなるか解らないという点では同感だった。
守の携帯が鳴った。
「おっ!メールが返ってきた。」
渉が、覗いた。
「何だって?」
守が、渉を邪魔そうに避けた。
「だから、今読んでるって! ・・・。 途中で3人一緒に食べたって。」
渉が、ニッコリした。
「そーか、それなら俺達も、安心して食うか!」
3人は、しっかりと朝食とランチを摂るために、レストランに入った。
3人は、いつもの席に着くとメニューを見て、それぞれ好きなものを注文した。
守と誠が何を話そうかと考えているその時に、渉がいつも提げている大きいショルダー
カバンから、嬉しそうな表情をしながら本を取り出した。
それはGTRの本で、カラー写真が沢山有り、少し高そうな物だった。
渉は、料理が運ばれて来ても、食べながら楽しそうに色々と説明をした。
車に大して興味の無い2人は、半分うわの空でうなずいて、渉の勢いに合わせていた。
このままだと、何時終わるか解らない渉の講義に、守がしびれを切らした。
「そろそろ行くか?」
渉は、水を差されても満足そうに答えた。
「ニスモ仕様の話は、またこの次な。」
誠が、ため息をついて、立ち上がった。
「なんか疲れちゃったなー。」