第21話 「隠し事」
皆を乗せたワゴン車は、能見台駅へ向かって走り出した。
水越渉が、カーナビのセッティングを始めた。
「混んでないといいけどね。」
土田守が答えた。
「それは、無理でしょ。天気も良かったし。」
橘みずきが、2人の会話に割って入って来た。
「朝早くから来てたんですか?」
みずきの声にいち早く反応して、守が答えた。
「きのうから。父親の病院の福利厚生で契約しているサン・パシフィックホテルに一泊したんだ。」
井上知佳は、昔から聞きたいことは直ぐに聞く。
「お父さんの病院って、病院の経営者なんですか?」
「そうだけど、大した病院じゃないよ。」
水越渉が、横槍を入れた。
「何、謙遜してんだよ。結構でかいじゃんかよ。」
井上知佳は、俄然興味が出て来た。
「すごーい! でも、土田さんは医学部じゃないですよね。病院を継がないんですか?」
水越渉が、また横槍を入れた。
「二男だし、勉強できないから、医者にはならないんだってさ。」
井上知佳は、少しがっかりしたような感じだった。
「そーなんですか、何だかもったいないですね。」
上野美樹は、目標を持っている人が好きだ。
「で、他になりたいものがあるんですか?」
土田守は、美樹の期待した返事は出来なかった。
「今のところ、特に見つからないんだよね。」
水越渉は、このままでは自分の事も色々聞かれると思い、話を戻した。
「君たちは、今朝来たの?」
3人で一番初めに話し出すのは、だいたい上野美樹だ。
「さっき聞いてびっくりしたんですけど、私たちもサン・パシフィックホテルに泊ったんです。鮎川瑠美さんを見に来て・・・。」
橘みずきが少し慌てた素振りを見せた。
「ちょっと! 美樹。」
水越渉が、気になった。
「鮎川瑠美のファンなの?」
上野美樹は、みずきが声を上げたので、話せなくなってしまった。
「え~、ま~。」
水越渉が、自慢話でもないのに得意げだ。
「鮎川瑠美のファンが、ここにも1人居るんだよ! なー、誠ちゃん!」
土田守は、誠と鮎川留美のエピソードを話したくて仕方ない。
「凄いんだよ! 誠が、鮎川瑠美をおぶったんだよ。
公園で転んで歩けないところを、助けたんだよ。なっ! 誠ちゃん。」
上野美樹は、表情一つ変えずに言った。
「そうだったんですかー。」
水越渉は、驚かない3人を物足りなく思った。
「アレ?それだけ? ファンだったら、もっと話が盛り上がると思ったのに。」
橘みずきが、聞いた。
「怪我の程度は、どうでしたか?」
野田誠は、自分のことなのに口を挟まなかったが、やっと口を開いた。
「足首を痛めたようで歩けなかったけど、骨折ほど痛がってもいなかったから、捻挫だと思うんだけど、結構腫れてたみたいだから、もしかしたら、折れてたのかも。その後、ホテルに救急車が来たから、マネージャーが呼んだんだと思うよ。」
みずきは、少し心配そうな表情を見せたものの、対応はクールだった。
「そうですか。大変でしたね。」
水越渉は、誠の駄目さ加減を言いたくて我慢できない。
「でも、誠ったらさ、連絡先を聞かれたのに、何も言わずに、さっさと帰って来たんだよ。何やってるんだか。それで、今、後悔して、今いちパッ!と、してないんだよ。」
ちょっと気に障ったのか、誠がすぐに言い返した。
「後悔なんかしてないよ。ただ、もう少し話をしておけば良かったかなって・・・。」
水越渉が、駄目出しした。
「それが、後悔だっつーの!」
黙ってしまった誠に、橘みずきが尋ねた。
「誠さんは、どうして鮎川瑠美が好きなの?」
「そりゃー、曲もいいし、声も好きだし、やっぱり顔が好みかなー。」
「そうなんですかー。曲と声と顔ですかー。」
真剣な趣で聞いていたみずきをよそに、井上知佳があっさりと話を守に振った。
「それより、土田さんは、好きな女性歌手とかは居るんですか?」
「特にいないなー。歌手とか好きになっても付き合えないし、現実的じゃないよ。」
水越渉も特に好きでもないのに、聞かれる前に自分から言った。
「本田優里って、演技力あるよね~。」
上野美樹が、考えながら言った。
「そーかなー。みずきは、どう思う?」
橘みずきは、顔が思い浮かばないらしい。
「ん~、本田優里って、どんなだっけ?」
井上知佳が、思いついたように言った。
「ほら、『日の丸学園』に出てる、いじめキャラの子だよ。」
橘みずきが、左の手の平に、右手のグーを当てて言った。
「あ~、あの子!」
水越渉が、何言ってるのと言う顔して言った。
「違うし・・・。あれは、安藤玲だし。」
上野美樹は解っていたので、一人でニヤニヤうけていた。。
「『キャバ城』に出てる、ツンとしたおばさんだよ。」
上野美樹がワザとおばさんと言ったのを聞いて、渉は不機嫌そうに言った。
「まだ26歳なんですけど・・・。」
井上知佳が、言った。
「年上が好きなんだ? じゃー、美樹なんて子供に見えちゃて好きじゃないよね。」
「違う、違う。何でそうなっちゃうの?」
「それじゃー、美樹のこと、好き?」
「えっ? そりゃー、どちらかと聞かれれば・・・。」
上野美樹が、少し呆れた感じで言った。
「別に無理しなくていいですけどー。私も好きじゃないですしー。」
渉が、困った顔をして言った。
「参ったなー。勘弁してよ~。」
美樹と知佳が、吹き出して笑いだした。
渉も、つられて笑いだした。
すると、土田守が、がっかりしたように言った。
「やっぱり、渋滞してるよ。これじゃー電車で帰るより遅くなっちゃうな。」
井上知佳は、ニッコリしながら言った。
「気にしないでください。電車は乗り換えとか面倒だし、みんなでいると楽しいですから。」
渉が、鮎川瑠美のCDを掛けた。
真っ先に、上野美樹が反応した。
「あっ! 鮎川瑠美だ。 この曲大好き。みずき、何ていう曲だっけ?」
橘みずきは、仕方なさそうに答えた。
「ノー・チェイス」
上野美樹は、音楽に合わせて、体でリズムを取っている。
「そうそう、ノー・チェイス。 みずきは、何が好きだっけ?」
橘みずきは、あまり答えたくなさそうだ。
「・・・カラフルラブ」
土田守が、思い出した。
「確か、誠も『カラフルラブ』が好きじゃなかったけ?」
誠は好きな割には、はしゃがない。
「好きだよ。デビュー曲でミリオン越えしたやつ。」
水越渉が、みずきを見て心配した。
「みずきちゃん、急に元気なくなっちゃって、どこか具合悪くなった?」
しまったというような顔をして上野美樹が、悪いことを隠すような感じで言った。
「大丈夫、大丈夫。私が変な話したからだよ。でも、この渋滞どこまで続くんだろうね!早く動き出すと良いね! 能見台駅までだったりして・・・。そしたら、あしたの朝になちゃったりしてね。」
水越渉は、美樹がごまかそうとした渋滞の話など耳に入ってない。
「変な話って、鮎川瑠美の事?」
上野美樹は、困り顔になった。
「いいから、いいから、気にしないで。」
井上知佳も、ガードに回った。
「そうそう、気にしないでください。」
野田誠は、場の空気を無視して、たまに冴える時が有る。
「もしかして、みずきちゃんは、鮎川瑠美が嫌いなの?」
上野美樹は、いっそう困り顔になった。
「嫌いなわけないじゃん。何言っちゃってるの!」
井上知佳も、何か変だ。
「そ、そうだよ。ライブ見に来て、曲名だってすぐ言えるのに。そんなはずないじゃん!」
水越渉が、美樹や知佳の態度を見て、かばいたくなった。
「そーだよね。好きな曲は『カラフルラブ』だって言ってるのにね。何言ってるんだよ誠。」
野田誠は、構わず本人に聞いた。
「みずきちゃん、どーなの、鮎川瑠美が嫌いなの?」
美樹と知佳が、しっぽを踏まれた猫のように騒いだ。
静かに橘みずきが、嫌そうな表情で答えた。
「どーなのって、好きに決まってるでしょ。」
野田誠は、みずきが具合が悪いとは思っていない。
「じゃー、不機嫌そうなのは、本当に具合悪いの?」
橘みずきは、誠をひつこく感じていたが、本当の事を言うつもりもないので、具合の悪い振りをしようとした。
「そう。寄り掛かってもいい?」
野田誠は、少し嬉しそうだ。
「えっ? 別にいいけど。」
何だか解らないけど、ほっとした水越渉が振り向きながら、声を大きくした。
「フーフー、お熱いね~。 守、エアコン強くして!」
上野美樹は、ヤジの類が嫌いだった。
「どうして、そういうこと言うの?」
水越渉には、自覚がなかった。
「俺、そんな悪いこと言ったけ?」
土田守も、女子達の雰囲気を察した。
「もう、違う話しようぜ。俺さー、今、ノーパンなの。パンツ濡らしちゃって、替え無くなちゃってさ。他にノーパンの人居る?」
上野美樹が、うっぷんを晴らすかのように必要以上の大きなリアクションをとった。
「うっそー、キモーイ! 信じらんなーい!」
井上知佳も、美樹に続いた。
「ゲゲ、今、私、想像しちゃったー。どうしよーう!」
水越渉が、悪乗りした。
「想像って? 守のアレを? 意外に知佳ちゃんって、スケベなんだなー!」
井上知佳の声が一段と大きくなった。
「ちがーうわよ! もーう! 信じらんない!」
土田守が、運転をしながら、もそっと言った。
「もしかして、知佳ちゃんも、ノーパン?」
水越渉は、馬鹿なのかもしれない。
「俺も、想像しちゃう!」
井上知佳が、一括した。
「ばーか! そんなわけ、ないつぅーの!」
土田守は、ターゲットを変えた。
「みずきちゃんのパンツって、黒でしょ?」
橘みずきは、急に言われたので焦った。
「ち、違うわよ!」
土田守も、馬鹿なのかもしれない。
「それじゃー、いちご柄だー。」
さすがの橘みずきも、口が悪くなった。
「あったま、おかしいんじゃないですか!」
水越渉が、すました感じで言った。
「守君失礼だよ。スイカ柄に決まってるじゃないか!」
橘みずきは、当り前に言った。
「もー、ばか!」
守と渉には、シナリオが有った。
「ほら、誠!」
野田誠は、振られた意味が解らない。
「えっ?」
守と渉の声は続く。
「何やってるんだよ! 早く椅子の上に立てよ!」
数秒後、誠は、ハッと気付き、急に椅子の上に立ち、ズボンを下ろした。
切ったスイカの大きな絵が描かれたパンツが丸見えになった。
一同「キャー!」
誠は慌ててズボンを履いて、よろけて天井の脇に頭をぶつけた。
「痛てーっ!」
車内は爆笑に包まれた。
上野美樹は、笑いが止まらない。
「びっくり! 野田さんがこんなキャラだったとは。」
橘みずきも、笑っている。
「ほんと、隣で急にズボン脱ぐから、焦っちゃったよー。」
土田守が、ルームミラーでみずきを見た。
「みずきちゃん、元気戻ったみたいだね。 誠君、お手柄だよ。」
野田誠が、横を見て言った。
「みずきちゃんは、笑顔がいいね。」
橘みずきが、ちょっと照れながら誠を見た。
「えっ? もーっ。」
土田守は、仕切り屋だけに、気を使っていた。
「さーて、次は、尻取りでもしようか。」
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