第10話 「土田 守」
誠は、自分達の部屋に戻って来た。夜11時を回っていた。
土田 守が、相変わらずテレビを見ていた。
「おーっ、帰ったか。そんな顔して、何か有ったか?」
誠は興奮気味に言った。
「あー、鮎川留美に会っちゃったよ。」
守は、あまり信じていなかった。
「走りながら夢でも見たんじゃないのか?」
誠は嬉しそうに答えた。
「ホントだって。公園の階段で、コケて倒れてたから、おぶってこのホテルまで運んで来たんだ。」
守は、話にのってきた。
「えーっ! うそつけ。おぶってなんて、あるはずないだろ!」
誠の顔は、にやけていた。
「そう、信じらんないけど。ちょっと前まで、この背中に、留美ちゃんが乗ってたんだ。」
守は、まだ、100パーセントは信じていない。
「ほんとかよ。そっくりな人とか、背後霊とかじゃないの?」
「鮎川留美ちゃんに間違いないでーす。ちゃんと確認したし。ここの702に泊ってるんだ。」
守は、まだ納得していない。
「そっか。なら写真とか撮ったり、サインとか貰ったんだろ?」
「あっ、忘れてた。」
守は、怪しく思えて来た。
「それで、何のお礼もなかったの?」
「要らないって、連絡先も聞かれたけど、言わずに来ちゃった。」
「ばっ、かだなーお前。本当なら、スゲーチャンスだったのに。」
誠のテンションが下がった。
「やっぱ、メルアドでも交換しとくべきだったかなー。」
守は、誠がへこんだのを見ると、本当の話だと思った。
「当ったり前だろー。二度とこんなこと起きないって。」
誠が、外の音に気付いた。
「あっ! 救急車の音だ! きっと、留美ちゃんが呼んだんだ。」
守が、立ち上がった。
「行けば?会えるかもよ。そーだよ、行ってみようぜ。」
誠は、ちょっと困った顔をした。
「でもなー、今さらだし・・・・。」
その時、ドアの音がした。
「帰ったぞー!」
渉の声がした。
守が、興味津々に聞いた。
「おーっ! どうだった?」
渉は、良くぞ聞いてくれましたとばかりに、口が軽かった。
「それがさー、意気投合しちゃって、一応付き合うことになったよ。」
守は、ちょっと羨ましかった。
「やったなー。」
渉は、調子に乗った。
「まー、本気になれば、こんなもんかな。」
守は、無理に笑った。
「言うね、言うねー。」
渉は、話を続けた。
「それでさー、彼女、東郷大の3年なんだよ。」
守は、座って胡坐をかいた。
「やっぱり、年上かー。」
「でもさー、そんなの全然感じないんだよな~。」
守は、興味にまかせて聞いた。
「それで、どこまで行ったの?」
「おー、そこまで聞いちゃう?」
「聞いちゃう、聞いちゃう。」
渉は、得意げに言った。
「最後まで。」
守の目がマジになった。
「ありえねーつーの! カラオケ行って、ホテルじゃ、この時間に帰ってこねーつーの!」
渉は、笑った。
「はははっ、ばれた? じゃー正直に言うと、キスまで。だけど、そん所そこらの、ちゅ、ちゅとは、大違い。ながーい、ながーい、ディープなのです。それも、1回じゃない。3回も。どーだ、すげーだろ。」
守は、自慢げな渉が、少し憎たらしくなった。誠の件も羨ましかったが、ここは、誠の話をして、渉の鼻を折っておきたくなった。
「ほんとかー? キスのやり方知ってんのか? まーいいや。だけど、誠もスゲーことして来たんだぞ。」