プロローグ
ここは、恐らくは名路高校の敷地内。もっと言うと、旧校舎群のどこかなのだろう。先程から暫くこの迷宮をさまよっているが、所々に名路の校章を見かける。日光が全くと言っていいほど届いていないことから、下層であることは間違いないはずだ。持ち物は、方位磁石一個と、小さな懐中電灯一本。もちろん、こんな場所、見覚えもなければ脱出法など知る由もない。
…いや、これはまずい状況ではなかろうか。俺は今、大迷宮と名高い名路高校旧校舎群の下層を、たった一人で歩き回っているわけで。しかも、スマホはもちろん、食料も水もない状態で。…いやいや、いやいやいや。これは一応は入部試験の一環であるはずだ。流石に、マッピング部とはいえ、一年坊を見殺しにするはずがない……
「…す、すいませーん、だれかいませんかー?!」
当然、声は誰の耳に届く事もなく、暗い廊下に何度も反響しながら消えるのみだった。しかし、叫ばなければ、孤独感に、この果てしない暗闇に、押しつぶされてしまいそうな気がした。手に握り締めた小さな懐中電灯は、頼りなく光を揺らめかせ、俺の不安を煽る。消えてしまえば、自力の脱出はおろか、誰かに発見されることもかなわぬまま、野垂れ死ぬしかないだろう。俺の生死は、この小さな光る筒にかかっている。返答するかのように、懐中電灯はジジッっと音を立てて、点滅した。
「…クソ、クソッ、クソッ!何が入部試験だ!拉致じゃんか!こんな事が許されてたまるか!てかそもそも俺は別に入部しに来たわけじゃないのに!」
もう、限界だった。真っ暗な空間に、ただ自分一人。孤独に、このまま死ぬのだという思いが脳を支配する。目頭と鼻が熱い。温かいものが頬を伝う。
「なんで入学早々こんな目に合わなきゃならないんだよ….…俺が、俺が何したっていうんだよ!ぅっげほっげほっぐっ…ぐぅぅ…」
恨めしい、こんな事になったのも、全部あのマッピング部のせいだ、そうに決まっている。…訴えてやる。部は廃部だ、部員はもれなく少年院に送ってやる。ここから出たら、絶対に…ここから、出たら?そもそも、出られるのか…?
「分隊長ぉー、やっぱり今年の一年は外れっすよ。ほら、カメラ見て下さい、泣いちゃってますよ…」
「赤坂隊員、それは些か尚早な判断ではないか?大事なのは、泣いた後だ。泣くという行為は、感情をリセットする、一種の精神安定剤の役割を果たすのだ。もし彼が、黒田佐久間が、泣きはらした後、座して死を待つのみというのであれば、予定通り救護しにいってやれ。もっとも、彼の場合は、そうなならないと私は思うがね。」




