9.アカデミーの要塞
ここ、冒険者アカデミーの名物イベントの1つに、“7日間サバイバル実習”というのがあります。
通称、“決死の7日間”。アカデミーの生徒たちにとって、最初の関門とされているの。
そして明日から7日間、あたしたちのクラスは、そのイベントに挑みます!
今日は、その準備のために、アカデミーの一角にある、備品管理棟へとやってきました。
この建物、あたしは何度も来たことがあるのよねー。つい先日もサバイバル実習の打ち合わせできてるし、授業用の備品やら木剣、魔導具なんかを受け取る時は、いつもここ。
だけど、生徒たちは今回が初めてらしく、大扉の前で立ち止まって、みんなでワクワクそわそわしてる様子。
「すっげー……要塞みたいじゃん……」「今の俺ら、魔王に挑む冒険者みたいじゃね?」「何言ってんのよ。武器も持たずに……」「忘れてきた……みたいな?」「ダメじゃん……」
ふふふっ、何を言ってるやら。でも、言われてみれば要塞に見えなくもないかな?
大きな鉄の扉に、分厚いレンガ造り。相当古い建物みたいだし、昔は要塞だったのかもしれないわね。
「さーさ、入るわよ~。ここで、サバイバル実習用の装備一式を受け取ります!」
扉を押し開けると──
「おおおぉぉお!? 嬢ちゃん、今日はガキどもも一緒かッ!!」
出た、爆音ボイス!
奥から聞こえてきた豪快な声と同時に、ズシンズシンと地響きのような足音。
現れたのは、筋肉の塊のような大きな体に片足義足の、坊主頭でタンクトップ姿の大男。右手には巨大な帳簿、左手には軍用バールのような道具。
「ぅぉ!? 魔王か!?」「でかっ!」「こわっ!?」
思わず後ずさる生徒たち。だよね~。わかるわ~。
あたしも最初は腰が抜けるかと思ったもの。
「お久しぶりです~、ベイルさんっ!」
「おうっ! 相変わらず細っこい体してんな! ちゃんと飯食ってんのか!?」
「た、食べてますよぉ……それなりに……」
「ガーハッハッハッハッハ!! そうかそうか! で? こいつらが明日からサバイバル実習に出る、ひよっこどもかぁ?」
片足を「ガコーン」と踏み鳴らしながら、ベイルさんはニヤリと笑った。まるで……肉食動物のように。
「──おいおい、俺の生徒たちを脅かしてくれるなよ、ベイル。お前が突っ立ってるだけで魔獣すら避けて通るっつーんだから……」
その声に振り返ると、レオナルド先生が、いつものゆるっとした身なりで管理棟に入ってきていた。
「おうっ、レオ! お前も来てたか! いいねぇ~、今日はにぎやかじゃねぇか!」
「そういうお前が、一番うるせぇんだよ……ったく、こっちは朝から耳が痛ぇぜ」
「ガーハッハッハ! 耳が遠くなったせいか、声がでかくなるんだよ! お前ももうすぐわかるわ!」
「喧しいっつてんだろーが、この筋肉バカが!」「何を~!? そういうお前はー」
……わぁ、また始まった、このふたり、仲が良いのか悪いのか……。
「にしてもよ……お前のクラス、今年は粒ぞろいじゃねぇか? この前来た一組の連中なんか、酷いもんだったぞ……」
「だろ? 俺様の指導の賜物ってことよ」
「はっはーん? 指導ったって、酒飲んでる姿しか浮かばねぇがな……まあいい! よし! お前ら全員、並べぇっ!!」
ベイルさんの一喝に、生徒たちがピシッと整列する。おお、こんなに真っ直ぐ並んだの、初めて見たかも……?
「よしッ! 聞けぇぇえいっ!! これより貴様らに、サバイバル実習用の装備を渡していくッ! 貴様らの生死を分ける装備だッ! 適当に扱うようなヤツは生きて帰れないと思えッ! 理解したかッ! 返答は『サー!イエッサー!』だッ!! それ以外の言葉は認めんッ!!」
え……何なの、そのノリは?
「「「「「サー! イエッサー!!」」」
ちょ……あなた達まで!?
「よし!! 全員、心得てるじゃねーか! じゃあまずは、ロープだ! サバイバル中はロープが無くなったヤツから死ぬッ!! 命綱だと思ってしっかり握っておけぇぇえええ!!」
そりゃロープは大切だけど、そこまでじゃ……
「「「「「サー! イエッサー!!」」」
レオナルド先生も、ニヤニヤしてないで何か言いなさいよ!!
「次ィ! 火打ち石! これがなければ、焚き火も、料理も、恋すらもできんッ!!」
「「「「「サー! ……恋……?」」」
「ちょちょちょちょっとー? ベイルさーん!? 普通にして! 普通でいいから!」
レオナルド先生はお腹抱えて笑ってるし……何なのよ! もー!!
「……はっ!? あ、ああ。悪い、つい熱が入りすぎた」
ふぅー……正気に戻ったみたい。
「悪くなったのは耳だけじゃなさそうだな? ベイル軍曹どの(クククっ)」「いや~、有望な若者を見ると血が騒いじまうぜ」「有望ってのは認めるがなぁ」「それにお前……石板のが1人、2人……3人か?」「……それは、今はまだ、いい」
……? ”石板の”って何のことかしら?
「いや~、すまんすまん。お前らのノリが良いもんで、調子に乗っちまった。改めて、サバイバル実習用装備は、こちらで一括支給する! タープ、ロープ、火打ち石、簡易寝具、カップと器、ナイフ、初歩の剣、そして──革の軽装鎧一式っと」
次々とアイテムが並べられていく。おお~、ちゃんとセットになってる!
「これらは全員分、性能も状態も厳選してあるが、各自、入念に確認すること! いいか、忘れるな! 道具を蔑ろにするヤツから命を落とすことになるんだァ!!」
「「「「「サー! イエッサー!!」」」
ちょ……。
「これらの装備を持って7日間、死ぬ気で生き抜いて来い! いいかッ! 死んでも生きて帰ってこいッ!」
「「「「「サー! イエッサー!!」」」
……根は良い人だってのは、わかってるんだけどねぇ。
◇ ◇ ◇
生徒たちは受け取った装備を1つ1つ確認しながら、足りない物は棚から探してバックパックに詰め込んでいる。
「鍋とバケツ、それにシャベルも欲しいな」
「鉄板か網もあった方が良いよな」「串も必要よね」「調味料は塩と胡椒と……」
「浮き輪は~?」「いるか?」「違う違う、イルカじゃなくて、輪っかのやつだよぉ」
・
・
そんな生徒たちの様子を眺めていたベイルさんがふっと目を細めて腕を組んだ。
「……手際もいいな、お前んとこのクラスは。こないだの一組なんざ、革の鎧が臭いだの、ナイフが重いだの、散々だったぜ」
レオナルド先生も、ふっと肩をすくめて答える。
そこへ、バックパックを背負ったアルフレッドくんが歩み出てきて、ベイルさんを見上げて言った。
「二組全員……もとい、“タンポポの綿毛”、装備一式受け取りました!」
「んァ? タンポポのー、何だって?」
目を白黒させながら、レオナルド先生に説明を求めるような視線を送るベイルさん。
「ん? あー、まぁ、なんつーか、こいつらのパーティ名なんだと」
レオナルド先生は肩を竦めて、苦笑いを浮かべる。
「ふぅん……タンポポの……綿毛?……ねぇ……」
ベイルさんは腕を組んだまま、面白がるような顔でアルフレッドを見下ろす。
「……ふわふわして頼りなさそうだが、良いんじゃねーか? とにかく、7日後に全員揃って笑って戻ってくることだ。頑張れよー、タンポポの綿毛ども!」
「「「おーっ!」」」
◇ ◇ ◇
「それじゃ~、最後に確認しておきたいこととか、ないかしら?」
綺麗に整列するタンポポの綿毛たち。互いに顔を見合わせて小声で相談中。
ふふっ、こういう瞬間、あー先生やってるんだなーって実感しちゃうわね。
「あのー……ひとつ、わからないことがあって……」
「はい! マリルちゃん。なにかな~?」
サバイバルの知識なら、ここ数日、ベイルさんにも教わってきたから何でも訊いてちょうだい!
「えっと、火打石を使うと、恋が始まるんですか?」
え゛…………。
辛抱たまらず吹き出すレオナルド先生……。
自分で言ったくせにキョトン顔のベイルさん……。
興味津々なタンポポの綿毛たち……。
「そそそそれはね、マリルちゃん、・・・・・・・・・」
明日から、“決死の7日間”が始まります。
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親愛なるおじいさまへ
明日より、わたくしのクラスはアカデミーの名物行事、“7日間サバイバル実習”に挑みます。
本日はそのための装備を受け取るべく、備品管理棟へと向かいました。
屈強で頼れる管理人のベイルさんに、滞りなく装備を整えて頂きました。
“タンポポの綿毛”と名乗ることにしたわたくしのクラスの面々は、初めての支給式にも関わらず、道具の確認や準備を手際よくこなしていました。
この様子なら、きっと7日後には全員揃って笑顔で戻ってきてくれると信じております。
無事に実習を終えた暁には、その成果をご報告いたしますね。
どうか港町の空の下から、わたくしたちの健闘をお祈りくださいませ。
敬具
エリーシャ
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