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8.憧れの冒険者

 やってきました!

 待ちに待った、お給料日!!


 ついに……ついにあたしも……労働の対価というものを手に入れたわっ!!

 金貨の入った小袋を両手でそっと持ち上げてみる。


 実家で暮らしていた頃には味わえなかった、働いて得たお金に感動……。


 明日はお休みだし、これはもう繰り出すしかないでしょう……街へ!




◇ ◇ ◇




 ウェスタニアは港街なので、朝から活気に満ちています。


 今日のあたしは、冒険者!

 この日のために用意した衣装を見に纏い、ワイルドに街を楽しもうじゃないか!


 それにしても、露店から漂う新鮮な魚介を香ばしく焼き上げる匂いが食欲をそそる……。

 ズラりと並ぶ、異国アクセサリーや郷土品の数々……。


 お財布の中身も相まって、どこを見ても楽しそうに見えちゃう♡

 あれもこれも欲しくなっちゃっうけど、ここは冷静に、計画的に! ワイルドに!


「……って、あれ? アルフレッドくんとデュロスくん?」


「ん? あ、先生じゃん!」「おー、エリーシャ先生!」


 二人は露店で異国の湾曲刀を見比べていた。


「何見てるの?」


「いや、実戦向きのやつ欲しくってさ。試し振りさせてもらってたっス」


「こっちは軽いけど、バランスがなぁ~」


 うんうん。真面目に頑張ってるのねぇ~。

 ……でも、なんだか、二人とも店主のおっちゃんとずっと話し込んでるし、あたしは邪魔しちゃ悪いかな?

 ってことで、手を振ってバイバイして、街歩き再開~♪




◇ ◇ ◇




「いらっしゃいませ~♡」


 甘い匂いと声に振り返ると、こ洒落た露店の店先に、見覚えのある姿が……。


「あっ……やっぱりシルフィちゃんとマリルちゃん!」


「あー! エリちゃんもお出かけ~?」


「このプリン、すごくプルプルで、癒されます……」


 ……くぅぅっ! スイーツの誘惑ッ!!


 でもっ、ここで誘惑に負けてしまってはダメ!

 今日のあたしは、”ワイルドな冒険者”なのよ!


 心を鬼にして、後ろ髪引かれつつも喫茶店をあとにした。


「じゃ、またね~!」




◇ ◇ ◇




 ちょっと古めかしい雰囲気の古物商エリアに入ってみた。

 冒険者たちが、ダンジョン探索で得たお宝を売買してそうな店が立ち並ぶ。


 これよ! この雰囲気!


 キョロキョロしていると、そこに、また見慣れた後ろ姿。


「アランくんに……フーリオくん?」


「やはり、この文様……ラオマ地方の貨幣と一致するな……」


「ふぉぉっ!? これはかの有名な“ヴィリ・ロア王朝の杯”かもしれないでござる!」


 ……ふたりとも、めっちゃテンション上がってる……。


「……また何か始まってるっぽいし、そっとしておこうかしら……(そ~っと)」

 ゾーンに入った彼らを横目に、あたしは再び街歩き再開♡




◇ ◇ ◇




 あはぁ~~! この匂いはっ♡!!


 串焼き屋台から立ち上る、肉とタレの香ばしさ……。やはり、お魚よりも野性味溢れる肉よ!


「一本くださいっ!」


 ──ジュウウ……と焼かれる音。


 ちょっと焦げるくらいに焼かれた肉に、トロリとタレが絡んで、もうもうもうっ、ヨダレが止まりませんっ。


 噴水のふちに腰をかけて、パクリ。


「う、うま~~~~~~~~~~~っ!!♡」


 これよ、これっ! 冒険者って、こんな風に食べてるイメージなのっ!

 ふふふっ、今のあたしって、超ワイルドな冒険者よね!


『おじいちゃん、今、あたしは憧れの冒険者をやってます(うるうる)』


 そういえば、おじいちゃんへは、先生やってることは伝えてないのよねぇ……。

 伝言ゲームの末に先生やってますーって伝えるのもどーかと思って濁しているんだけど、いつか、ちゃんと伝えなきゃよね。


 ま、それはまた追々ってことで!




◇ ◇ ◇




 軽く腹ごしらえを済ませてからも、街の散策は続きます。


 老舗の武器鍛冶屋、防具屋、魔道古書店……。


 今の、あたしの”お小遣い”程度では、到底手が出せない品々でした。


 魔法道具屋のショーウィンドウに並ぶ、綺麗なネックレスや指輪。

 無意識に胸元に手をやるが、そこに永年あったはずのタリスマンは、今はもう無い。

 先日の幽霊屋敷騒動で砕けてしまったから……。


 ネックレスのお値段を見て、また現実を知らされる。


 ゼロが2つほど多すぎるのでは……。


(はぁ~)とため息をついた、その時、


「あれ? エリーシャちゃん」


「れ、レオナルド先生!? なんでこんなとこに!」


「道具の補充だよ。これでも、まだ現役だからな」


 ”現役”というのは、言うまでもなく、”冒険者”としてってことだろう。

 たまに授業を任されたまま、帰ってこなかったり、連休明けには軽く怪我してたりするのは、”そういうこと”だったんだ。


 ”ハズレ”な先生だと思ってたけど、冒険者として見ると、ちょっと頼もしく思えてしまう。


「ちょっと小腹も空いてきたとこだし、一緒に飯でも行くか? こんな所で会ったのも何かの縁だ。奢るぜ」


「ふぇ? あ、は、はい! 行くっ行きます!」


 ヤダ、何をドキドキしてるのかしら。


 あたしの中の”冒険者あるある”では、何かにつけて『奢るぜ』って言う。たまたま、そんなシチュエーションになったってだけで、この胸のトキメキは決して、レオナルド先生に対してじゃありません!

 ”冒険者”に対してのドキドキなのよ!


「んじゃ、この先に小奇麗な店があるからー」


「酒場! 酒場がいい! 荒くれ者が集う、冒険者たちのたまり場みたいなとこ!!」


「お? おう……お前、そういう雰囲気好きなのか?」


「行ってみたいんですっ!! 是非、後学のためにも(キラキラ)」


 そう! 冒険者たちってのは、汗と酒と煙の匂いに満たされた汚い酒場に集って、武勇伝なんかをぶつけ合うものよ!




◇ ◇ ◇




『黒豚の胃袋亭』(ドーン!)


「……ホントにいいのか? こんな店で……」


 レオナルド先生は顔が効くらしく、マスターと視線で会話を交わしたあと、カウンターの隅っこに腰を下ろした。


「悪かったなぁ『こんな店』で。お前さんがそんな若い子を連れてくるなんて、珍しいこともあるもんだ」


 アイパッチをして、頭には頭巾を蒔いたマスターが、「うちじゃ、酒はコレ一択だぜ」と、注文も聞かずにジョッキを2つ持ってきた。

 一見すると海賊船の乗員のような風貌だ。


 テンション上がりっぱなしですよ!!


「それじゃ、何かに乾杯しましょう! ほら、レオナルド先生!」

「え、ああ。じゃぁ、とりあえず、お疲れーって……」

「ダメよ! ダメダメ! そんなんじゃ、っぽくないじゃない! もっとこう荒々しく『今日の飯と、明日の命に!』とか何とか」

「ん、じゃ、じゃあ、それで…『今日の飯と? 命に』乾杯~」(ゴンっ)


 んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~~~! まずいっ!


 生温くて、ちょっとだけピリピリする発泡酒ね。美味しくはないけど、っぽくて良いわ~!


「マスター、あっちのテーブルの、あの肉料理を頂けるかしら」


「んー、暴れ猪の串焼きだな。他には?」と言ってレオナルド先生に視線を送るマスター。


「千年牛のジャーキーと、テキトーに頼むよ」


 荒れ狂う冒険者たちの喧騒、ススけた木の壁、床の染み、不味い飲み物──すべてがイメージ通りっ!


「そういや、エリーシャちゃんは、もともと冒険者になりたくて、この街に来たんだったな」


「そうなんですよぉー……最初は『なんで先生ー!?』って、かなり凹んだけど……」


 でも今は、素敵な生徒たちがいて、

 毎日が新しいことばっかりで、ヘトヘトになるくらい動いて、失敗して、笑って、泣いて──


「……悪くないです。今は、ここに来れてよかったって思ってますよ?」


「そっか」


 レオナルド先生は、それ以上何も言わずに、黙ってジョッキを傾けた。


「へい! お待ちー!」目の前に並べられていくワイルドな肉料理たち!


 そこからは、お酒も回りだしたのか、記憶がぐるぐるして……

 ・

 ・

 ・

 ガタンッ! バリーンッ!! 「このヤロー!」「誰がテメェの女だってぇ!?」

 ・

 ・

 ・

 荒くれ冒険者たちが言い争ってる夢を見ていました……




◇ ◇ ◇




「……ぁ……え?」


 気付くと、噴水脇のベンチで横になっていて──


「やっと起きたか」


 レオナルド先生の膝枕……。


 ……え、ええぇ!? なんで!? どこ!? あれ!? 酒場は!? 串焼きは!? 海賊のマスターは!?


「なっ……えっと、ここって……?」


「まーったく、弱いくせにガブガブ飲むから……。盛大に潰れたお前を、担いでここまで運んだんだ」


「えっ……あ、ありがとう……ございます……?」


 ああ、そっか……酔いつぶれてたのね、あたし……(穴があったら入りたい)


「歩けるか?」


「はっはい、もう大丈夫です」


「そんじゃ、帰るか。送ってくよ」


 今、何時なんだろ? まばらな街灯に薄っすらと照らされる街並み。心地よい夜風を感じながら、無言のまま宿舎に向かった。




◇ ◇ ◇




「あ、そうだ、これを……」


 宿舎に到着して、別れ際にレオナルド先生が、懐から、何かを差し出してきた。


「え? 何です?」


 受け取ってみると、銀の首飾りだった。ゼロが2つ多いとか思った”あの”ネックレスに似ている。


「え、え? これって」


「こないだのレイスんときに、砕いちまったからな」


「……あ……」


 手のひらに乗せられたそのネックレスは、前のものとは少し違っていたけど──

 温かくて、優しくて……なぜだろう、すごく……胸が、いっぱいになる。


「……っ、ありがと……ございます……」


「べ、別に、深い意味はないし、たいしたモンでもねぇよ。……似たのが、ちょうど手に入っただけだし」


「……でも……すごく、嬉しいです」


 まだお酒が残っているせいか、胸の奥がキュッとして──


「あー……明日の授業、遅れるなよー。遅れたら、寝ゲロしてたってあいつらに言いふらすからな(キヒッ)」


「なっ……ねっ寝ゲロなんてしてないですよー!」

「はっはっはっ」

「え? し、してないですよね? ねーってば!?」

「だって、お前、何も覚えてないんだろ~?」

「いやぁーーーー! やめて! 何があったのか教えてー!?」

 ・

 ・

 ・

 ワイルドな冒険者になるには、まだまだ修行が必要そうです。

親愛なるおじいさまへ


 本日、わたくしは“冒険者”気分で港町を歩き回ってまいりました。


 市場ではクラスの生徒たちと偶然出会い、それぞれの個性を街の中で垣間見ることができました。

 さらに、先生に付き添っていただいて、念願の“冒険者の集う酒場”にも足を踏み入れました。


 理想と現実の差はありましたが、それもまた一興。少々飲みすぎてしまい、お恥ずかしながら途中からの記憶があやふやです……。


 港町での暮らしは、日々が新しい発見と出会いの連続です。

 おじいさまにも、いつかこの賑わいと活気を味わっていただきたく思います。


 遠く離れた港町より、変わらぬご健康とご多幸をお祈り申し上げます。


敬具

エリーシャ

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