7.謎の書物とスパイスと
ある日の朝──。
「ねぇ、エリちゃん、エリちゃん。わたし、とんでもない“お宝”をゲットしちゃったかもよ?」
不敵な笑みを浮かべたシルフィちゃんが、古びた書物をトンッと教卓に乗せた。
ここ数日で、すっかり”エリちゃん”呼びが定着してしまいました。
「あ、これ、あの幽霊屋敷の地下室にあったやつじゃない。持ってきてたの?」
「ほら見てみて。見たことがあるような、ないような、不思議な文字が書かれている」
ぺらぺら~っと見たところ、何かしらの規則性をもって書かれているようだけど……。
「どこの言葉かしらね?……古代文字、とも違うようだけど」
「へぇ〜、見たことない字体ですね」
アランくんが目をキラキラさせて覗き込んできた。
「むむ? これは……拙者の出番ではござらぬか!」
突然、背筋をピシッと伸ばし、眼鏡をクイッとしたフーリオくんも乱入。
「また始まったよ」「ゾーン入ったな……」
みんなが一歩引く中、アランくんとフーリオくんは、何かに魅入られたかのように、古い書物へと吸い寄せられる。
「レオナルド先生、図書室の利用許可を頂けますか? いますぐ!」
アランくん、いつになくキラキラしてる。
「えー……開けるのはいいけどよ。お前ら、何か変なスイッチ入ってねぇか? 変な問題起こすなよー」
「ご安心を、これは文化的・知的探究心の発露でござる!」
フーリオくん? いつもの、おっとりのんびりしたキミはどこへ……。
「つーか何……その喋り方……」
「フーリオはゾーン入るとそーなるっすよー」「いつものことです」
木剣の握り方をあーだこーだと言い合っていた、アルフレッドくんとデュロスくん。
あの二人は、こういう書物には興味が無いようだ。
「ふーん……ま、いいや。ついて来ーい」
◇ ◇ ◇
その日の午後から、アランとフーリオの“研究”が始まった。
二人とも、どこから持ち出したのか白衣姿になって、図書室の奥を陣取り、古文書や言語学の書物を山積みにしながら意見をぶつけ合っている。
あたしはお目付け役として、ここにいるんだけど──
「この文字、わかるでござるか?」「ダメだ。こっちの記号はまったく未知だな……いや、待てよ、この形……!」
「ふふふっ! 見えたでござる! この並び! “ヴェント島式配列”に酷似してるでござるよ!」
「それだ! ヴェント島! なるほど、南方の方言だったのか!」
「うむ。拙者もそれに一票投じるでござる。特にこの“プーニョ”という単語、例の南島民の歌に出てくるフレーズに似ている」
「確かに! “プーニョ”は彼らの方言で“唐辛子”だったな。つまりこれは……調味料の名称なのか?」
「おお、アラン殿! もしやこれは、料理のレシピではござらぬか!?」
はぁ~? こんだけ人を巻き込んどいて、料理のレシピ本でした~なんて、許されないわよ!
「ちょっとちょっと!? もっとこう……封印された太古の禁書とかさあ、そういうのじゃないの?」
「もちのろんでござるよ。エリーシャ殿。これは、料理のレシピと見せかけた暗号……」
「そう! 暗号に違いない。普通の料理帳に偽装して、真の内容を隠しているに違いない!」
「なるほどね! そこまでして隠すからには、何か大いなる秘密文書──そう解釈すべきなのね!」
「その可能性は極めて高いでござる! あとは、検証あるのみっ!」
変なテンションで、あたしまで気持ちが高揚してきたわ。
そう! これよ! 冒険者たるもの、あらゆる謎に立ち向かい、乗り越え、まだ見ぬ真実を掴むのよ!
二人とも頑張ってー! その謎の向こう側を見せて頂戴!!
◇ ◇ ◇
数日後──教室に入ると、ふんわりとスパイシーな香りが漂っていた。
「え、なに? 今日のお昼ってカリーだったっけ?」
「おぉ、姫……いやエリーシャ殿、ようこそ!」
「ようこそって何よ。あと、姫って呼ばないでくれる? ていうか、何その格好? エプロン……?」
目の前には、鍋をかき混ぜるフーリオくん。そして横で真剣な顔をして何やらノートを取り続けているアランくん。
「我ら、解読における重要な一節へと至ったゆえ、実際に調理して確かめておる次第」
「検証? ……で、なに作ってるの?」
「“赤き涙の恵みスープ”でござる!!」
「赤き涙の……恵みスープ? 大丈夫なんでしょうね……匂いは悪くないけど」
「よければ、姫もひとくち、どうぞ」
「……じゃ、遠慮なくいただきますね? はぁむっ……!?」
口に入れた瞬間──
ふわっと広がる香り、旨味、バランスの取れた甘さと、ちょっとした酸味……う、うまい!?
「えっ、めちゃ美味し──」
──直後!
口の中が、灼熱の地獄へと変貌する!!
「ぁ、ぎゃあああああああっっっ!!」
「……やはり、あの“プーニョ”という調味料の量が、過剰だったかもでござる」
「いや、これは意図的かもしれません。“赤き涙”を冠するレシピは、他にもいくつか見られるし……」
「なに冷静に分析してるのよぉおおお!! 水っ! 水ぅううぅう!!」
「せ、先生ー! ヒール掛けますか!?」
「マリルちゃん!? これって、ヒールで治るものかしら? ひぃー、ひぃーー」
「エリちゃん! はい! 水持ってきたよー!」
「ありがとーーって、これ、赤きなんとかスープやんかーい!!」
「辛さには辛さで対抗して、その辛さの向こうへ……でござるな」
・
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◇ ◇ ◇
──そして午後。
「いやー、遅くなった。所用が長引いちまってよー」
レオナルド先生、かなり日が傾いてからのご登場です。
「あれ? エリーシャ先生、今日はなんだかー、唇がプルンとしてて……セクシーというか、腫れてないか? それ……」
「へ、平気でふっ……ちょっとヒリヒリするだけだからっ!! 大丈夫っ……あ、レオナルド先生、お腹空いてたりしとか、しませんか? 珍しい料理があるんですよぉー」
「料理~? そういや、なんだか(くんかくんか)スパイシーな香りが(くんかくんか)」
「なんでも南国の伝統的なお料理らしいんですよ。是非、味わってみてくださいな」
「へー、そんなモン、どうしたんだ?」
「まま、細かいことはお気になさらずに、こちらへどうぞー」
「あ、そお? 丁度お腹は空いてたんだ。昼食べてる暇も無くてさ……」
・
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『ぎょわぁぁあああああ!! なじゃこりゃぁああああ!!』
◇ ◇ ◇
「さて、次なるレシピはー“緑の祝福パスゲッティ”でござるな」
「“赤き涙”の次は、“緑の祝福”か。色に何か秘密が隠されているような……」
「これは検証あるのみでござるな!」
アランくんとフーリオくんの“解読”は、まだまだ続くのであった──。
親愛なるおじいさまへ
本日、わたくしはクラスの仲間たちと、ある古びた書物をめぐる“解読会”に立ち会いました。
レイスに遭遇した地下室で見つけたその書物は、当初こそ古代の秘文かと思われましたが……解読の末、南方の言語で書かれた料理のレシピであることが判明いたしました。
南方の食文化の奥深さを知る貴重な機会となりました。
学びとは、かくも意外な形で訪れるものでございますね。
おじいさまも、いつか港町へお越しの際にはぜひ、南方の料理を召し上がっていただきたく思います。
遠く離れた港町より、変わらぬご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
敬具
エリーシャ