6.アカデミーの幽霊屋敷
ある日の夜──。
あたしとレオナルド先生は夜間の見回り当番でした。
学園の敷地内に点在する訓練用の家屋を見回るのです。
生暖かい風がヒュ~っと吹いていて、なんか、こう……やな予感しかしない。
「おーい、エリーシャちゃん。そっち、異常はねーかー?」
「異常っていうか、暗いし怖いし足が冷たいし、早く帰りたいです。あと、”ちゃん”はやめてって言ってるじゃないですかっ」
ようやく最後のお屋敷に到着。そして、ここが本命。
「ったく、ガキどもはなんでこういうとこ好むかねぇ」
ひときわ年季の入った、崩れかけのお屋敷。
屋根なんて一部抜けてて、壁にはツタが絡まったり、ヒビが入ったりで……”如何にも”って感じ。
生徒たちの間では、『出る』と、噂されているとか、いないとか……。
「せ、先生……あそこ……窓、光ってるぅぅ……」
「ちっ、やっぱり居やがった。行くぞ」
「ぁ、ちょ、ちょっと待って……お化けかもしれないじゃないですかぁぁ」
「(チッ)お前、ビビってんのか?」
「チッ、チビってなんかないですよぉぉ……ふぇぇえええ」
◇ ◇ ◇
「ぎゃあああああ!!」「やべぇぇー!!」「マジで出た!? 出た!?」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ──」
「はいはーい、全員出てこーい。訓練目的以外でこの屋敷に立ち入るのは禁止だぞー」
1組の男子数人が、レオナルド先生の登場に驚いて飛び出してきた。
「お前らー、顔覚えたからな。次見つけたら減点だぞ。さっさと帰れ! 帰ってクソして寝ちまえ!」
「ひぇっ……はいぃぃぃ……!」
一目散に走り去っていく男子生徒たち。
「ったく、やれやれだな……」
「(コホンっ)ほーんとですねぇ(ぁー怖かった)さ、これで今日は終わりですよね? お疲れ様でした!」
「いや、まだいるぞ」
「へ?」
レオナルド先生が無言で顎をしゃくった先に、コソコソと、足音を忍ばせる小さな影が二つ……。
「……シルフィちゃん! それに、マリルちゃん!?」
◇ ◇ ◇
「ご、ごめんなさぁいっ! もうしませんからぁっ!!」
「いや~、やりたかったんだよ肝試しッ! やってみたかったんだよォ!」
捕まえて事情を聞いたところ──
シルフィちゃんは元々こういうのが大好物らしい……。
で、マリルちゃんが「臆病なとこを克服したい」って相談したら、ここへ連れてこられた……と。
うん、気持ちはわかる。けど、それはまた別の場所でやろうかぁー。
「じゃ、とにかく帰るわよー」
「えっ、もうちょっとだけ見て回──」
「帰りますっ!」
──ギシッ。
「……ん?」
次の瞬間、あたしの足元の床が、変な音を立てて──
──バキィィィィンッ!!!
「ぎゃああああああああああっ!!!」
床が抜けて、全員、転落ッ!!
◇ ◇ ◇
「……いたたたたた……こ、ここは……地下室?」
「おー、生きてるかー?」
「な、なんとか……。うう、おしり痛~い」
「ふーん。ここは昔の訓練用の地下迷路だな」
レオナルド先生は、全然動じていないご様子。
「怪我してねぇなら大丈夫だ。ついて来い。出口まで案内してやる」
こういう時は、ちょっと頼りになるって思えてしまうのが、また、なんだか腹立たしい……。
そこからは、レオナルド先生の後ろにピッタリをくっついて、迷路のような地下通路を進みます。
「ひゃあああ!? なんか出たっ!! な、なんか、ガガガって動いてる!?」
ゴゴゴ……ガキンッ!
「ひぇえぇえええっっ!!」
「大丈夫。訓練用の脅かしゴーレムだ。攻撃はしてこねぇから、無視でいい」
逆になんで平然と進めるのよぉぉおおお!
「ぎゃーーー!!!」
壁の隙間から唐突に飛び出す『腕』やら、天井からぶら下がってくる『生首』。
なんで地下室に井戸なんかあるのよぉぉおおお!!!
「もうムリムリムリムリィッ!!」
マリルちゃんは、随分前から無表情で思考フリーズ状態。
でも、シルフィちゃんだけは元気です。
「あっ! こっち! この壁、ちょっと変だよ? 風が抜けてくみたいな……!」
──ゴトッ。
「お? そんなトコに隠し扉なんかあったかな?」
「あったね。見つけちゃいました。隠し部屋」
中を覗くと、ホコリまみれの小さな書斎のような部屋が広がっていた。
机の上には、古ぼけた革表紙の書物が一冊。
「なにこれ、貴重品かも……?」
シルフィちゃんが手を伸ばした、その時──
──ゴオオオ……
不気味な冷気とともに、部屋の入口に“それ”は現れた。
「な、な、なにっ……アレ……!」
浮かび上がる白く透けた影。ぼんやりと揺れ、うめくような音を発しながら近づいてくる。
「っ……レイスだ!」
レオナルド先生が、いつになく焦った声を出す。
「ちょ、ちょっと!? これって本物!? 訓練用じゃないの!?」
「訓練用じゃねぇ! 本物だ! 実体を持たない相手には通常の武器は通らねぇ! 魔法も聖属性以外は受け付けねーぞ!」
「ど、ど、どうするのっ!?」
「エリーシャっ! お前、御守りとか持ってねーのかっ!?」
「お、お守り……? えっと、えっと、あ、これ……!」
あたしは首元から、銀のタリスマンを取り出した。
祖父にもらって、ずっと肌身離さず着けていたものだ。
「貸せっ!」
レオナルド先生は、それを手に巻き付けて、拳を握る──
「往生しろやぁぁあああっ!!」
──ボフンッ!!
拳がレイスの顔面(?)を貫いた!
レイスが青白い光をまき散らしながら、後退する。
「効いてるの!?」
でも、まだ消えない。
次の瞬間、タリスマンが──
──パリンッ!!
「チィッ、耐久限界か……! しかたねぇー、俺が引き付けてるうちに、お前ら──」
「っ……あ、あたし……やってみますっ!!」
マリルちゃんが、一歩、前に出た。
「えっ!? マリルちゃん!?」
「マリル! ヒールか? イケるのか!?」
「……こわい、です。でも……っ」
目を閉じて精神を集中するマリルちゃん。頑張ってー!!!
「(ふぅー)――聖なる癒しの光よ、穢れし痛みを清めたまえ……《ヒール》!」
緑色の優しい光が、レイスの体を包み込む。
──しゅぅぅぅ……
レイスは光の粒になって、消えていった。
しばしの静寂──。
「……やった……?」
「す、すご……やったわ、マリルちゃん!!」
「わ、わたし……できた……」
マリルちゃんは、ポロポロと涙をこぼしている。
「やったな、マリル! い~ぃヒールだったぞ」
「えへへ~」
◇ ◇ ◇
そのあと、レオナルド先生の案内で、無事に地上へ戻ることができました。
「……やれやれ。とんだ肝試しだったぜ。まさかレイスが住み着いていたとは」
「でも、得られたものは、大きいんじゃないかしら?」
シルフィちゃんとマリルちゃん、二人手を繋いで上機嫌。
「わたし、ちょっとだけ、自信ついたかもです!」
「今度は、わたしにかけてみてよ。ヒールヒール!」
「どこも怪我してないじゃないですかー」
「まだ、おしりが痛いのよ」
・
・
「ま、ちょっと早目の実地訓練だったと思えば、悪かねぇか」
「そうですよ。レオナルド先生の焦り顔も拝めたし(くけけっ)」
「ぁあ? お前ね、たまたま、どーにかなったけど、マジでヤバい状況だったんだからな」
「わかってまーす。だから…………ありがとうございました(ペコリ)」
「な……なんだよ、改まって……調子狂うじゃねーか(ごにょごにょ)」
ふふふっ
普段は口も態度も悪い先生だけど、本当に危ない時は、ちゃんと頼りになるようで、ちょっと見直しました。
ちょっとだけ、ね。
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親愛なるおじいさまへ
本日は夜間の見回り当番で、とある訓練用の古い家屋を巡回いたしました。
地下の訓練迷路で、なんと、本物のレイスに遭遇しました。
昔、おじいさまから頂いた銀のタリスマンのお陰で、レイスを撃退することができましたが、タリスマンは砕けてしまいました。
ごめんなさい。
でも、レオナルド先生の勇気ある姿と、クラスメイトの成長を目の当たりにすることができました。
港町での日々は、時に予期せぬ危険を伴いますが、それ以上に得るものも多く、充実した毎日です。
おじいさまのご健康とご多幸を、遠き港町よりお祈り申し上げます。
敬具
エリーシャ
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