5.姫!お逃げください!
ある日の放課後──。
校舎がオレンジ色に染まる中、あたしは宿舎に戻ろうとしていた――んだけど。
訓練場のほうから、木剣で打ち合う音が聞こえてくるのよねぇー。
「えいっ! そらっ! ぬんぬんっ!」
「おらおらおらーっ! そんなんじゃ止めらんねーぞ!」
ちょっとだけ寄り道して、そーっと物陰から覗いてみると――
アルフレッドくんと、デュロスくん。ガチ勝負だ……!
二人は幼い頃から独学で剣術を高め合ってきたとか言ってたけど、なるほどねー。
型にはまらないだけに、”動き”が読みにくい。
うっわ! あの体制から反撃するとか……それも受け流せるの!?
木剣とはいえ、アレ……ガチで当たったら、骨やっちゃうんじゃない? 大丈夫なの?
二人とも汗びっしょりで、超真剣な顔で、全身を使って戦ってる。
気付くと彼らの試合に魅入っていた。
ドゥ! バタ……
脇腹にモロに食らったアルフレッドくん、撃沈。
「(ハァハァ)これで、また、俺の勝ち、だな(ハァハァ)」
「(ハァハァ、ハァ)くっそー(ハァハァハァ)勝てねー(ハァハァハァ)」
勝負が付いたようだ。
「熱心ねー、あなたたち。明日に差し支えない程度に、ほどほどにねー」
「あ! (ハァハァ)エリーシャ先生! 丁度いいところに!(ハァハァ)」
ちょ、ちょっと! はぁはぁしながら人の名前呼ばないでくれる!?
「な、なにかしら? っていうか、脇腹! 大丈夫なの!?」
「平気だって! そんなことより、槍の使い方、教えてくれよ!(ハァハァ)」
「え、槍!? いや、あたし、そこまで使えないっていうか……専門外というか……」
「ぇぇー、そうなのかー。残念。じゃさ、ちょっとここに座っててよ。ここ、ここ」
アルフレッドくんが、訓練場のど真ん中を指さしている……。何が始まるのやら。
とりあえず、転がっていた木剣を拾って、訓練場の真ん中に座ってみる。
「じゃ、先生、姫役ね。んで、デュロスが盗賊」
「おけ」「……は?」
「お姫様を護りながら、賊を退ける訓練だ!」
……何、その訓練。
「へいへいへい! ……違うな……もっと悪役っぽく。クックック……お姫様をこちらに渡してもらおうか……!」
「え、なんか始まってる? なんでノリノリなの!?」
「お任せください、姫……このアルフレッドが、命に代えてもお護りしますッ!」
「はあ? 言ってて恥ずかしくないの!?」
「フッ……やれるもんならやってみな、護衛の騎士くん」
「かかってこいやぁぁあああ!!」
騎士の叫び声って、それで良いの?
バトル再開。
──が。
──ががが。
「おぎゃっ!」「ぶべっ!」「あぶぶっ!」
アルフレッドくん、ボッコボコじゃん……。
そりゃそうよね。デュロスくんに勝ったことないって言ってたもの。
「さぁ、姫……観念するんだな……!」
デュロスくんの木剣が、あたしの眼前に迫る。
……え? どこまでやる気なの?
「ひ、姫ー! お逃げくださいー!」
アルフレッドくんが、つぶれたカエルみたいな体勢で叫ぶ。
あたしは……。
さっき拾った木剣を握りしめ、立ち上がった。
「この私を誰だと思っているの? ただのか弱いお姫様と、侮って欲しくないわね!」
「お?」「おお! 戦う姫様、いいね!」
カエルが跳び起きて、あたしの隣に駆け付ける。
「姫、ここからは共に!」
「なんだよ、二対一か? それも悪くねー……いくぜ!」
……なんか、ちょっと楽しいかもしれない。
「ふふっ、背中はこの姫に任せて! あなたは初勝利を掴みなさい!」
「おりゃぁぁああああ!!」
◇ ◇ ◇
ハァハァ……
どれだけの時間、木剣を振り回していただろうか……。
三人とも、練習場の真ん中で、大の字になっていた。もう、全員ヘロヘロ。
「……あのさぁ。お前ら、何してんの?」
突然、低く渋~い声が響き渡った。
「ひゃっ!?」
えっ? 嘘でしょ? レオナルド先生!?
「ちょ、ちょっと!? いつからいたんですか!?」
「そうだなぁ……『姫ぇええお逃げくださいぃぃ』あたりから?」
「ぎゃーーーー!!」
笑いを堪えてるのか、肩がピクピクしてるレオナルド先生。
こいつ、性格悪ぅーっ!!
「あー! レオナルド先生! いいところに!」
カエル……もとい、アルフレッドくんが跳ね起きる。タフよねぇー。
「レオナルド先生! 槍の使い方、教えてくれよ!」
……ほんっとに、タフよねぇー。
親愛なるおじいさまへ
本日は放課後に、思いがけず熱い鍛錬に巻き込まれました。
クラスの二人が真剣勝負をしていたのですが、気付けばわたくしも木剣を手に取り、体力が尽きるまで鍛錬に励んだのです。
レオナルド先生に見守れながら。
遠く離れた港町にて、今日もまた新しい笑顔と学びがありました。
おじいさまのご健康とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。
敬具
エリーシャ