3.辛い過去と悲しい現実
「トールソンといえば、七年……八年前か……。大量のアンデッドが湧き出て壊滅したという……。そうか、お前らは、あの村の生き……出身だったのか」
レオナルド先生……”生き残り”って言いかけて、訂正したのかしら? 意外とデリカシーってのを心得ているようね。
そんなことより……
「……ごめんなさいね。つらいこと、思い出させちゃって」
「いや、いいんだ。気にしてないよ。今さら泣くような年でもねーし。でも、だから、俺たちは強くなりたい。強くならなきゃいけないんだ。誰かを守れるくらいに」
その言葉に、胸がギュッと締めつけられた。
アンデッドに襲われて死んだ人は、新たなアンデッドとなって生者に襲い掛かるって聞いたことがある。
この子達、今は気丈に振る舞っているけど、きっと当時……まだ10歳かそこらの子供たちが……アンデッド化した親や友達に襲われながら、逃げ惑ったのかもしれない。
そんな地獄を、必死に生き延びてきたんだ。
この数年、どれだけ泣いて、どれだけ必死で生きてきたのか。
それでも今、前を向いている――みんなで。仲間と一緒に。
「……先生? エリーシャ先生!?」
「んぐっ……へ?」
あぁ~!! 勝手な妄想に涙していた……。もう~最悪……。
「なに泣いてんっすか、先生。……俺ら、そんなにヤワじゃないって。な?」
アルフレッドくんが、ちょっと困ったように、皆に視線を投げている。
「なっ……ちがっ……これはその、ホコリよ、ホコリがね、ちょっと目に……この教室、ホコリっぽいわー」
最初にぷっと吹き出したのは、たぶんデュロスくん。そこから、くすくすと笑いが広がって、ついには教室全体に明るい笑い声が満ちていった。
「ホコリって(あはは)」「号泣じゃんか(ひひひ)」「先生可愛い~(ふふふ)」
教壇から見渡す教室で、みんなが、笑っている。
ヤバい。また涙が溢れてきちゃうぅぅぅ~。
◇ ◇ ◇
「よーし! いい太刀筋だー! 独学でここまでとは……いいねー。悪くない!」
あたしが醜態を晒したあと、レオナルド先生がカリキュラムについての説明などをして、今は外庭で実技のお試し中。
「もっとだ! 本気を見せてみろ! いいぞ!」
何やら、変なスイッチが入ったのか、それとも”それ”が本性なのか……足腰が立たなくなるほど試されたアルフレッドくんが横にいる。
そして今はデュロスくんが餌食となっている……。
すこし離れた場所では、神官ライセンスを持っている先生が、マリルちゃんに聖属性魔法の指導をしている。
その向こうでは、シルフィちゃんがスカウト職の心得を学んでいるようだ。
教室では、フーリオくんとアランくんが、何やら熱心に聞き入っている。
そして、あたしは……動けなくなったアルフレッドくんを、煽いでいる……。
「あっ」
思わず声が出ちゃったけど、ついにデュロスくんも動けなくなった……。そして運ばれてくる。
「この二人、いい筋してるよ。ずっと二人で特訓してきたんだってさ。独学でだぜ」
レオナルド先生は、呼吸一つ乱れていない。彼の素性は聞いてないけど、本物の冒険者だったのだろう。現役かもしれない。それも、相当の腕前のようだ。
あたしは、ここで何をしているのだろう……。
「エリーシャちゃんも、やってみるかい? 少し体を動かしたほうが、気分転換にもなるし」
なんだ? この変わりようは……。
そりゃ~木剣を振り回すたくましい姿を見せられちゃうと、ちょっとアレだけど……。
「じゃ~、少しだけ、手合わせ願おうかしら」
フフン。あたしだって、幼いころから剣技のレクチャーは受けてるのよ。
そうだわ。もともと、冒険者になろうとしていたんだから、剣くらい振れるわよ。
◇ ◇ ◇
「お願いします」
「お! 隙の少ない、いい構えだ。基本は出来てるってこったな」
ひょうひょうとした口調で、ゆっくりと木剣を構えるレオナルド先生。
「どっからでもいいぜ」
目つきが変わった。いや、空気が、変わった。試合開始だ。
わざと誘っているのか、微かに隙のある構えのまま微動だにしない。
……あえて、乗ってやる!
ここで一撃、ビシッと決めて!
皆の前で「おお~!」とか「先生すげぇ!」とか言われちゃって!
“泣き虫先生”のイメージ、払拭してやるんだからっ!!
「いっくわよぉおおおおっ!! せやぁっ!!」
初撃は軽く払われる。当然、読まれているわよね。
でも、まだまだ!
……ズシャア。
「ふげっ!?」
「なかなか鋭い動きではあるんだけど、何て言うか、綺麗過ぎるんだなぁ~」
足? 払われた!? 気づいたら地面に顔面こすり付けられている。
「もうおしまいかい?(ふふん♪)」
この男……絶対楽しんでる。
「くっそぉおお~~~……!」
くるっと回転して立ち上がり、今度は慎重に間合いを詰めていく。
いける……この角度、このタイミング……!
ひと呼吸おいて――いまッ!!
ビシィィッ――
……ズシャア。
「ぶへっ……またっ……」
「ふぅーん。やっぱ、甘いな。手に取るように動きが読める。教科書のお手本通りってやつだな」
く、悔しいけど、確かにそうだわ。お屋敷の中庭で受けていた剣術は基礎中の基礎でしかない……。
「でも、お前、筋は悪くないな。これから、鍛え甲斐があるってもんだ(フフっ)」
え、え、なに、なんなの、急に優しい顔して、手なんか差し出しちゃって!?!?
「ふ、ふん……! アンタこそ、先生らしくできるじゃない。最初からそういう態度で来なさいよ!」
「はぁ~? 俺ぁ、最初から“この態度”だけど?」
「むぅぅうううう!! こんのぉぉおおおお!!」
あたしの構えが! 教科書通りっていうなら! これならどうよ!!
「この! このぉおお!! えいっ! このっ!」
「はははっ! そりゃ~”やぶれかぶれ”ってなもんだ。もっと落ち着いて……」
「あたしは! 冷! 静! よ!」
みっともなく木剣を振り回す、あたしの後ろに皆が集まってきた。
「先生……なんだかんだで楽しそうっすね」
「ってか、レオナルド先生って何者だよ……。一太刀も入る気がしなかったわ」
そっと、マリルちゃんがひとこと。
「エリーシャ先生、すごい元気……」
元気じゃないっ! 悔しいのっ!! くぅうう~~!!
見てなさい! 今は無理でも、いつの日か!!!
親愛なるおじいさまへ
本日、わたくしのクラスの皆さまと顔合わせをいたしました。
皆さま、個性豊かで、仲の良いご様子。なかには、まだ年若いながらもしっかりとした志をお持ちの方もおられ、頼もしさを感じております。
ただ――彼らの故郷が、過去に大きな悲劇に見舞われたと知り、胸が締めつけられる思いでございました。
それでも、皆さま前を向き、強くなろうと歩みを止めない。その姿に、わたくしも負けてはいられぬと、心を新たにいたしました。
午後にはレオナルド先生より、実技のご指導を賜りました。
おじいさま、あの方はきっと只者ではございません。ゆえに、わたくしはあの方を一つの目標と定め、いずれは並び立つ存在となれるよう精進してまいります。
遠く離れた港町にて、今日もまた、新たな出会いと学びに恵まれた一日でした。
おじいさまのご健康とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。
敬具
エリーシャ