15.サバイバル実習 その6
6日目の朝。
昨日は結局、爆笑茸の後遺症と筋肉痛でろくに動けず、拠点で寝転がっていただけでした。
何事もなく一日が終わったのは不幸中の幸いです。
……いや、きっと『何事もなかった』わけじゃないんだろうな。
レオナルド先生は、居眠りしてたかと思うと、むくっと起きて「便所」といって茂みの奥へ行って、しばらくして戻ったと思ったら、また居眠りして……を繰り返していた。
きっと、周辺を警戒して、あたしたちを護ってくれていたに違いない。そんなことは、絶対に認めないでしょうけどね。
そんなおかげもあって、今朝は体調も回復し、初日の拠点を目指して帰還を開始します。
帰り道では、あたしの苦手なアレに出会うこともなく、無事に窪地を抜ける崖道が見える辺りまで戻ってきました。
「……止まって」
先頭を歩いていたシルフィちゃんの低い声。
全員の足が同時に止まり、息を潜める。
「ヤバそうなのがいるよ」
「……見えた。……熊、か? デカ過ぎんだろ」
きっと、一組が遭遇したという、グランベアだ。レオナルド先生も真剣な表情で様子を窺っている。
「傷を追ってるな……ありゃ手強いぞ。やれるか?」
「やらいでか! デュロス、前衛! マリル、風2まで! シルフィ援護で」
アルフレッドくんが口早に支持を出していく。
「アラン、位置取り指示よろ! フーリオは周辺警戒!」
各自、指示を出されるのと同時が、それ以前に的確に動いている。自分が何をすべきか、わかってるんだ。
あたしは何もできないから……せめて、周辺を警戒しておこう。
レオナルド先生も、あたしの動きを見て頷いてくれてる。
次の瞬間、低いうなり声とともに、茂みを押し分けて――
ズシンッ!
「来るぞ!」
アルフレッドくんの2倍はありそうな巨大な熊が、突進してくる。
肩に傷を負っているらしく、生々しい血がほとばしっている。
片目は白く濁り、残った左目はギラついた殺気に満ちていた。
1組の連中が遭遇した個体で間違いないだろう。
アルフレッドくんとデュロスくんが前に飛び出し、グランベアの注意を引いたところで左右に展開する。
キョロキョロするグランベアに、いつの間にか木の上に登っていたシルフィちゃんが投擲攻撃。
シルフィちゃんに意識が向いたところへ、間髪入れずにアルフレッドくんとデュロスくんの同時攻撃。
すごい……連携がしっかり決まっている……。
ヒット&アウェイ、また左右に分かれて距離を取る二人。
そこへ、今度はマリルちゃんの魔法攻撃が決まる。
腕、足、腹、かまいたちのような風撃がグランベアを削っていく。
動きを止めたグランベアに、渾身の一撃を入れるアルフレッドくん。
「くっそ硬ぇな……っ」「任せろ!」
デュロスくんが熊の脇腹に剣を突き立てる。
「グオオオオオォッ!」
両腕を振り回しながら、デュロスくんを追いかけるグランベア。
デュロスくんは、チラリとアランくんを見てから、逃げる方向を変える。
すると、追いかけるグランベアの上に、シルフィちゃんが舞い降りる。
グランベアの頭頂部には、深々とナイフが突き立てられた。
目玉をぐるりと回して、力なく倒れるグランベア……。
ズズンッ……
「っしゃ! トドメは私だね!」「いっつも美味しいとこだけ持ってくよなー」「みんな怪我してないか?」
レオナルド先生もゆっくりと剣を下ろし、口の端を上げた。
「上出来、いや、出来過ぎだ! ここまで動けるとはなー! はっはっは!」
レオナルド先生の笑い声で、みんなの緊張もほどけたみたい。
あたしも、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
グランベアを倒したあと、手際よく皮をはいで、牙と爪を抜き取り、素材として持ち帰る。熊の肉は寄生虫が多いので、食べるのには向かないそうだ。
窪地から上がる細道を通り、ほどなくして初日の拠点に戻ることができた。
凍らせて持ち帰った大蛇肉が少しあったが、シルフィちゃんは野兎を食べたいと言って罠を仕掛けにいった。
アルフレッドくんとデュロスくんは、レオナルド先生を引っ張って川へと向かった。
”あの”魚の獲り方を伝授してもらうつもりなのだろう。
フーリオくんとアランくんは、周辺の樹の根元なんかをチェックしている。懲りずにトゥリフを探しているのだろうか。
しばらくキノコは食べたくないな……。
最年少のマリルちゃんは、さすがに疲れが出たと見えて、焚火のそばでウトウトしている。
ふぁ~ぁ……あたしも、ちょっとだけ、横になろうかな……。
◇ ◇ ◇
「……生、エリちゃん先生ー」
ほぇ? 気付けば、辺りはすっかり闇に包まれ、焚火の上では野兎の肉が食べごろの音を奏でている。
遠火で焼いている魚も、良いころ合いのようだ。
「っあー、ごめんなさい、すっかり眠り込んじゃったみたいね」
「平気だよ。けど、先生、今夜の見張り1番手ね!」「はい、そうさせて頂きます(あはは)」
「明日はもう帰るのかー。あっちゅーまだったよなー」「全然楽勝だったしな」「まだ油断はできないですよ。お家に帰るまでがーーって言うじゃないですか」「それ、遠足の話だろ?」
「今さらだけど、”上”って、どんな野獣が出るんですか? もう教えてくれても良いですよね?」
アランくんが、レオナルド先生を覗き込むように視線を送る。
まるで『僕たちの実力は十分に見ることが出来たでしょ?』と言っているような笑みを浮かべている。
「んぁ? なんだ、気付いてたのか。あえて情報を伏せてたの……かなわねーなー(ふふっ)」
レオナルド先生は、大蛇の肉をひっくり返しながら、鼻で笑った。
「上はな……ま、兎と犬みてーなのと、大きいので鹿ぐらいなもんだ。向こうから襲ってくるようなのは、まず居ないよ」
レオナルド先生はそう言いながら、大蛇の肉をつまみ上げた。
「誰かさんが苦手な、長~いヤツも、な(くくくっ)」
なっ! ふんっだ!(ぷいっ)
「けど、最後まで油断だけはするなよ」
レオナルド先生の言葉に呼応するかのように、火のはぜる音が響いた。
◇ ◇ ◇
夜空には、無数の星が瞬いている。
あたしはひとり、焚火から少し離れた岩の上に腰を下ろして、見張り番。
頬を撫でる夜風が心地よい。
――あっという間だったなぁ。
笑って、騒いで、泣きそうになって、叫んで……
気づけば、生徒たちの背中が、大きく見えるようになっていた。
「……みんな、すごかったなぁ」
思わず口からこぼれた独り言に、すぐ隣から声が返ってきた。
「だよなぁ」
「わっ……! レオナルド先生、寝てたんじゃ……」
「言ったろ? 最後まで油断だけはするなって」
あたしって、そんなに頼りないのかしら……
「俺の生徒はあいつらだけじゃないから、な」
火の明かりに照らされたその横顔は、いつもより柔らかくて――なんだか、ズルいなーーもう。
「お前さんも、最初に比べたら、ちっとは良い顔になってきたぜ?」
「そ、そんなこと……ないですよ。あたしなんか、まだまだ……」
沈黙。けれど、嫌な沈黙じゃない。
焚火のはぜる音と、遠くで夜鳥が鳴く声だけが、静かに響いている。
不意にベイルさんの、火打石で恋がどーとかって話を思い出して、思わず笑ってしまう。
「……ふふ。こういうのも、悪くないですね」
「ああ。悪くねぇだろ?」
――ぱち、ぱち。
「……あ、あの!」
レオナルド先生に視線を向けると、すっごい奇妙な顔をして……焚火の方、生徒たちが寝ている方を指さしている。
「へ?」
見ると、とっくに寝ていると思っていた生徒たちが、ニヤニヤとこちらをうかがっているじゃないですか……。
「おい……お前ら……寝てなかったのか!?」
「えへへ、だって気になるじゃないですかー」
「そーそー、なんか良い雰囲気だったしなー」
「エリーシャ先生、顔が赤くなってるでござるよ?」
……まったく、油断も隙もないんだから!
結局、そのまま焚火を囲んで、朝まで他愛もない話をして過ごした。
冒険談、学園の噂、好きな食べ物……笑い声が夜空に溶けていった。
◇ ◇ ◇
翌朝──というか、日の出を待って拠点を畳み、森を後にした。
「帰ったら甘いもの食べに行こうー」「お風呂につかりたーい」「私はふかふかのベッドが恋しいですよぉ」
マリルちゃんの幸せそうな顔に、みんなが笑う。
長かったようで、あっという間の7日間だったなー。
今回のサバイバル実習、何でも出来ちゃうこの子たちは、得られるものが、あったんだろうか……。
あたしにとっては、きっと一生忘れない想い出になるだろうな。
大切な想い出に――。
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親愛なるおじいさまへ
森の奥でのサバイバル実習を、無事に終えて戻ってまいりました。
たった七日間でしたが、あまりに濃くて、今こうして机に向かっていても、まだ焚火の匂いが髪に残っている気がします。
野兎やイノシシを狩って食したり、あと、わたくしの苦手な蛇も。
とてもお手紙では伝えきれないほど、多くのことを学んできました。
今度お会いしたときに、いっぱい、いっぱい語らせてください。
私にとって、この実習はきっと一生の宝物になるでしょう。
冒険者として、一歩ずつ成長しているあたくしを、どうぞ見守っていてください。
敬具
エリーシャ
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