10.サバイバル実習 その1
「えー、今日から7日間、お前たちはー、昨日受け取った必要最低限の装備で演習の森に入り、そこでサバイバル生活を送ることになる。水、食料は全て現地調達だ」
珍しく、レオナルド先生の口調に、そこはかとない重みを感じる。
「演習の森は、一応この学園の敷地内ってこともあって魔獣の類はいないが、ほとんど手を加えていない自然のままの大森林だ」
みんなの顔には不安とワクワクが入り混じった、遠足前のような雰囲気があった。
「先生~! 目的地みたいなのとか、あるんですか~?」
「特に設けてはいないが……そうだな。最初の拠点は俺が決める。体を慣らす意味も含めて、そこに二泊する。三日目からはお前たち自身の判断で次の拠点を探せ。水源、野獣への警戒、注意すべき重要項を見落とすなよ」
「ふぇぇ……」「えーと……水源は(ぶつぶつ)」「野獣はいるんだな」「食料も現地調達だよね」
「はいはーい。そんじゃ、エリーシャ先生からも、何かひと言」
「えっ……あ、あたし?」
みんなの視線が、一斉にこちらに集まる。
ど、どうしよう……心の準備とか、なにも……!
でも、こんな時こそ──先生として、ビシっと決めなきゃ!
「えっと……その……みんな、不安もあると思うけど……」
視線をさまよわせながらも、一生懸命、言葉を探す。
「この7日間は、ただのサバイバルじゃありません。食べ物を探すこと、水を確保すること、夜を安全に過ごすこと──これまで座学で学んだことを全部、自分たちの力でやらなきゃいけません。けど、それだけじゃなくて……」
あたしは、ぎゅっと拳を握った。
「きっと、君たち自身のことも、すごくよくわかる時間になると思うの」
おお、と小さな感嘆の声が上がる。
「誰かと意見が合わなかったり、失敗して落ち込んだり、思い通りにいかないことも、きっとある。でも、そういう時こそ、仲間を信じて、助け合って、自分の力を試すチャンスです!」
言いながら、自分自身にも言い聞かせる。
「だから……あたしも頑張るから、みんなも、最後まで諦めずに、全力で、楽しみましょう!」
「「「おおーっ!!」」」
みんなが一斉に拍手をくれて、ちょっとだけ……先生らしいこと、できたかな?
レオナルド先生をチラ見すると、小さく拍手してくれていた。
うん。ちゃんとできたんだ。
「よ~し、そんじゃ、出発するぞ!」
レオナルド先生の掛け声で、一斉に歩き出す一行。
あたしもその後を追って歩き出す。目指す先には、演習の森が黒々と広がっていた。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いていくと、向こう側からこちらへと歩いてくる、一組の生徒たちとすれ違った。
みんな、明らかに疲れ切っている……。泥にまみれた服、破れて血が滲んだような跡も見える。
「あれ……? 一組って、あと二日残ってなかったっけ?」
『森の中で遭遇するかもなー』って、レオナルド先生が言っていたのを思い出して、小声でつぶやく。
レオナルド先生は小さく頷くと、一組の引率の先生のもとへ歩み寄った。
「体力的に持たなかったらしい。全員、無事ならよし。ま、初めてなら、あんなもんだろ……」
軽く手を上げて「お疲れさん」と見送るレオナルド先生の横顔が、少しだけ険しい。
こ、この演習って、そんなに過酷だったの!?
「せ、先生……もしかして、私たちも、あんな風に……」
マリルちゃんが不安そうに見上げてくる。
「ふふふ。大丈夫だよ、マリルちゃん」
あたしは笑顔を作りながら答える。
生徒たちを不安にさせちゃ、先生失格よね。適度の緊張感で挑まなきゃ。
その直後、レオナルド先生は全員を振り返って、ニカッと笑った。
「いいかお前ら! この7日間で得るのは、技術でも知識でもねぇ! “生き抜く意志”だ!! 遠足気分でいたら…………死ぬぜ」
レオナルド先生の一言に、ぴりっとした空気が流れる。
ひぇぇ~~~! 能天気に『楽しみましょう』なんて言ってた自分をひっぱたきたい……。
◇ ◇ ◇
森に踏み込んだ瞬間、急に空気が変わった気がした。
ひんやりとした湿気、遠くから聞こえる獣の鳴き声、葉のこすれる音……
今までは「学園の敷地内」なんて甘く見てたけど、これはもう完全に、大自然の森だわ。
道なき道を進みながら、生徒たちがざわざわと話し合う。
「さっきの一組、マジでボロボロだったなー」
「レオナルド先生も気合入ってたねー」
「いいじゃん、燃えてきた! やってやろーぜ!」
そして、アルフレッドくんが大きく拳を突き上げた。
「俺たち”タンポポの綿毛”は、7日間キッチリ生き延びてやろうぜ!」
「「「おおーっ!!」」」
──みんな、頼もしいわねぇ……(ほろり)
問題は“あたし”ですよ……。
心構えだけはしてきたつもりだけど、いざとなると、みんなにくっついて歩くのだけで精一杯……。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いたあと、少しだけ開けた場所に出た。
「よーし、ここを今夜のキャンプ地にしよう。視界も開けてるし、敵の接近にも気付きやすい。向こうの岩場に水も湧いているはずだ」
あらかじめ用意されていた場所のようね。
さて! ここからは、あたしの出番よ!
みんなに的確な指示を出さなくちゃ……
「デュロス、水場の確認頼む!」
「おう!」
そう! それ! 水は大事。アルフレッドくん、ナイスな指示よ!
「シルフィとフーリオは、この辺の植物で食べられそうなのがないか調査! 毒っぽいのに注意して!」
「おけ~」「了解~」
……うん、そうね。毒には気を付けてー。
「アラン、俺たちはシェルター立てようぜ! そっち持って」
「任せてくれ!」
…………シェルターの立て方なら……って、なんて迷いのない動き……。
「マリルー、火ぃ頼めるか?」
「はいっ、任せてください!」
そう! 火を起こさなくちゃよね!
「マリルちゃ~ん、火の起こし方、教えてあげる」
「ぁ、先生、私……」
「ふふっいいのよ。任せてちょーだい!」
ようやく、あたしの出番ってワケね。火起こしは手にマメが出来るほど練習したもの。
「い~い? 今回はサバイバル実習なので、火打石に頼らずに火を起こすわよ」
まずは──乾いた草を用意して、手ごろな木と、細くてまっすぐな木の棒を……。
丁度良いのが見つかったわ。
「さて、ここからが本番よ。見てなさーい」
ごりごりごりごりごり……
「あの、先生……」
ごりごりごりごりごり……(はぁ、はぁ)
『おい、あの火起こし、懐かしーなー』『僕はあの方法で成功したことないよ』
テントを設営していた二人のささやきが耳に入る。ふふふ、いいのよ、見ておきなさい。
あたしはこの日のために特訓して手の皮も厚くなってるんだから!
ごりごりごりごりごりぃぃぃっ!(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)
「ちょ、ちょっと休憩(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)」
「先生……、火打石はダメでも、魔法なら良いですよね?」
えっ……?
「灯よ、ここに──《フレアリット》!」
──ぼっ☆
ほんの小さな火花が、あっさりと草束に火を移し、たちまち炎がパチパチと燃え上がった。
「あっ……えっ……えぇ~~~!?!? それ、火の初級魔法じゃない!?」
「え、あっ、はいっ! 初歩的な属性魔法なら使えるので……。あっ、でもでも、先生のもすごかったです! 根性と汗と、あと、めっちゃ……努力が!!」
えっ……どういうこと……?
「……あ、あたしの出番が……」
「おーい、エリーシャ先生ー、俺たちも自分のシェルター設営しなきゃ」
レオナルド先生が、ドスン☆と大きな荷物を下ろす。ほぼ二人分の荷物を背負ってくれていたのでした……。
「あ、ありがとうございます! そうよね。あたしたちもシェルターを……(って、どうやって組み立てるんだっけー?)」
困り果てているあたしの雰囲気を察してか、レオナルド先生が助け舟。
「おーい、アルフレッドー。そっち終わったら、エリーシャ先生のシェルターも立ててやってくれー」
「了解っすー」
「あー、ごめんね! 助かるわ。この型のシェルター、初めてなのよねー(どのシェルターも立てたことはありませんが)」
「先生ー、そっちの杭、もう一本打っといた方が安定しますよー」
「へ? あ、うん……ここね!」「もうちょい右……じゃなくて逆っす」
カンッカンッと打ち込みながら、内心で思う。
(おかしいなぁ……こっちが教える側だったはずなのに……!?)
しばらくして、鍋に水が張られ、山菜と乾燥肉が投入され、
焚き火の上で、ぐつぐつとスープが煮込まれていた。
「アルフレッドくんたちって、すごい手際良いわよね。キャンプとか慣れてるの?」
「あー、まあね。俺たち、小さい頃から森の中駆けずり回ってたし。トールソンを出てからは、アランのお屋敷で世話になってたけど、外で寝泊まりすることも多かったし。こういうのは慣れてるよ」
「……そっかー」
そうだよね。みんな、ただの生徒じゃない。
辛い過去を背負って、今ここにいるんだもの。
「先生、これ、スープできたんで、よかったら」
マリルちゃんが、笑顔で木の器を差し出してくれる。
ありがたく受け取って──
「……あっつ!? でも、おいし……!」
「ふふふ、タンポポの綿毛のシェフ、フーリオにぃ渾身のスープですよぉ」
「へぇ~、フーリオくんって、料理上手なのね」「森の恵みのスープ~ウィード風~でござる。まだまだあるでござるよ~」「ウィード? 雑草ってことかしら……でも、美味しぃ~」
しみじみとスープを飲みながら、火のゆらめきを見つめる。
先生として来たつもりだったけど、たぶんあたし、
この7日間でまた、生徒たちから、いろんなことを教えてもらうんだろうな──。
いつの間にか、すっかり日も暮れて、空には星が煌めいている。
ふわりと頬をなでた夜風が、焚火の炎を優しく揺らしていた。
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