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1.新任教師ですって!?

「え? あたしが“先生”ですか? “生徒”じゃなくって?」


 ……どこでどう間違われたのか、大方の予想はついた。




◇ ◇ ◇




「エリーよ、冒険者になりたいんじゃと?」


 祖父が椅子に腰かけたまま、静かに笑みを浮かべる。応接間には甘酸っぱい紅茶の香りが漂っていた。


「うん! おじいちゃん。あたし、もうすぐ二十歳だし、冒険者になって世界を巡り歩いてみたいの」


 わくわくと胸を膨らませてそう答えると、祖父は「ふむふむ」と頷いてから、にっこりと目を細めた。


「よしよし。それならば──可愛い孫の夢を叶える手助けをさせておくれ」


 そして優雅に手を上げると、すぐさま控えていた執事が、すっと一礼して動き出した──。


 ……ここまでは、よかったのよ。




◇ ◇ ◇




 きっと、そこから伝言ゲームが始まり、巡り巡って「エリーシャは冒険者アカデミーの先生になりたい」となったのだろう……。


 でもまあ、ちょっとした間違いなのだから訂正すれば、すぐにどうにかなる! と思っていたんだけど……。


 大人たちの事情を甘く見ていたわ。


 責任の押し付け合い、気まずい沈黙、挙句の果てに学園長と副学園長のダブル土下座……。


 敗北……。


 そうして、学園長の全面的バックアップを条件に、冒険者アカデミーの新任教師として赴任することが決まったのです。




◇ ◇ ◇




 レムリアス大陸の西端に位置する港街、ウェスタニア。


 潮風の香るこの街には、冒険者アカデミー(通称、学園)があって、毎年この時期になると冒険者志望の若者たちが集まってきます。


 そこでは、冒険者として生きていく上で欠かせない知識や、剣術をメインとした戦闘技術、地域差はあるけれど魔法技術を学ぶこともできるのです。


 もちろん、アカデミーに入らなくても冒険者になることはできるけど、”学歴”ってのがあるのとないのとじゃ、その後の報酬に差が出るので、これから冒険者を目指そうとする若者の多くは、各地のアカデミーに入学します。


 今期、ウェスタニアの入学希望者は十二名。

 称位持ちが七名に、称位なしが五名。


 ”称位”っていうのは、家柄を表す称号みたいなもので、フルネームを聞けば、一般人かそれ以上かが分かります。


 例えば、あたしのフルネームは「エリーシャ・ギルデミ・セイレン」。

 おじいちゃんが全国の学園を束ねる理事長をやっているので「ギルデミ」の称位を持っていて、「セイレン」という家名を授かっているの。


 称位は他にも、王族なら「ラ」、貴族は「ウル」、騎士は「ジルス」という具合。


 ちょっと特殊な例では、あたしがまだ幼かったころ、伝説の竜を討伐した人たちに「ドラスレ」の称位が与えられたって聞いたことがあるけど、今、その人たちがどこで何をしているのかは誰も知らない。


 竜なんて、おとぎ話にしか出てこない巨大な生物を、ちっぽけな人間が倒したとか、にわかには信じられないでしょ?


 でも、そういう”信じられない”を求めて旅をするって、とってもロマンチックじゃない?


 だから、あたしは冒険者になりたかった。


 冒険者になって世界中を駆け巡りたかった……のに。




◇ ◇ ◇




「こちらが、臨時で赴任された、エリーシャさん。エリーシャ・セントールさんです」


「ぁ、ぇーっと……エリーシャ・セントールです。若輩者で、わからないことだらけですが、どうぞ、よろしくお願いいたします」


 職員会議というやつだ。


「はい、ありがとうございます。エリーシャさんは、私の大切な知人のお孫さんでして、えー、見てのとおり、まだお若くて、経験も浅いのですが、見どころはある! ということでして、えー、皆さまの、ご指導ご鞭撻などお願いできれば、と、思うのであります」


 まばらな拍手。

 冷たい視線。歓迎ムードとは言いがたい。


 当然よね。


 この場にいる教員の多くは、現役か元冒険者であり、それなりの実績と経験を持っているはず。

 その経験から、バレバレなのだろう。


 あたしは二十歳になったばかりで、冒険者としての経験もゼロ。

 物語を読んで得た程度の知識しか持ち合わせておりません。


 普通に考えて、学園の先生なんて勤まるわけがないのに……あのタヌキのような学園長め。


『身バレすると何かと厄介なので、称位は伏せて、一般人としましょう。中央出身ってことで』


 そして”セントール”を名乗ることとなった。一般人は生まれ育った故郷や、特に思い入れのある土地の名を姓として名乗るのが通例なのである。


「さて、エリーシャさんには、今期の『二組』を受け持ってもらおうと思います。レオナルド先生の補佐というカタチで」


 ザワつく職員室。


「レオナルド先生、お願いしますね」


 一番後ろで、机に脚を投げ出していた無精ひげの男が、豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「……んぁ?」


 アレが、レオナルド先生らしい。職員室内をざっと見渡して、先生たちを”アタリ”と”ハズレ”に分類するならば、間違いなく”ハズレ”だ。近寄りがたい雰囲気は半端ない。よりにもよって、その”ハズレ”の下で、やったこともない”先生”を演じなくてはならないなんて……。


 面倒臭そうに、ゆ~っくりと立ち上がる”ハズレ”。


「(チッ)ぁー……俺がレオナルドだ。”補佐”なんかどう扱ってよいのかわからんのだがー、まあー、よろしくー」


 今! 舌打ちしたよね!? 何なのこの”ハズレ”は!!


「(チッ)こちらこそー、初めての”補佐”なんでー、ご迷惑をお掛けすることが多いと思いますがー、よろしくー、おねしゃーす」


「ぁあ?」「(何よ)」


「まぁまぁ、お二方とも、抑えて抑えて。仲良く、ね? 仲良くお願いしますよ?」




 こうして、冒険者としての経験もないあたしが、冒険者を目指す若者たちの先生を務めるという、前途多難の学園ライフが、幕を開けたのでした。

親愛なるおじいさまへ


 このたびは、わたくしに冒険者への道をお示しくださり、ありがとうございます。

 おかげさまで無事、ウェスタニア冒険者アカデミーにてお世話になる運びとなりました。

 思いがけないカタチでの入学となりはしましたが……人生、何事も経験でございますものね。


 こちらの先生方は、皆さま大変個性的でいらっしゃいます。

 学園長も大変、紳士的に対応してくださり、安心して学園生活をおくれそうです。


 まだ右も左も分からぬ新米ではございますが、せっかくいただいた機会を無駄にしないよう、そして立派な冒険者として成長できるよう努めてまいります。


 おじいさまのご健康とご多幸を、遠き港町よりお祈り申し上げます。


敬具

エリーシャ

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