死神聖女──私が地獄に堕ちるまで──
私たち聖女の仕事、それは死にきれずに苦しむ人々を天国に送ることです。
聖暦1931年、祖国ミクロシ聖王国は今、戦争状態にあります。
そして今日も敵が来る。
「死ねぇ聖王国の悪魔!」
瓦礫の影から敵兵が私に銃剣を向けて突き進む。その血走った目には多くの想いが宿っていた。家族や仲間を殺された怒り、死にたくないという恐怖、そして今から一人の人間を殺すという覚悟。
そんな敵兵に私は咄嗟に軍から支給された聖女の道具を使って反射的に反撃をした。
「ッ!」
三発の銃声が響いた後に敵兵士は膝から崩れ落ちた。弾が腹に二発命中していた。そう聖女の使う道具とは拳銃の事です。
「クッソ……し、ね」
敵兵士は殺意を私に向けて死んだ。先程まで瞳に宿っていた想いも全て消え去った。
「大丈夫ですか聖女様!」
先の銃声を聞きつけて大柄で見た目の割には優しい性格をした聖王国兵士が一人駆けつけてきた。そんな彼の名前はジェイコム軍曹。
「軍曹さん……」
「聖女様。一人にして申し訳ありません」
急な襲撃に恐怖で足がすくむ私を軍曹さんが持ち上げる。彼はこの戦場で唯一の味方でこんな私にでも優しくしてくれる異常者だ。
「ちっ、生きてたのかよ死神」
「流石俺らの魂を奪って生きる死神だよ」
自軍の拠点に帰ると私を待っていたのは通り過ぎる度に言われる罵倒でした。正直言われ慣れた事ですがやはり辛いです。
「聖女様、仕事です」
眼鏡をかけた衛生兵が私に仕事を頼んだ。聖女の仕事はここからが本番なのです。
「痛い、痛い、痛い」
「モルヒネ……早く、痛い」
私が現場に到着するとそこには重傷者や既にもう死体になっている味方兵士達の姿が。
「今回は少し多いですがよろしくお願いします」
「…………分かりました」
私はそう言うしかありません。彼らを救うのが聖女の仕事ですから。たとえ何を言われようともやり遂げなければいけません。
「痛い、痛い…………嘘、聖女?」
一人の患者が私を見て何かを悟ったように暴れ出す。そしてそれは簡単に他の患者にも伝染した。
「俺はまだ死ねない!誰か助けてくれ」
とうとう窓から逃げ出そうとした人まで現れたのでそれを他の兵士達が取り押さえました。
「ふっー、では始めます」
私は一度深く深呼吸をして覚悟を決めて祈りを捧げる。
「汝の行いは同じ種の人間を傷つけた、だが神はそれを許し汝を受け入れる」
銃口を味方兵士に向けた。彼は私を見て泣き叫ぶ。
「お母さんに!お母さんに会いたい!助けてお母さん、お母さん!」
私が引き金を引くとパンッっと拳銃から弾丸が射出され男性の眉間を貫いた。男性は一生黙り込んだ。そして彼を抑えていた兵士はただただ私を見つめる。目で死神と。
「では次は貴方」
ですがまだ終わりではありません。まだ殺す人間は残っています。
「痛い、痛い、痛い」
「では────────それを許し汝を受け入れる」
同じように祈りを捧げた後に引き金引いた。弾丸が押し出され目の前の兵士を捉え貫く。ただ彼は先程の男性と違い痛みから解放されてか安らかに眠った。そこから私は淡々と傷ついた兵士達を殺した。
「皆様お疲れ様でした」
私は一人一人に銃口を向けて殺した。これで一応聖女としての勤めは果たした事になります。
ここミクロシ聖王国は同じ国の人間の殺しを良しとしない。そして戦争が勃発してから出てきた問題が。 それは手の施しようがない程に重傷をおった仲間を殺してやれないということだ。殺せないと言う事は迫り来る死を苦しみながら長時間待つという事だ。勿論自殺もダメです。それをさせない為に私達聖女が居るのです。
ただし多くの聖女は貧しい村の出や訳アリの子達が多く今は決して自分たちから聖女に成りたいと思ってやっている子は居ません。
「聖女様仲間を救って頂きありがとうございます」
私が先程の部屋を出ると外でジェイコム軍曹が私を待っていました。手には甘いココアが入ったカップを持って。
「軍曹さん。私の方こそいつもありがとうございます」
私はジェイコム軍曹からココアを貰う。このココアは恐らく彼が自分の軍用手票で買った物だ。
「聖女様にこんな事を聞くのはアレですが天国って信じます?」
ココアを啜る私の横でジェイコム軍曹が突然言った。天国を信じるか。
正直私は信じている。こんな血と瓦礫にまみれた世界を生き抜いてその先が地獄なんてまっぴらごめんだ。
「信じてますよ。だって何事にもご褒美が無いとやってられませんから」
そう、きっと天国は実在している。人間はご褒美があるからこそ一度っきりの人生を苦しくても生きていけるのだ。
◆◆◆
「市街の敵拠点は三箇所、ポイントa、b、c全て同時に攻める。その中で最も負傷者数が多くなると思われるポイントaには聖女様を配置する」
私の任務は衛生兵と後方で待機、助かる見込みがない負傷者に対しての救済が任務です。
「よりによって死神と一緒かよ」
「足引っ張るんじゃねーぞ死神!」
「おい!何言ってる貴様ら!聖女様に向かって死神とは!」
ジェイコム軍曹が他兵士に怒鳴り散らして説教をしますが正直言ってあまり意味はありません。それ程までに私達聖女は仲間を撃ち殺して来たのです。まさに死神と言うあだ名がピッタリです。
「気にしないで下さい。それより軍曹さんもポイントaに行かれるんですから気を付けて下さい」
ジェイコム軍曹は私に笑いかけて言いました。
「ええ、終わったらまた一緒にココア飲みましょう」
「そうですね。待ってます」
六時間後、戦闘が終わり私はジェイコム軍曹の居るポイントaに向かいました。
辺りの建物は壊れ煙を出し至る所に敵兵の死体、味方の死体、どちらの軍か分からない程に損傷した死体が転がっていました。
「聖女様、こちらの無事な建物内に本日戦闘で出た負傷者が居ます。その中でも手の施しようが無い兵士は本日は一名です」
私はその兵士が収容されている部屋のドアを開けました。そこで寝かされている兵士は私がよく見知った顔をしていました。
「え?」
大柄でその割には優しい性格をした聖王国兵士階級は軍曹。そしてこの戦場での私の唯一の味方。
「軍曹さん…………なんで」
「せ、じょ、さま。すぜんやく、そくまもれ、せんでした 」
喉を潰されたのか言葉が途切れ途切れ分からない。でもジェイコム軍曹の事です、約束守れなくてすいませんと言っているのでしょう。本当にこの人は他人を気遣って……でも私の言葉は違いました。
「いやぁ」
私の口から出た言葉は今までやって来た行為を全て否定するものでした。嫌だ。それは今まで私が殺してきた兵士達も言っていた言葉だ。だがそれを私は無視して殺した。自分が引き金を引いて、なのに自分を助けてくれた、救ってくれた唯一の味方は殺せない。嫌だと。そんなのはただのエゴだ。
その言葉を聞いていた他の兵士達が言った。さぁ聖女様、苦しむ彼を救って下さいと、普段私を死神だと罵倒する彼らが何故か今回は私を聖女様と言って軍曹さんを指さして、救ってやって下さいよと。
私は分かった。コイツらが軍曹さんをこんな目に合わした。コイツらはきっと軍曹さんを助けなかったんだと。私は知っている。コイツらがいつも軍曹さんを一番の激戦区の先陣を切らしていたと。
ただ私の憎悪の感情を止めたのは紛れもない軍曹さんでした。彼は必死に私に想いを伝えようとしました。
「き、みのッ、言う────てん……ごくに、ツレてってくれる、かい?」
私は自分のやるべき事を思い出しました。私は聖女。苦しむ者を救うのが仕事。
「分かりました軍曹さん」
私は白いホルスターから拳銃を抜き取り照準を軍曹さんの眉間に合わせた。そして祈り。
「汝の行いは同じ種の人間を傷つけた、だが神はそれを許し汝を受け入れる」
軍曹さんはこれから自身が迎える運命にそっと目を閉じた。
「ありがとうございます軍曹さん。お疲れ様でした」
乾いた銃声が静まり返る市街に響いた。
部屋のドアを開けて出るとそこにはいつも待ってくれる軍曹さんが居ない。もう居ない。
この世のどこにも。
「聖女様は相変わらず容赦ないですな」
「ああ、でもあの死神を庇う異常者軍曹が居なくなってざまぁみろだよ」
味方兵士がやっと邪魔者が居なくなったと言わんばかりに私を言葉と言う凶器で攻撃する。実際に聖女に手を出した兵士は厳罰を食らうから、だから目に見えない凶器を使うのだ。
私は階段を降り建物から出た。
「軍曹さんごめんなさい。私は天国には行けません。私には死ぬ前に一つやるべき事が出来ました」
聖女はそう言って空に手を伸ばした。彼が居る天国がある方向へ向けて。
◆◆◆
聖王国軍中央本部にある聖女が起こした事件の情報が入ってきた。その聖女は愛人を陥れられ自分に殺させたと勘違いした事によって倉庫からくすねた四つの爆弾によって部隊を展開してあった建物を爆発。計60名が死傷したと。
爆破後、助けるフリをして六名の聖王国兵士を殺害した後自分の頭を撃ち抜いたそうだ。
それらの情報を読んだ局長が呆れたように紙を地面へ投げ捨てる。
「こんな事バレた終わりだ。書類、関係者全て消せ」
「了解」
局長はその事件を起こした聖女の身元書類を燃やそうと書類を手に取る。
ミリナ・ラッシン、17歳。母親に売られ聖女に。
局長が書類を燃やして椅子に座り込む。そして先程読んだ聖女の最期の言葉を思い出す。
「「軍曹さん……私の方こそごめんなさい。地獄に堕ちます」……か、」
局長は小さく呟いた。部下に用意させたココアを飲んで平和な内地の空を見て。きっと戦場では今も多くの兵士達が死んで、そして多くの聖女が今も死にきれない仲間を殺しているそんな中で。
「今日もいい天気だ」
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