7話 魔法石を咲かせよう
部屋の奥へと滑り込んでしまった錆び付いた鍵。
それがもしかしたら、何か噴水に関係あるのかもしれないと思ったユーシルは、ミゲルとその鍵を探すために、部屋の奥へと足を踏み入れた。
しかし噴水のある場所には、ステンドグラスからの光が当たっていたのだが、二人が足を踏み入れた奥の部屋には窓も一切なく、真っ暗闇が続いていた。
「暗くて何にも見えないな。ユーシルは何か見えるか?」とミゲル。
ユーシルも目を凝らしてキョロキョロと辺りを見渡すが、やはり何にも見えない。
「うーん、駄目だぁ……。僕も何にも見えないや」
ユーシルがそう答えると、その隣で頬を掻きながらミゲルが杖を構える。
「俺は光系の魔法が苦手なんだ、笑うなよ??」
そう言ってミゲルは、杖で円を描く様にくるりと動かした。
それと同時に紡いだ呪文。
「ル・シェール・エルア・フェリオーラ」
ミゲルが使用した呪文は光焔照護呪文と呼ばれる光魔法の一つ。
光の炎を行使した守護の呪文なのだが、ミゲルはうまく使えず第一段階にも満たない小さな光を出すことで精一杯だ。
今も、ユーシルの視線の先にある彼の杖からはパチパチと小さな音と共に線香花火のような光が僅かに弾けていた。
ミゲルは恥ずかしいのか唇を尖らせながら、その光を利用して暗闇を照らしていく。
線香花火のような小さな光ではあまり役に立たないが、今まで魔法に触れてこなかったユーシルからすれば素晴らしい魔法に変わりなかった。
ぱち……ぱち……と、不規則に弾ける光。
その頼りない煌めきを追いかけるように、ユーシルの視線がゆっくりと床をなぞる。
「すごい……綺麗だよ、ミゲルくん」
ユーシルから漏れた感嘆に、ミゲルは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「やめろって……本当はもっと、ちゃんとした光になるはずなんだ。俺、光魔法だけはどうにも苦手でさぁ〜」
それでも、ユーシルの表情は変わらない。
目を細める彼の顔は、まるでその儚い光こそが希望であるかのように、穏やかに照らされていた。
「……ねえ、ミゲルくん」
「ん?」
「その光、あったかいね」
ぽつりと呟くように言ったユーシルの声に、ミゲルは一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに「……そうか?」と、少し照れくさそうに呟いてから、「じゃあその“あったかい光”で、鍵を探すとするか」と口元をゆるめた。
二人は床を見渡しながら、ゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。
パチ……パチ……
頼りない光でも、確かに暗闇を裂くように灯っている。
やがて、ユーシルがぴたりと足を止めた。
「あ、ミゲルくん!あれっ、あそこ!見て」
指さす先にあったのは、石造りの床の隙間に半分埋もれるように落ちている、小さな鍵。
光に照らされたその鍵は、確かに錆びついてはいたが――どこか、淡く銀色に光っているようにも見えた。
「これだ!たぶん、噴水の近くで滑った鍵だよっ」
ユーシルがしゃがみ込み、そっとその鍵を拾い上げる。
するとその瞬間、鍵が眩い光を纏ってすぐにユーシルの手から消失する。
カチリ。
そして背後で何かが動いた音がした。
「な、なんだろう今の音……?」
「噴水の方か?」
ミゲルが反射的に振り返る。
それと同時に「きゃっ」というフィオナの声。
水が流れる噴水の音もしはじめたことで、二人はすぐにフィオナがいる噴水側の部屋へと戻っていく。
鍵がどうして動き、消えたのかまでは分からないが、恐らくユーシルが手にしていた鍵が噴水と何らかの繋がりがあったことに間違いは無いだろう。
綺麗に水を噴き出す噴水と、ステンドグラスから射し込む光は、まるで芸術のように美しく共鳴していた。
「あら、戻ってきたのね。丁度良かったわ、いま噴水が動き出したのよ!それにほら、見て」
そう言って手を差し出すフィオナ。
彼女の手のひらには、種から取り出した橙色の小石があったのだが、それも噴水と光の影響か、微かにひび割れて小さな芽が出ている。
どうやらこの噴水にも、ステンドグラスにも複雑な魔法が掛けられているのだろう。
何らかの手順で噴水の鍵を外して、噴水が動き出した時、そのタイミングでステンドグラスからの光が重なっていれば魔法が発動するのか。
「一度芽が出たら後は持っておくだけで良いって本に書かれていたわね」
フィオナがそう言って芽が出た橙色の小石をローブのポケットに入れようとしたところで、小石が手から滑り落ちてコロコロとユーシルの足元へと転がった。
丁度そこで各寮の門限の五分前を知らせるベルが鳴る。
「えっ」
「は!?嘘だろッ!?もうこんな時間かよ!」
フィオナとミゲルがそう驚きの声を漏らし、急いで寮に戻る為にユーシルの手を取った。
「ペンバートン君、その小石はあなたが持ってて。きっと綺麗に咲かせられるわ、肌身離さず持って温めるの」
「えっ、僕が魔法石なんて咲かせられるのかな……?」
ユーシルは不安そうに漏らすが、フィオナは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、皆でヴィルヘルム君にプレゼントするんでしょう?あなたならきっとできるわ」
そんなフィオナの言葉にユーシルが口元を緩めて頷いたところで、三人は寮への道を急いだ。