6話 謎の種を育てよう
ユーシルとミゲル、フィオナは魔法薬学の授業が終わった所で、フィオナが受け取った黒い種を持ちオーガストに声を掛けた。
「ん?なんだ、お前たち魔法石の種を頂いたのか。くく、ネクロム先生も人が悪いな。魔法石を咲かせるのは高等部でも難しいものだというのに」
まさか魔法石の種だとは思っていなかった三人はオーガストの話を聞いてあんぐりと口を開ける。
そんな様子を見たオーガストが何やら考える素振りを見せて口を開いた。
「ネクロム先生は何かしらヒントをくれたりはしなかったか?」
そう言われた時、フィオナがネクロムからの言葉を思い返す。
「あっ、確か……土に埋めて育てるものでも、魔力で育てるものでも無いって言っていました」
フィオナがそう言えばオーガストが笑みを浮かべる。
「そこまでヒントがあるなら分かりやすいな。俺なら植物を育てるのに必要なのものから考える」
オーガストはそう言うと、この後大事な会議があるのだと言って薬学室を出ていった。
初日の授業だということで授業はお昼までで終わり、三人は魔法石を手に入れるためにレオンには何も言わずにさっそく動き始める。
魔法学校らしい出来事を、学友と一緒に。
そんな時間にユーシルは自然と笑みを浮かべていた。レオンに喜んでもらえたらいいなという一心で。
✻✻✻
「どうしたヴィルヘルム?」
寮の談話室をウロウロしていたレオンに声を掛けたのは寮長のグレイ。
「同室の友人がまだ戻ってないみたいなので探しに行こうかと」
レオンがそう言えば、グレイが驚いたように瞳を丸くして肩を上げる。
まさかレオンの口から友人という単語が出てくるなど思っていなかったのだ。
「そういえば、朝餐会でお前がペンバートンを庇うとは思ってもいなかったな。一体どうした?いつも一人でいたお前が突然友達をなんて」
「俺もわかりません。ただ、不思議と一目見た時に友達になりたいと思った、それだけです」
「えっ、なになに、一目惚れってこと??」
そんなグレイの言葉。グレイも本気では無く冗談まじりのつもりだったのだが、不思議と……という単語で片付けていた感情の意味を知ったかのようにレオンの青い瞳が驚きで見開かれた。
「確かに……そう、なのかもしれない」
「え、お……おぉ!?マジか!?ヴィルヘルムが!?」
グレイは慌てて辺りを見渡し寮にまだ人がいないことを確認してレオンに掴みかかる勢いで喜びを露わにする。
「離してください嫌です」
「お前仮にも俺寮長だぞ!?もう少し俺にも優しくしろよ……。というか、なんだか俺ペンバートンのことを知ってる気がするんだよなぁ」
グレイがそう言えば、レオンがムッとした表情でグレイを見た。
「友達でもない先輩が友達の俺よりユーシルのことを知ってる訳ないでしょう」
「いや、そういうんじゃなくて……ま、気のせいかな?あ。そういえば、ペンバートンたちならオーガスト先生の所で何か種の話をしていたのを見たぞ」
寮に戻る途中ですれ違ったのだというグレイ。
グレイの言葉を聞いたレオンは、三人であの種を咲かせようとしているのかと気付く。
「オーガスト先生ですか。魔法石の種を貰ったようなのでオーガスト先生に相談して三人で咲かせうとしているんでしょう」
「魔法石の種?……ネクロム先生か。そんな無理難題押し付けるのはネクロム先生しかいないからな。無理無茶無謀は成長への一番の近道だ!なんて言って俺もよく色々やらされたよ」
「そうだったんですね。まぁ、三人なら大丈夫でしょう」
そう言うレオンに、グレイはやれやれというように肩を竦めて笑う。
「心配ならお前も一緒にやれば良いだろ?」
「俺がいてもつまらないでしょう。ロードへリアのように明るい奴と一緒にやった方がユーシルも楽しめると思うので」
「友達なら、一緒にいるだけで楽しいもんだと思うけどなぁ?」
「そういうものなのでしょうか」
友達になりたい。
そう思ってユーシルに声を掛けたはいいものの、友達という関係が一体どういうものなのかレオンは分からないでいた。
そして、ユーシルに対する感情は、先程グレイに言われた通り一目惚れに近く、友情ではなく恋情のほうが近くも感じた。
それをユーシルに伝えるつもりは無いが、それでも友人としてそばに居たい。
しかしこれまで人付き合いなどして来なかったレオンに友達への接し方など分からない。
ユーシルと友達になってから、ミゲルにフィオナ。レオンの周りには人が増えた。
むず痒いが悪くは無い居心地。
「なんにせよ、俺はヴィルヘルムに友達が出来て嬉しいよ」
何にも興味が持てず、常に独りでいたレオンをレーヴェンシュタイン寮に入る前からずっと気にかけてくれていたグレイ。
グレイはそんなレオンが変わっていくのが嬉しいのだそう。
「まだユーシルたちとは友達になったばかりだろうけど、俺はお前たちならなんでも乗り越えていける。そんな気がするよ」
グレイがそう言った所で、寮に生徒たちが戻り始める。レオンはユーシルたちが寮に戻ってきたら、何か自分から友達らしく話をしてみようと決めて、その帰りを待つために自室へと戻って行った。
✻✻✻
寮でレオンが自分の中にある感情の正体を知るのに一歩近付いたのと同じ頃のこと。
ユーシルとミゲル、フィオナの三人は全寮の共用となる大図書館に足を踏み入れていた。
そこには世界中の本が集まると言われており、読みたいと思った本は必ずその図書館にあるのだという。
そんな大図書館で、三人は魔法石について記された本を読み漁っていた。
他にも予習や復習をする為に図書館を訪れている生徒たちがいる中で、邪魔にならないように隅の席に本を広げて何か手掛かりはないか探していく。
すると、魔法石の種について詳しく記載されていたページをミゲルが見つけて、フィオナとユーシルの二人に声を掛けた。
「なぁ、これってそうじゃないか!?」
「ミゲル、ちょっと声が大きいわ。図書館なんだから静かにしなきゃ。あら、でもそうね、このページにあるのは確かに魔法石の種の育て方よ。すごいわミゲル」
フィオナに褒められて自慢げに口角を上げてみせるミゲル。
そんなミゲルの姿に笑いを零して、ユーシルもそのページを覗き込んだ。
記されていた内容に目を通すと、まず初めに種を割って小石を取り出す必要があるのだが、フィオナの力では割ることが出来なかったためミゲルの手で割ってみると、本に書かれていた通りに中から橙色の丸い小石が現れた。
そうしてその橙色の小石を本に記載されていたものと照らし合わせていく。
だが、何度見返しても同じような橙色のものは記載されておらず、一体何の魔法石の元なのかと戸惑い始める三人。
「一体何の魔法石の種なのかしら。私も初めて見る形状だわ」
フィオナがそう言いながらページを捲って何か手掛かりを探すが、やはり手掛かりになりそうな記述は見つからず。
ネクロムの、育てるのに必要とするのは土でも魔力でも無いという助言と、オーガストが言っていた、"植物を育てるのに必要なもの"という助言を合わせて三人が思いついたのが水と光。
まず最初に小石に水をかけて杖で光を当ててみるが、そう簡単に魔法石が咲くことは無く。
三人が全く進まない状況に頭を悩ませていると、グレイの補佐であるレーヴェンシュタイン寮監督生のダニエルが声を掛けてくれた。
「やぁ、何かお困りみたいだね?この監督生である僕に話してごらんよ」
人当たりのいい柔らかな笑みを浮かべて声を掛けてくれたダニエルに、魔法石の種のことを伝えてみると三人にとって良い返事が返ってきた。
どうやら魔法石の種の成長に適した場所がこのアカデミーにはあるのだそう。
「全て話すのは君たちのためにはならないからね。西棟の最上階に行くといいよ、とだけ言っておこうかな」
ダニエルにそう教えてもらった三人は、お礼を伝えると早速図書館を後にする。
移動途中に、吹き抜けの中庭を通ることになったのだが、そこでは暇を持て余した生徒たちが箒を使って空高く飛び上がり空中でサッカーをしたりなど、魔法使いらしい遊びをしていた。
ユーシルはそれを見て、こうして遊んだり、授業を受けたり誰かと友達になったりと、魔法使いも人間とあまり変わらないのだと気付いた。
ただ、そこに魔法があるかないかの違いだ。
いつか、魔法使いと人間が手を取り合えるような日は来るのだろうか。
そんな思いが無意識に頭を過ぎるユーシルだが、今は目の前にいる友達との時間を楽しむために、考えることをやめた。
そうして、ユーシルたちは西棟の最上階へ。
最上階の扉は開いており、中を覗き込んだ三人は、まず視界に広がる大きなステンドグラスに惹き付けられた。
「綺麗なステンドグラスね。あ、屋内なのに噴水があるわ!」
フィオナは部屋の奥にある噴水を見つけてそう声を上げる。だが噴水は動いておらず少しの水も無い。
「壊れてるのかな?」とユーシル。
「いや、何かの魔法を動力にしてるんじゃないか?」
そんなミゲルの呟きにフィオナが杖を振って噴水に水を貯めてみるも動く気配は無く、出した水はすぐに消えてなくなってしまった。
「ネクロム先生も、もう少し何かヒントをくれても良かったんじゃないかしら」
そう零すフィオナだが、そんなことを言っていても先には進まない。どうすればいいのかとまた詰まっていた時、噴水の周りを見て回っていたミゲルとユーシルが一冊の古い手記のようなものを見つけて拾い上げた。
「なんだろう、これ」
ユーシルがその手記を拾い上げた時、どこかのページに挟まっていたのか錆び付いた鍵が落ちて、部屋の奥の方へと滑り込んでしまう。
「あっ、鍵が!」
「どこいった?見失ったぞ。というか何の鍵だ?」
そう言いながらユーシルとミゲルはフィオナが噴水の傍で動かし方を確かめている横で鍵を拾うために部屋の奥へと入っていく。
それと同時に何やら噴水が僅かに力を宿したことに、ユーシルとミゲルは気付かなかった。