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5話 初めての授業②

 

 魔法言語学の授業では、呪文に使われる言語だけでなく、古き時代より使われていた言語まで広い範囲の言語を学習し、その知識を高めていく。

 ユーシルは中等部からの入学となり初等部での授業を受けてはいないが、初等部の必修科目に実践科目はなく教科書での学習がほとんどであったため、初等部の必修科目は空き時間に補講という形で進めることになっている。


 そしてユーシルにとって初めての授業となった魔法言語学。

 魔法言語学の教授はまだ教室にはおらず、教室には二十人程度の生徒がそれぞれ友人同士で席について私語をしていた。


 中にはレウスオフィウクス寮の生徒もいて、教室に入っていくユーシルに品定めをするような視線が向けられる。


「気にしなくて良いからな、ユーシル」


 そう言ってくれるミゲルの言葉に頷いて、ユーシルは空いていた席に腰を下ろす。

 自分が悪く言われる度に落ち込んでいては、せっかく傍にいてくれるレオンやミゲル、フィオナに心配をかけてしまう。そんなのは駄目だ、耐えなければとレウスオフィウクス寮生から向けられる視線を気にしないようにした。

 そんなユーシルの耳に聞こえたのは、ユーシル自身に向けられたものではなく、レオンに向けられたものだった。


「ヴィルヘルムの奴、成績も中程度の下民の癖に調子に乗りやがって。俺たちの寮には貴族が多いのを忘れたのか?まさか俺たちよりちっぽけな友人とやらを優先するとはな」


 その言葉はわざと聞こえるように、確かな悪意を持ってレオンに向けられた。

 レオンだけでなく、ユーシルにミゲル、フィオナはもちろん教室内の生徒たちの耳にも届いたことだろう。

 当の本人であるレオンは気にしていないのか一切反応を見せていないが、ユーシルとミゲル、フィオナはその発言に嫌悪感をあらわにした。


「アイツらまだ貴族だとかで差別してるのかよ」


「レウスオフィウクス寮に集まるのはそう言った貴族生まれが多いものね。かと言って差別を無くそうとするこの時代でよくあそこまではっきり差別できるわね」


 ミゲルとフィオナの言葉。その言葉の通り、この魔法界では古い時代から存在する魔法使いの一家が貴族としてこの時代でも派閥と共に力を残している。最近になり、様々な魔法学校の学園長により差別を無くすことがこれからの時代では必要だと言われ、横暴な貴族たちも最近では大人しくなりつつあるのだが、それも完全では無く、まだ差別が無くなったわけではない。


 SLAでも、貴族と呼ばれる一家の者は多く在籍しており、その中でもレウスオフィウクス寮は魔法使いの中でも古株の貴族が多いのだ。それ故に自寮以外の寮や、貴族でない血筋の魔法使いに対する嫌悪が凄まじく深い。

 だから、こうして差別が無くなり始めた今でも、このような差別的発言をする生徒は多いのだ。


 クスクスとレウスオフィウクス寮の男子生徒や女子生徒たちから嘲笑う声がレオンへ向けられる。

 朝餐会の場でレウスオフィウクス寮と、寮の統括であるルシフェルに恥をかかせたのだ。目をつけられるであろうことはレオン自身も分かっていた。

 だがそれでもレオンはユーシルが傷つくことを良しとしなかった。その為にあの場でルシフェルやレウスオフィウクス寮生がユーシルではなく自分に敵意を向けるであろう発言をした。


 ユーシルでは無く自分に敵意が向けられること、それがレオン自身の望みだった。

 だから当然、レオンは何食わぬ顔でそれを聞き流していた。

 その発言を聞いたユーシルが、まさか自分の為に反抗するとは思っていなかったのだ。


「レオンくんのことを悪く言うな!!僕のことを悪く言えばいいだろ!」


 レオンの青い瞳が驚きで見開かれる。


「ユーシル……?」


 自分のことを侮辱された時には怒ることの無かったユーシルが、レウスオフィウクス寮生の方を見て、レオンを侮辱したことに対してはっきりと怒り言い返した姿には、その場にいた生徒も驚き一斉にユーシルへと視線が向けられた。


「は?おいどうしたペンバートン。お前はお呼びじゃないぜ、魔法の魔の字も分からない人間にこの魔法言語学はレベルが高すぎるんじゃないか?」


「そうよ。下民のお友達なんかを侮辱されてご立派に怒ってるけれど、私たちは貴族よ?何様のつもりで声を掛けてるのよ」


  「ペンバートン?ははは!なんだただの農民か、僕たちのような上の者に媚びへつらうことしかできない情けないやつめ。学校じゃなくて畑に帰って父親に耕し方でも教えてもらえよ」


 そうして向けられたユーシルに対する侮辱。ユーシルは自分にだけ向けられることになったそれに心の内で満足していた。

 自分に向けられる侮辱に傷つかない訳がない。しかしそれでも、友達に向けられるのなら、自分に向けられるべきだと思っていたのだ。


 しかし、自分に降りかかる侮辱を気にしないようにして席に座ろうとした時、ユーシルは息を詰まらせそうになる。

 凍える程に冷たい青の瞳と、一切柔らかさの無い表情。確かに、レオンは怒っている。

 静かに、ひしひしとその怒りが伝わり、ユーシルは戸惑いを隠せないでいた。


 どうして怒っているのかと。


「レオンくん……?あ……ごめんね、僕のせいで悪く言われて……」


 そう謝ると、どうしてかレオンの表情が更に冷たさを増す。


「レオンくん……?」


「おいユーシル、一旦黙った方が良いぞ。俺ですら今のレオンには近付きたくない。美人の無表情怖すぎる」


「そうね、ペンバートンくん……、あなたって自分のことには無頓着ね。もっと自分のことも気遣わなきゃじゃないかしら」


「えっ……??」


 ミゲルとフィオナの二人にそう言われるも、ユーシルはレオンの怒りの理由に気付かない。

 ボロボロに傷付いた心を抱え、平気な顔で大丈夫だと自分を犠牲にするユーシルに、レオンは怒っていた。


「たく、農民風情が上である俺らに意見するなよなぁ」


 まだ続けられた言葉に、ハッと笑いの籠ったため息を吐きながらレオンが言葉を向ける。


「なんだ……、君たちはそういう弄り方をするのか。へぇ、なるほど。なら知っているか?ペンバートンは今君たちが弄ったように丘上の大麦農場という意味があるが、古くから残る本来の語源では頭、頂きを意味している。初等部の必修科目である魔法言語学で先生が零していたが聞いていなかったのか?それでいて恥ずかしげもなく上の者?聞いていて恥ずかしいほど、滑稽極まりないな」


 レオンにしては珍しく饒舌な煽りに、ミゲルやフィオナまで目を瞬く。

 対するレウスオフィウクス寮生は苛立ちを隠さずレオンに突っかかろうとしたが、丁度魔法言語学の教授であるオリバー・ネクロムが教室に姿を現したことで動きを止める。


「ハハハハ!少し零しただけのつもりだったのだが、ヴィルヘルムは勤勉だな。レーヴェンシュタイン寮には一点やろう。そこのレウスオフィウクスの五人は……そうだな、初等部でもう一度言語の使い方から学び直した方が良さそうだ。部屋から出て行きなさい。今日の授業を受けるに値せんからな」


「なんだと!?ネクロム先生は貴族である俺たちより奴らを優先するおつもりですか?」


 ユーシルやレオンを侮辱していた六人の中でも特に貴族意識の高い一人がそう声を上げるが、ネクロムは気にせず授業を始める。


「良し、では授業を始めようか。ん?君たちは早く出て行きなさい」


「チッ、この事は父様に報告するからな」


「ハハハッ、問題にはなるまい。魔法とは全てにおいて平等であるべきだ」


 ネクロムに退出を言い渡された生徒は舌打ちをして教室を出ていった。

 そうして何事も無かったように授業が始まり、ネクロムは中等部での魔法言語と、初等部で習った部分との違いを軽く説明をしていく。

 そんな時、小さな声でフィオナがレオンに声を掛けた。


「ヴィルヘルムくんって、優しい性格なのね。今までは話したことも無かったから知らなかったけど」


「別に、優しくしたつもりは無いけど」


 そうレオンは否定するが、ミゲルもレオンを優しいと言う。


「どっちも同じ気持ちだよな。友達が傷付いてほしくないって」


 どっちも同じ。そんなミゲルの言葉を聞いたユーシルは戸惑った。

 自分がレオンに対する侮辱には耐えられない気持ちでいっぱいだったのと、レオンも同じだったのかと。

 しかしそこまで自分を大切に思ってもらえる理由がわからない。


 レオンがどうして怒っているのか。

 その理由はユーシル自身がレオンに対する侮辱に怒ったのと同じような理由であるのに、ユーシルは分からないでいた。


 レオンになんと声を掛けるべきか分からないまま、始められた授業にユーシルは耳を傾けた。


 魔法言語学の授業は面白く、ユーシルにとっても有意義な時間だった。

 全く知らない言葉だが、一つ一つに深い意味がありそれが様々な言葉と混ざり合って呪文となる。

 そうして発見された沢山の呪文がこの魔法界には存在しているのだと。


 そしてその中にはもう長い間使える者が現れず、使われることの無くなった魔法も存在していた。


「最後に、()()()()()()()()の話でもしておこうか。この中に忘れ去られた魔法の中でも一番古い魔法を知っている者はいるか?」


 ネクロムの問いに、教室内で手を挙げたのはたった一人、フィオナだけ。

 ネクロムはその様子を見て軽く頷くとフィオナを指名する。


「うむ、やはり難しいものか。リンドールよ、答えてみなさい」


「忘れ去られた魔法の中でも一番古い魔法は……時戻しの魔法です」


 フィオナの答えは正解だ。

 ネクロムは大きく笑うとフィオナを褒めて手招いた。


「ハハ!リンドールは勤勉だな。勤勉な君には良い褒美をやろう。取りに来なさい」


「おー、やっぱフィオナは凄いな。何貰えるんだろ」


「ありがとう。何かしら、」


 ミゲルに返事をしながらフィオナがネクロムの元へと歩いていく。


「リンドールにはこれをやろう。特別な種だ。土に埋めて育てるものでは無く、魔力で育てるものでも無い、とだけ言っておく。褒美はこの種が成長すれば手に入る。三人の友人たちと協力して手にしてみるといい」


「これは……」


「咲かせるまでのお楽しみだ」


 そうしてフィオナはネクロムから小さくて真っ黒な球体のようなものを受け取って席に戻る。


「何かしらこれ……」


「先生はなんて言ってたんだ?」


「あなたたちと四人でこれを咲かせなさいって。何が咲くかはお楽しみだそうよ」


「へぇ?初めてみる種だな。お前らも一緒にだってさ、レオン、ユーシル」


 ミゲルがそう二人に声を掛けたところで授業終了の鐘が鳴る。


 次は魔法薬学を受けることになるのだが、レオンは錬金術の担当教授に用があるようで、そのまま錬金術の授業を受けることとなり、レオン以外の三人で魔法薬学の授業を受ける為に薬学室へ。


「レオンくんが怒ってるの、僕のせいだよね……」


 薬学室に向かう途中の通路で、そう声を漏らしたユーシル。

 あまりの落ち込みようにミゲルが慌ててユーシルの肩を抱いて安心させるように話しかける。


「何言ってんだよユーシル!レオンはユーシルじゃなくてレウスオフィウクスの奴らに怒ったんだよ。ユーシルが怒ったように、レオンもお前を侮辱されたから怒ったんだ。お前と同じで、友達としてユーシルが大事だからだ」


「で、でも……僕はレオンくんやミゲルくんたちみたいにこの世界をしらない。僕がしてあげられることなんて何にもないのに……。僕だけが頼ってばかりで」


「だったら、ペンバートンくんにもできることを見つければいいのよ。この種、わたしたち三人で咲かせてヴィルヘルムくんへのプレゼントにしない?実はさっきの先生からの質問、本当は間違えてたの。違った答えを言おうとした時に時戻しの魔法って答え書いてくれた紙の切れ端を、視界に入れてくれてね。だからこれ、本当はヴィルヘルムくんが受け取るべきものなの」


「そうだったのか!?レオンのやついつのまに……」


「え、そうだったの?」


「そうなの。だからさっき授業終わりにヴィルヘルムくんに渡そうとしたんだけどたまたまだから私が持つべきだって言って受け取ってもらえなくて。だから、わたしたちが咲かせてお礼にプレゼントにしない?」


 レオンにお礼。

 レオンが喜んでくれるだろうか。


 そうしてユーシルはフィオナとミゲルの三人でその種を咲かせることに。

 一体それは何が咲くのだろうか。

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