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4話 初めての授業

 

 トラブルがありはしたが、レオン達のおかげで無事に朝食を食べ終えたユーシル。

 食事の間には、同寮の生徒がユーシルたちのテーブルに押し掛けて自己紹介などの挨拶を始めたものだから、慌ただしい時間を過ごしていた。


「嫌な奴らもいるけど、良い奴がほとんどだから仲良くしてやってよ!」


 ミゲルにそう言われて、ユーシルは同寮の生徒たちからの挨拶を素直に受け取り、自然と距離を縮めていた。

 そうして朝餐会の時間が終わったところで、広間には中等部一年のみが残っていた。それはこれからここで始まる魔道書の授与式に参加するためである。

 食べ終えた食器やテーブルクロスが魔法で一瞬にして片付けられ、今度は羽根ペンと古ぼけた羊皮紙が現れる。


 そこで壇上に、入学式で一度話したきり会えてはいなかったが、魔法薬学の教授でありレーヴェンシュタイン寮の統括のルードヴィヒ・オーガストが姿を見せた。


「今朝の朝餐会では、()()()()()()()()()()蛇が居た様だが、賢く対処したと聞いた。よくやったお前たち、俺が直々に褒めてやろう」


 オーガストがそう言いながら魔法の杖を振ると、レウスオフィウクス寮以外の生徒の元に小さなチョコレートなどのお菓子が現れる。そんな中、ユーシルの元にはチョコレートと一緒に一枚の紙が現れ、それを開くと何やら魔法で文字が描かれていく。


 "嫌な思いをしただろう、その場にいれずすまない"


 それはオーガストからのメッセージで。

 慌ててオーガストの方を見れば、申し訳なさそうに眉を下げて心配の眼差しを向けたオーガストと目が合った。


 しかしすぐにオーガストは前を向き直ると、魔道書の授与が始まる。オーガストが魔道書を手に入れる手順の説明を始めると、ユーシルは真剣に聞いて言われた通りに羽根ペンを持つ。


「魔道書の召喚に使うインクは自分の魔力だ。羽根ペンの先を自分の手の甲に当てるだけでインクが補充される。インクが溜まれば羽根の色がそれぞれの魔力に近い色に染まるから羽根の色が変わりきるまで当てろ」


 レオンやミゲル、フィオナたちと一緒に、ユーシルも言われた通りに羽根ペンを手の甲に当てる。すると、不思議な感覚が体を巡り、羽根の色が綺麗な青に染まっていった。ミゲルたちのものをみればミゲルの羽根は赤、フィオナは薄い桃色になっていて、レオンの羽根はどうなったのかと見てみれば、レオンもどうやら気付いたらしい。二人共に全く同じ色調の青色をしていた。


「ああ〜〜!いいなお前ら色一緒じゃねーか!仲間はずれかよ!」


 またしても拗ねるミゲルを見てユーシルは笑いながらレオンに話しかける。


「ふふ、一緒だねレオンくん」


「あぁ、一緒だな」


「あらもうとっても仲良しね。私は薄い紫が良かったんだけど、この色も良いわね」


 そう言うフィオナに続いて、オーガストが続きの説明のために口を開く。


「その色がお前たちの魔力の色だ。いわばラッキーカラーのようなもの。羽根に色がついたら早速魔道書召喚だ。羊皮紙にインクがたっぷり入ったペンで自分の名前を書き、それを囲むように残ったインク全て使い切るまでマル印を書け。くれぐれもバツ印は書くなよ。体が引き裂かれるからな」


「ひぃ」


 最後の一言にひぃっと怯えるユーシルの前で苦笑いするフィオナ。


「出たわね、オーガスト先生のブラックジョーク」


 そう言いながら、フィオナは羊皮紙に早速名前を書き始める。それと同じようにレオンやミゲルも書き始めたのを見て、ユーシルもドキドキしながらまだ見ぬ自分の魔道書を想像して名前を書き、何重にもマル印を書いていく。

 そうしてインクが出なくなったところで、オーガストが最後に呪文を伝える。


「最後に呪文を伝えるから一文字も聞き逃すんじゃないぞお前たち。この呪文の意味は、"真実の光を見よ"だ。その言葉の通り、魔道書はお前たち魔法使いを導く光となる。自分の魔道書と共に正しい方向へ誇りを持って進めとな。……デ・ヴィーディス・リーヒ・ヴァルハイト」


 オーガストがその言葉を紡いだと同時に、皆も一斉に口々に呪文を唱えはじめ、ユーシルも、緊張のなか間違えないようゆっくりとその呪文を唱えた。


「デ・ヴィーディス・リーヒ・ヴァルハイト」


 呪文を唱えると、羊皮紙が水面のように波打ち、光と共に魔道書が姿を見せた。皆それを手に取り嬉しそうに声を上げ始める。

 これから一生共にする魔道書なのだ。先輩たちが持つ魔道書に憧れていた生徒は多いだろう。漸く自分の魔道書が手に入ったと喜びを露わにする中で、レーヴェンシュタイン寮の方から聞こえたどよめきはよく響いた。

 そのどよめきと、視線が向けられていたのはユーシルと、ユーシルが持つボロボロの魔道書。


「えぇ……っと…………」


 ホコリを被り、紙もボロボロで辛うじて捲れはするが捲る度に砂とホコリが混じったようなザラザラとしたものが手に付着するほど古びていた。皆が綺麗な魔道書を手にする中、ユーシルのボロボロの魔道書にはレオンもミゲルも驚いたらしくまじまじと魔道書を見つめていた。


「僕、なにか間違えたかな……?」


「いや、手順も呪文も間違えてはいなかった。それに、ほら」


 そうレオンが指さしたのは召喚完了の合図である消滅していく羊皮紙。


「なんか、すげぇボロボロだな!?」


「ちょっとミゲル!……でもどうしてかしら、今までこんなにボロ……古びた魔道書の召喚は見た事がないわ」


 ミゲルとソフィアも不思議そうにユーシルの魔道書を見るが、どうしてそうなったのか原因が分からないでいた。


「所詮人間の血を引く奴だからな」


 そうレウスオフィウクス寮生が言い、ユーシルを馬鹿にし始めるがそれをオーガストが咎める。


「それ以上は辞めておけ。知っているか?魔法で大事なのは知識だ。強さも必要だが、知識あっての強さと、知識のない強さのどちらが良いかなど考えなくてもわかるはず。そこでだ、人は誰しも知らない物を怖いと怯える。そして先を見ようとしない。今ペンバートンを侮辱した脱皮もまだな蛇のようにな。知らないからこそその先を見るべきだ。その魔道書はきっと良い物になるに違いないからな」


 オーガストがそう言えば、ユーシルを侮辱した生徒は苛立たしげにユーシルから顔を背ける。ユーシルはオーガストの言葉を聞いて、このボロボロの魔道書でも、良いことがあるかもしれないと思い、その本の背を撫でた。

 そんなユーシルの魔道書を、じっと見つめるレオン。何か気になるところがあったようだが、その魔道書に特におかしなところは無く、気の所為かと視線を逸らしたところで、ユーシルの魔道書は人知れずキラリと淡い光を宿していた。


 ✻✻✻


 魔道書の召喚が終わったところで、ユーシルたちは授業のためにそれぞれの教室に移動を始める。


「えっと、選択制??なにそれ聞いてない……」


「……なぁレオン、一回学園長の奴殴って懲らしめるべきだよな??」


「あぁ、そうだな。今初めてロードへリアと意見が合ったな」


「暴力はダメよ、あなたたち。あのねペンバートンくん、このアカデミーでは学年ごとに選択制で様々な授業が受けられるの。今日は……」


 そう言ってソフィアが指差したのは校舎内の壁に貼られたそれぞれの授業の時間表だ。


 魔法薬学、魔呪術学、魔法植物学、魔法学、魔法動物学、古代魔法学、魔法言語学、飛行魔法学。


 この科目と、不定期に行われる特別授業などもあり、それぞれ学年ごとに教室が別れているのだ。


「私は魔法言語学を受けにいくんだけど、特に決まってないのなら一緒にどう?」


「魔法言語学?それって呪文とかに使うあの言葉?僕受けてみたい!」


 フィオナの声掛けに、キラキラと瞳を輝かせて身を乗り出すユーシル。そんなユーシルの姿を見て、レオンとミゲルも一緒に皆で魔法言語学の授業を受けることに。

 魔法言語学は校舎の四階にある魔呪術学の教室の手前にあり、魔呪術学を受けに行く生徒と魔法言語学を受けに行く生徒とで混雑していた。


「うわ、人が多いね……」


「そうね、遅れないように急ぎましょう」


 ユーシルの言葉にそう答えるフィオナ。しかしそんな時、フィオナの肩に強くぶつかるも全く謝ることなく素知らぬ顔で我が道をゆく数人のレウスオフィウクス寮生たち。


「邪魔だ、どけ。どけったらどけよ、下民共が」


 彼らはそう言いながらズンズンとあたかも自分達が王族であるかのように振る舞いながら歩いていく。それにはレーヴェンシュタイン寮のみならず、その場にいたスティラサラマンダー寮、アテンヴァローナ寮の生徒たちもムッと嫌悪感を抱いていた。


「フィオナさん、大丈夫?ごめんね僕がそっち側歩くべきだったね」


 ユーシルがぶつかられたことでよろけてしまっていたフィオナを心配してそう声を掛ける。フィオナはそれに大丈夫だと笑って、落とした教科書を拾って再び魔法言語学の授業を受けるために教室へ向かう。

 向かいながらユーシルにそっと声を向けるミゲル。


「ユーシルも、今は俺とレオンがいるから大丈夫だけど、一人の時にあんまりあいつらに近付かない方がいいぞ。ルシフェルみたいに、ここの教授の中にも人間嫌いで厄介なのはいるからな」


「ありがとう!大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」


 大丈夫だと、そう言いはしたが実際あそこまでの侮辱を個人でなく寮という団体からされることになるなど思ってもいなかったユーシルの心に、余裕など無い。レオンやミゲルたちの存在が心の支えになってはいるが、いつまでも頼りっぱなしでいるのはユーシル自身が嫌なのだ。


 だから自分に対する嫌がらせなど、我慢しなくては。もう、ここにしか居場所などないのだから。


 そうしてへらりと笑って見せたユーシルの笑顔に宿る孤独や寂しさに気付いたレオンだが、一体何と言葉を向ければ良いのか分からないでいた。

 レオン自身、今まで自分から望んで手にしていた孤独の中にいたが、そこで寂しいと思うことなどなく、むしろ一人でいる方が心地よいとさえ感じていた。魔法にも、友達にも、この人生においても、何一つとして興味が無い。


 それが、レオン・フォード・ヴィルヘルムだった。


 だが、ユーシルが現れたあの日をきっかけに、レオンの世界は変わった。

 半分人間の血を引いていようがなんだろうが、レオンからすればユーシルなどただの他人で虐める理由も無ければ仲良くする理由もない。最初はそうだった。


 入学式で不安に押し潰されそうなユーシルを見るまでは。


 まるでライオンの檻の中に投げ込まれたうさぎのようにか弱い存在であったユーシル。

 そんなユーシルは不安こそ感じていたが、その瞳はキラキラと輝いていた。不思議な程に美しい赤い瞳からは、溢れんばかりの未来を渇望する生の力が感じられた。


 不思議と、レオンはユーシルに惹かれていた。


 "友達になりたい"


 そう思っていた。


 友達になってほしいと伝えた時の綺麗な涙を流すユーシルの姿がとてつもなく儚く、脆く思えて、レオンは自分がユーシルを守ってやらなければと思った。

 ただ、今こうして目の前で心の扉を閉ざそうとしているのに気付きながらもどうすることもできない自分に、レオンは酷く嫌気がさし苛立ちに近い感情を覚えた。


 何故苛立つ?考えても分からない。

 ただ、ユーシルにそんな顔をさせるなと。そう心が訴えた。


「レオンくん?どうしたの?」


「なんでもない」


 レオンは自分の気持ちに整理がつかぬまま、ユーシルの声にそう答えると教室に入っていった。


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