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1話 入学式と寮決め

 

 ユーシル・ペンバートン。

 魔法使いの世界でも有名なのだというシュヴァルツレーヴェアカデミー略してSLAに転校することとなった男の子だ。

転校とは言っても、実際アカデミーは初等部、中等部、高等部と分かれていて毎度上の級に上がる度に入学式があり、そんなアカデミーの中等部に入ることになったユーシルも、遂に入学式の日を迎えていた。入学式では寮決めもあるらしく、どんな魔法使いが集まる寮になるのだろうかとユーシルは緊張でドキドキしていた。


 しかし、今のユーシルは違う。

 緊張ではなく別の感情でドキドキしていた。


 校長先生に式場に連れてこられたと思えば、グサグサとまるで針のように突き刺さる視線。恐る恐る顔を上げてみれば多くの生徒たちが蔑むような視線をユーシルに送っていた。


「こ、校長先生……、なんだか視線が……」


「どうしました、ペンバートンくん?ほらすごい視線ですよ〜、これならお友達たくさんできますね!ほらほら皆さん注目!このユーシル・ペンバートンくんは今まで人間の世界で暮らしておりましたがお母様が魔法使いの一族でしてこのアカデミーの中等部から一緒に魔法を学ぶことになりました!仲良くしてあげてくださいね〜〜!」


 そう言う校長の言葉で更に鋭い視線がユーシルに突き刺さる。ユーシルはまさか校長であるこの男も本当は人間をよく思っておらず、これはユーシルに対する嫌がらせなのではと考えるが、満足気にキラキラと笑顔を浮かべている校長を見て、ただただ気が利かないだけだと気付いた。


「悪いなペンバートン。もう気づいただろうが学園長にデリカシーというものは無い。後で俺が学園長をこっぴどく叱っておく、お前はもう席に着くといい。直に式が始まる」


「あ、えっと……」


「俺はルードヴィヒ・オーガストだ。このアカデミーで魔法薬学を教えている。まだ慣れないだろうが、何かあれば俺のところに来るといい。」


 そう言って、その教授は学園長を引っ張って引き摺るようにしてユーシルの元を離れていく。それを見ながら、ユーシルも言われた通り空いている席へと向かっていけば、やはり生徒たちはユーシルに対する話でもちきりだった。中には静かな生徒もいたがほとんどがユーシルを見て眉を寄せている。


(こんなところで友達なんてできるわけない……)


 確かに目立ちはしたが悪目立ちじゃないか、とユーシルは恥ずかしさや学園長に対する怒りでぷるぷると肩を震わせるが次第に、ひとりぼっちで孤独な自分に対して漠然とした悲しみが襲う。


 なりたくてなったわけじゃないのに、と。


 少しでもこの先の未来に期待していたのが馬鹿みたいだと乾いた笑いが漏れそうになった所で、入学式が始まった。


 壇上に上がっていく学園長に恨めしげにも視線を送れば、それに気が付いた学園長にパチリとウインクを返されて学園長にはなにも期待しないでおこうと心に決めたユーシル。そんな学園長の挨拶を聞き流して、名前を聞き逃したが生徒代表だというどこぞの良い血筋のお坊ちゃんの挨拶が終われば、ついに寮決めの時間がやって来た。


 このアカデミーでは初等部に寮は無く、初等部は皆が同じ白いローブを身に付けている。そして中等部での三年間、高等部での三年間ではそれぞれの寮の色でデザインされたローブを身に付けるのだ。


 寮は全部で五つ。


 獅子の精神を持ち、勇気と希望に満ちた誠実者が集まるレーヴェンシュタイン寮。


 蛇の精神を持ち、堅実に進む狡猾で貪欲な挑戦者が集まるレウスオフィウクス寮。


 龍の精神を持ち、知的であり優麗で高潔な人格者が集まるスティラサラマンダー寮。


 鴉の精神を持ち、豪猛に翔ける勤勉な陽光の先導者が集まるアテンヴァローナ寮。


 それぞれ上から順に、赤・緑・青・黒と並んでおり、寮が決まればその寮のローブを貰うことができる。初等部では、まだ魔導書も渡されず魔法使いとしての基本のみを教わるため、あまり人と競うことが無かったが、中等部からは寮に分かれることでこれからは競い合う機会が増えるだろう。

 そのため自分の性格や精神に合った寮に入りたくて皆うずうずしていた。


 学園長が寮決めの話を始めた途端に、一気に不快感が消えたユーシル。多数から向けられていた視線が外されたのだ。


 そんなユーシルも、せめて穏やかにひっそりとで良いから普通の生活を送らせてくれという気持ちで落ち着かないでいた。


(優しい人が多い寮がいいな……)


「はい!じゃあ今配った鏡に手を触れて寮を聞いてきてください!」


「鏡……?うわっ!」


 いつの間にと思ったがこれが魔法か、と目の前に飛んできた鏡に、学園長の言った通りに皆が手を触れていくのを見てユーシルも慌てて手を触れる。


 しばらくして、声が掛かった。現実じゃない、鏡の中からだ。


『君が、ユーシル・ペンバートンか』


「うわっっ!?なに、だれ!?」


 突然のことに大きな声を出してしまったことに気付いたユーシルは慌てて辺りを見渡すが皆鏡に触れたままで誰もユーシルの声に気付いていない様だった。戸惑うユーシルに気付いたのか、鏡の中から再び声がする。


『大丈夫、皆の意識は鏡の中だ。君にも、他の生徒の声は聞こえないし、逆も聞こえていない。……さてさて、君の寮をどうするかな。学園長から聞いていた通り、半分人間でもう半分が魔法使いの血であることは間違いない』


「今まで、僕みたいな生徒はいたりしましたか……?」


『君と同じか。君と同じ理由で入学した生徒は一人も存在していない。だからどの寮に振り分けるべきか私も迷っている。君は、どのような学園生活を送りたい?』


 鏡から聞こえたその言葉に、ユーシルは自分の胸に抱えていた思いを打ち明ける。


「僕は、ここでの新しい生活を友達と楽しめたらそれで良いんだ……。友達になってくれる人なんていないかもだけど、頑張ってみようと思って」


『そうか、なら寮は決まりだな』


「えっ、もう決まったんですか!?」


『私は間違えることがない。君の勇気と、先にある希望をもって、レーヴェンシュタイン寮としよう』


「レーヴェンシュタイン…………獅子の精神を持つ寮だって学園長が……」


 自分とは似ても似つかない獅子という言葉に戸惑うユーシルだが、それすら鏡は一蹴する。


『言っただろう、私は間違えることが無いと。獅子のように勇敢に、勇気と希望を胸に真っ直ぐに過ごせばいい。そうすればきっと、君がなぜこの世界に来たのか答え合わせができるだろう』


 その言葉を最後に、鏡の声も、先程まであった不思議な気配も消えて、ユーシルの意識は鏡から引き離される。そしてふと自分の体に視線を向ければ、いつの間にか黒地に赤の刺繍や装飾が施されたローブを身に纏っていた。


 高そうな装飾や生地に、本当にこんなものを自分が着て良いのだろうかとユーシルの体が小刻みに震え始めたところで、学園長の声が響く。


「はいはーい、皆さん寮決め終わりましたね〜。では各寮長の案内に従って寮へ移動してくださーい!入学式もこれで終わりです、あ、終わりの挨拶いります?ちょっと私疲れちゃったんでもういいかな〜って。でも皆さんが私の話をどーしても聞きたいと言うなら…………って皆さん聞いてます?」


 学園長の話を最後まで聞く生徒は一人もおらず、皆席を立ち上がると後方に待機していた各寮長の元へと向かい始めていた。

 しくしくと泣き真似をしながら壇上から降りていく学園長を尻目に、ユーシルも同じローブを着ている生徒が向かっている方向へと続いていく。まだチクチクと視線が刺さるが、寮決めが終わってソワソワしているのか、最初の頃よりはマシに感じるようになったユーシル。


 そんなユーシルの制服のポケットから、亡き母から貰ったハンカチが落ちる。それに気付かずレーヴェンシュタイン寮の皆が集まる場所へと向かっていくユーシルの肩に、手が置かれた。


「ハンカチ、落としてる」


「えっ、あ……ありがとうございます!」


「うん。あと、レーヴェンシュタインはあっち」


 そう言ってハンカチを拾ってくれた男子生徒が指差した方にはこちらを戸惑いながら見ている赤いレーヴェンシュタイン寮のローブの生徒たち。


 ユーシルが慌てて先程まで自分が追っていたレーヴェンシュタイン寮のローブの生徒に視線をやれば、その三人組の男子生徒はユーシルの目の前で赤から緑の装飾が施されたレウスオフィウクス寮のローブへと変化する。


「僕ちゃん迷子かなぁ〜?レーヴェンシュタインはあっちでちゅよ〜」


 騙されたのだと、恥ずかしさで縮こまりそうになるユーシルの手を、ハンカチを拾ってくれた男子生徒が引いていく。


「行こう」


「あ、あの………」


「俺はレオン・フォード・ヴィルヘルム。俺もレーヴェンシュタイン寮。レオンで良いよ」


 ケタケタ笑うレウスオフィウクス寮の生徒達の声が耳に入らないようにしてくれているのか、レオンは移動しながらユーシルにそう自己紹介をする。


「レオンくん。その、ありがとうございます」


「気にしなくていい」


 そう言うと、レオンは寮長の元に自分達が最後だと声を掛けるために離れていく。

 それから寮長とレオンが話している間、再びチクチクと突き刺さる視線が気になりはじめたユーシル。


 だが、人間の血を引く自分を悪く思う生徒が多い中でも、レオンのような、言葉数は少なくとも優しい魔法使いがいると知ったユーシルは不思議と心が軽くなっていた。

 そうして、ユーシルはレーヴェンシュタイン寮の寮生として、このシュヴァルツレーヴェアカデミーでの新たな人生を歩み始めていく。

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