9話:能力"狸寝入り"
ニコライという男の人生は国王に尽くすことで半分以上消えた。上の人間に認められたくて努力をして命の危険のある任務にも積極的に立候補した。
それは俺が"無能力"であることがコンプレックスだったことが理由だったのだろう。皆能力がないだけで見下す。勿論口に出すことはないが、俺と関わることを避けていった。だって俺が価値のない人間だからだ。
俺は剣術を磨いた、体術を磨いた。誰よりも勤勉に働いた。それは、俺が自分自身を見て欲しかったからに他ならない。
頑張り屋のニコライ、優しいニコライ、礼儀正しいニコライ……。俺は能力というアイデンティティがないからパーソナリティーの部分に注目して欲しかった。認めて欲しかった。
だから国王の専任護衛として選ばれた時は、飛び上がった。やっと能力以外の部分で判断された。努力で人は変えられるって。
でも、一年もしないうちに俺は専任護衛を解雇された。ラプラスという腕利きがいたんだ。結局自分も実力でしか見られていなかったんだ。でも俺は受け入れた。国王が死ぬ訳にはいかないからなって必死に自分を納得させた。
しかし、それら敬愛は憎悪に塗り替えられた。再び国王に認められるために出兵していた時だった。まだ、援軍を寄越してくれたら耐えることができた。魔王軍の進軍を食い止めることできた。
「頑張って耐えてくれ」
返事はそれだけだった。情なんかあったもんじゃない。最後に見捨てられて、死んでいく。
その時だった。能力"狸寝入り"、致命傷を負った全ての能力を百倍になるが一度でもダメージををもらうと死亡する背水の陣の能力が発現した。
俺はそれで生き延びて魔王軍に加入した。
「言ったろ、俺は油断している奴を倒すのが好きって」
俺は背後を見せたカナタという英雄に刀を突き立てて言った。しかし、流石は英雄咄嗟の判断で俺に反撃をしてきた。まもなく俺は死ぬだろう。
ほんの気分で、死ぬ前に走馬灯に流れたことを目の前の英雄語ってみた。きっと支離滅裂だっただろうが、英雄は真摯に聞いてくれた。それが何よりも嬉しかった。
「俺は魔王軍でもあるが国王の専任護衛でもあったんだ」
俺は笑みを絶やさず言ったが、涙が止まらなかった。目の前の現専任護衛は微笑んで俺の死を見送ってくれた。
「遅れてすまない迎えにきた。ニコライそんなになって、もう帰るぞ」
魔王さんが助けに来てくれたがもう遅い。俺の瞼が安らかに閉じていく。
「魔王、今度こそは」
カナタが剣を構えるが傷口が開いていて今にも死んでしまいそうだった。
「今戦ってもお前が負けるだけだ。じゃあこいつの死体は持っていく」
魔王はニコライを抱えて、影の中に飛び込んだ。気づいたら"魂の鳥かご"の能力も切れていて、追いかける体力も残っていない。魔王軍の強さを再認識しつつ力なく僕は倒れ込んだ。
「おお、目を覚ましましたか」
目を開けるとフロイトが心配そうな顔をしていた。傷口には包帯がぐるぐる巻きにされていた。
「まさかラプラスに続いて僕までこんなことになるとは死ぬかと思いましたよ」
僕は冗談を言って、フロイトの気を楽にさせようと思ったが逆効果だった。
そして、ふと考えた。今僕が凄惨な戦場で目覚めて目の前に手を差し伸べてくれるのが魔王だったら僕はその手を取るのだろうか。考えただけで恐ろしい。自分が誰かを恨んでしまいそうで恐ろしかった。
「フロイトさんは魔王軍が全面降伏してきたら許すことができますか」
気づいたら僕はそんなことを質問していた。フロイトは顎に手を当てて、首を傾げた後に、
「許せますが、罪は償わせますね」
と言った。
「ってそんなことより、カナタさんしばらく戦闘は避けて下さい。本当に発見された時に重篤な状況だったんです。治癒魔法でここまで治せたとは言え、これ以上はエネルギー中毒になるので自然治癒に頼るしか……」
エネルギー中毒とは外部からエネルギーを注ぎ込まれ、体内の濃度が高いのが長時間続くと起こる現象だ。症状として、依存性や体の負荷によって老化の促進や臓器の機能不全などがある。
つまり、それほど治癒を施して頂いたというこただろう。
「毎度毎度、ありがとうございます」
「いえいえ、戦闘向きの能力でない以上こうやって役に立つのが私達の仕事ですから」
なぜかフロイトのことがカッコ良く見えた気がした。