5話:学園での教師生活
能力の力が強大になっていく過程で俺の感情はどんどん薄れていった。それが単に凄惨な事態を経験し続けてきたからなのか、能力に俺の人格が影響されているからなのかは分からない。
どっかの研究では、能力が発現するのは思春期頃であるので本人の人格に多大な影響を及ぼしているのではという考えがあった。能力自体に意思みたいなのがあるみたいな。でも、確か学会では否定されていたような……。
でも能力が本人のアイデンティティとして影響しているのは間違いないだろう。
「それでは私が貴方の先輩として教員のいろはを教えます。初めのうちは貴方は教育実習生としてお願いします」
俺に物怖じしない態度をとっている眼鏡をかけた女教師の名はトワらしい。能力は"触れた対象の速度を操る"らしい。触ったものの劣化を早めたり、相手の動きを遅くしたりできるらしいが脳でその現象を起こすだけのことをシミュレーションしなければ、同時に自分も同じだけ速度が変化するらしい。
流石国内有数の学校の教師である。正直今の能力だけでは歯が立ちそうにない。
つまり、物に触れて劣化させても脳内で再現できなければ自分自身も老いていく。つまり、相手を寿命で殺そうと思っても老人の姿分からないため不可能になる。ただ、気難しそうなこの女性にはピッタリの能力だった。
「それで私の受け持つ科目は総合格闘術です。能力を通常の武術に組み込んで闘う方法を教える授業で、一人一人にしっかりと向き合うことが重要です」
俺は適当に生返事をしてその後の細かい注意を聞き流した。最初の説明で大体把握することできる。
運動場に到着した俺は早速トワが生徒に実演している様子を後ろから眺めていた。一応混乱を防ぐためか俺のことは無名の教育実習生として伝えられた。勿論、俺は眼鏡をかけて髪を伸ばして顔の輪郭を隠すことで変装している。
俺の役割は困っている生徒に声をかけてアドバイスをすることだ。しばらくしてトワの実演が終わって各々の練習に入った。幾人かの生徒はトワに自分の動きを見てもらっていた。
俺は一応仕事なので、周囲を見渡して困っている生徒を探す。すると、隅っこの方につまらなさそうに体育座りをしている少女を見つけた。
「何か困っていることとかあるの。ええっと」
「ロゼです」
白髪のその生徒はつっけんどんな態度で返答をしてきた。
「ああそうそう、ロゼちゃん、それで困ったことって」
トワに一度生徒の名簿と能力について見せられたが全く頭に残っていなかった。
「はぁ、本当に私のことを知らないんですね」
ロゼは呆れたように溜息をついて、
「私の能力は"自分の周囲の能力が消失させる"です。これで一体どう練習しろと、普通の格闘術で十分です」
こう続けた。完全な能力者メタの能力で、喉から手が出るくらいに欲しい能力だがカナタから殺しは禁止されている非常に悩ましい問題だ。
「何考えているんですか、ニヤニヤして」
ロゼの突き刺すような視線が俺に突き刺さる。どうやらその能力を手に入れたらどうなるか妄想していたら、笑みがこぼれてしまったらしい。
「それなら、俺が手合わせしてやろうか、一応武術の心得はあると思うが」
「えっ、いいんですか」
「まあ、他に退屈してるような奴なんかいないからな」
俺を周囲を一瞥して言った。ロゼは攻撃の準備をしたので、俺も構えて迎え撃つ。なるべく生徒に思う存分攻めさせて強み発揮させた上で弱点を指摘する。それが指導する上で重要な考えだ。
実際の戦闘ではどちらか相手の強みを封じる戦い方が主流になってくる。自らの力を押し付けて勝っているのはカナタくらいしかいない。それにしてもあいつの力強すぎだろ、と思わず笑みがこぼれた。
「もっと流れを意識して、戦ってみろ」
一連の攻撃を受け止めた後で俺は攻勢に出た。ロゼの攻撃は一つ一つは強力だったが一貫性がない。相手が防御して生じた隙を今度は突いて、相手を受け無しに追い込む。それができていない。力で突破しようとしている。それでは男には勝てないままだ。
「ゔっ」
ロゼが前方を守っているうちに背後を取って拳を叩き込んだ。ロゼが呻き声を漏らす。相手がそれなりに強かったからつい手加減を忘れてしまった。
「普通に強かった。さっきのアドバイスを意識すれば現役の人にも勝てると思う」
ロゼは目を真っ赤にして俺を睨みつけて、どこかへ走って逃げていった。その様子を見かねてトワがこっちまで歩いてきた。
「はあっ、生徒相手に全力を出す教師がいますか」
それから多くいる生徒の前で俺は説教を受けて恥をかいた。それからはもう手を出すな、と言われてしまった。
「あのね、あの子は誰よりも焦っているの」
俺は授業の後に教員室で説明を受けていた。ただ真摯に向き合うことが良い教師だと思っていたのに今日は失敗してしまった。教師としての格の違いを身をもって実感した。
「まあ、貴方は最前線で戦っていたから教育仕方なんて分からないものね」
トワは頭に手を当てて溜息をついた。
「あの子の父親はあの子が兵士になることに否定的なのよ。だって、能力無効化なんてサポートに向いている能力なのに、自ら危険な仕事をする必要なんて無いしね。だから、父親に認められるために強くなりたがっていた。それを完膚なきまでに打ちのめしてみなさい」
完全に自信喪失をしてむしろ逆効果になる。あまつさえ、やられたのがまだ実習生の未熟な存在だったら最悪だ。
あの少女には申し訳ないことをしてしまった。次、授業に出てくれるのなら謝ろう。