3話:決着
「もう負けです。戦うだけの力はありません」
力なくそう言ってカナタは結界の能力を解除をした。最後の方の戦闘は無様で子供の鬼ごっこと大差ないものだった。
その言葉を聞いて俺はその場に腰を下ろし、アドラーは俺の影の中から出てきた。こいつも戦闘ではひっそりと隠れていただけだったが、結界を覆いつくすほどの影を最後まで保ち続けたのは流石だ。
それから少しの間沈黙が流れた。互いに己の力を出し切ったのは久しぶりで、ほんの少しだけこの疲労が心地良かった。
「僕はこれで負けたからと言って、見て見ぬふりはしません。国に戻ったら真っ先に国王に告発するつもりです」
「だからと言ってお前の言うことを完全に信じるか。これでも俺は正義の英雄として通っているんだ」
「それでも良いんです。貴方がそれで動きづらくなっていつか決定的な証拠を残すのを待つだけです」
「言いづらいが、これから俺とお前の協力関係は解消だ。疑念が生まれた中そんな危ない橋は渡れない。お前達のその傷は俺にやられたとでも言い訳すればいい」
アドラーをそう言って影の中に潜って、去っていった。気付いたら、兵隊達が進行する足音が大きくなっていた。あいつからの最大限の配慮という訳か。
国の奴らに情けない姿を見せる訳にはいかない。俺は立ち上がって伸びをする。続けて負傷した位置の治癒を試みる。
あれ、おかしい。能力が発動しない。それは体力が無くて使えないというより、始めから存在していないかのような……。
仕方なく俺は"身体強化"の能力で応急処置を施す。しかし、能力を使うほど体に力が入らない上、能力の効果が薄まっている?
まもなく俺は倒れた。援軍の兵士が呼びかけていることは分かるが、頭がガンガン痛い
。
薄れゆく意識の中俺は原因を探した。しかし、見当もつかない。カナタが能力を発動した兆候は見られなかった。
しかも、能力の剥奪なんてそう簡単にできるものでもない。俺の能力も死者からしか奪えないっていう制約がある。
次に目を開けた時にそこは療養所のような場所だった。ベッドの脇には医者らしき人物とカナタが座っていた。
「おお、やっと目を覚ましましたか。まさか三日間も寝たとは、相当激しい戦闘だったんでしょう」
医者らしき人物は俺の身を案じていた。小柄で白い髭の生えた弱弱しい男性だったが愛嬌がある。全身の傷が同士討ちによってできたなんて口が裂けても言えない。側にいたカナタは苦笑いしていた。
そうか俺はカナタと死闘して……。そして、能力が。
「それで俺の能力は」
俺は取り乱して声を荒げた。あのまま能力が消えていたらたまったものじゃない。今までの努力が水泡に帰すことになる。
「一旦落ち着いて下さい」
その男は俺のことをなだめて事情を訊いてきた。俺は嘘も交えて説明したが、幸いなことにカナタも口裏を合わせてくれた。そして、軽くだがこの医者の自己紹介も受けた。名前はフロイトだった。
「それでは私の能力は"対象の情報を完全に読み取る"なので解析しましょうか」
「ああ、それで頼む」
一体俺の体に何が起こっているのか、今はそれだけが知りたい。
「では、カナタ様はここから」
フロイトはカナタに退出を促した。
「別に大丈夫だ。こいつは俺の能力をほとんど知っている」
先の戦闘で奥の手まで引き出された。今更隠す必要もない。
「ええっと、今持っている能力は"斥力を操る"、"瞬間移動"、"他者の能力を受け継ぐ"ですね」
頭が真っ白になる。どんどん血の気が引いていく。残った能力は俺のオリジナルの能力と最初の二回で獲得していた能力だけだった。まだ人から能力を奪うことに罪悪感を持っていたあの頃の能力だ。
弱い能力だが愛着を持っていたから残っているとでも言うのだろうか。一つは師匠の、もう一つは幼馴染の能力だった。
俺はギロリとカナタのことを睨みつけた。カナタの一歩身を引いて、首を振っている。本当に白々しい。
「あの、元々能力がいくつもあったんです。それが気を失った時には消えていて」
俺の怒っている様子を察してかフロイトは神妙な面持ちで頷いてくれた。消えた能力は復活しないことを分かっていながらも、その表現を避けて、それでいて仄めかすように話を聞いてくれた。
「僕もこの目でその能力を見ました」
カナタは俺に同情したのか、必死に説明した。
「以前に似たような経験はありましたか、例えば朝起きたら能力が消えていたり」
「いいえ、そんなことは」
「では、今回程の危機を味わったことは」
「ええっと、多分ありません」
最近はほとんど瞬殺をしたため古い記憶を辿ったが、死に瀕する程の事態に陥ったことは今回くらいな気がする。
「では、申し上げづらいのですが、誰かの能力ではなく、その戦闘で失ってしまった可能性が高いです」
フロイトは俯きながら告げた。俺ははぁ、と気の抜けた声を上げて、カナタはほっと胸を撫で下ろした。
俺の能力は正確に表現すると"能力を保管する器を生み出して、誰かの能力を奪ってそこに入れている"らしい。そして、この能力にも限界が存在していて、先の戦闘でキャパオーバーを起こしたと。それで溢れ出た能力の数々を喪失したという顛末だ。
あの戦闘では相当な実力を持つカナタでさえ結界を維持できない程疲弊していた。あの諸刃の剣の戦術の副産物なのか。
俺を唇を噛む。悔しさでいっぱいで自分が情けない。
「多分大丈夫ですよ、あと目を覚まされたら国王と面会しろと命が出されていました。そして、ここでの情報は内密にします」
フロイトは俺のことを励ました。そして事情を訊こうと思って居合わせたであろうカナタも失意の俺を見かねて無言のまま退出した。