10話:迫りくる黒幕の足音
四天王全員が俺の帰りを迎えに来ている中で一人だけ異質な存在がそこにはいた。仲間の死を悼んでいる中で一人だけ満面の笑みを浮かべていて不謹慎極まりない。
「どうですか、ニコライは国王の暗殺は成功したのですか、アドラーさん」
体は貧相だというのに俺を見ても物怖じしない不遜な態度を取れるこいつの神経には尊敬してしまう。顔には貼り付けたような笑みを浮かべ、俺が抱えているニコライの死体を見て楽しげにしている。
「いい加減にしてくれないか、今はお前に構ってやる暇はない」
大切な仲間を失った。俺があの時引き留めていればこんなことにはならなかった。それに、こいつが……。俺は目の前の奴を睨みつけた。
「いやいや、恨まないで下さい。僕があなたと会話したせいで援護が遅れたとでも言うんですか。とばっちりですよ」
こいつは影に入っている俺の位置を見破った。待ち伏せしていたとは思えない。自然に友達に話しかけるように自分を仲間にしませんか、と提案してきた。
「アドラーさん、僕は"未来予知"の能力者で、ラプラスのいる学園に所属している者です。あなたが私に協力してくれるなら成功の道を示してあげることができます」
年も二十歳に満たないであろう青年が礼儀正しい態度でしかも潜伏が通用していないことには驚いた。俺がこいつの話に乗ってしまったことが悲劇の始まりだった。
結果、ニコライの救出が間に合わずに失ってしまった。
「僕はあなたの考えに深く共感しまして、それで私を参謀として引き入れては貰えませんか」
感情のこもっていない口調から俺を利用しようとしていることは明白だった。それでも俺はこいつの能力に惹かれた。名前も知らない能力者に。
「僕からのアドバイスはニコライを必ず連れて帰って下さい。たとえ骸だったとしても」
悪い冗談だと思っていたが、その言葉が現実のものとなった。もし、俺に話しかけた時点でこの未来が視えていたのなら、俺はこいつのことを許せず殺してしまうかもしれない。
「ニコライの死は確定していました。むしろ一人で行ったから隙を生み出せたんです。貴方が行っても犬死にするだけです。もしや"魂の鳥かご"を逃れる術でもあるのですか」
分かっていてこいつは言っているのだろう。自分の能力がこの組織には必要だと、そして俺がこいつを殺すことはないと。
俺は影に潜って、背後を取り首元に影で作った剣を突きつける。そいつは一秒にも満たないその間微動だにしないが、確実に俺を動きを捉えていた。実力も折り紙つきという訳か。
「この状態で話せば信用してくれますか」
他人に生殺与奪の権を握られていながら、動揺をしていない。危険だと判断したらすぐ殺せるよう俺は剣を握る手に力を込める。
「ニコライさんの死体には今エネルギーが溢れています。その仕組みを薬として売れば、結構な儲けになります。皆が能力の研鑽しているあの国ですので、瞬く間に広まるでしょう。そして、エネルギー中毒に至り能力の暴走を引き起こす。私が能力者学校で売るので任せて下さい。人材不足に追い込みます」
バッカスが目を輝かせて興奮している。研究者として実力を発揮しがいがあるのだろう。しかし、俺はニコライの死をも計画に組み込むこいつが末恐ろしい。
俺達は泥船に乗り込んでしまったのかもしれない。そして、自分だけが抜け出す術をそいつはきっと持っている。要件が済んで俺はそいつへの拘束をほどいた。
「そういえばお前の名前は何だ。聞きそびれていた」
「いえ別に名乗るほどの者ではありませんから」
そいつはニヤニヤしながらこの部屋から出ていった。
「ニコライが敵の英雄に傷を負わせた。その死を無駄にしないように近いうちに全面戦争を仕掛ける。絶対に勝つぞ」
俺の声に呼応して、皆真剣な面持ちで頷く。長年の因縁を晴らす時がいよいよ近づいてきた。
「近々昇格試験があるじゃない。だから、生徒間での問題が増えるかもしれないから注意して観察しといてね」
運動場に向かうまでの間にトワに注意を受けていた。この学校にとって卒業の価値は学問の学校と違って大きな意味を持つ。そのため、毎年卒業者の枠に入るためライバルを蹴落とす輩が現れる。悪事は暴かれるものなのに懲りずにやる馬鹿な連中がいる。
「それに今年は国に禁止されている薬物でドーピングするのが流行っているらしいから気をつけて」
「はい、わかりました」
そのドーピングが裏市場に流通し始めたのはカナタが致命傷を負った直後の出来事だった。ラプラスとカナタの英雄の二人が同時期に最前線から消えた。それに乗じて犯罪数も増加しているらしい。
今魔王軍が攻め入ったとしたらグレゴリウス国は手痛い損害を被ることになる。王国と魔王軍の力関係が逆転することも有り得ない話ではない。
その時の俺はどちらの味方をするのだろう。どちらにしろ、死者が増えるなら能力が増えることには変わりない。