1話:最強の英雄
この世界では大昔に能力というものが登場した。能力は人それぞれ効果も強さも違うが、非現実な事象を引き起こすことができる。そのため、錬金術や魔法といった胡散臭い技術は廃れていった。また、人間の評価基準の大半が能力の性能となり、能力の弱い者は出世ができなくった。
「次の遠征でこそ魔王の首を討ちとって見せます」
国王を目の前に跪き、俺は威勢の良いことを宣ってみせた。このグレゴリウス国はいち早く能力の重要性に気付いて急速な発展を遂げた。一方で、無能力者や弱者を蔑ろにしてきたためスラム街で現在の国に背く者達が集い武装化し、魔王軍を立ち上げた。魔王と呼ばれているが相手は人間である。
俺はグレゴリウス国の実力者で定期的に軍勢を率いて魔王軍の討伐をしている。国内では英雄と呼ばれて人気を博している。
しかし、国王の表情には迷いが見て取れる。理由は、何度かの戦争で一度も成功をしたことがないためだった。俺の一国の英雄としての名声の多くは死の戦場を幾度も生還したことだ。つまり、魔王軍に敗れ続けている訳だ。
「今回は、前回の攻勢であと一歩のところまで追い詰めたので、相手に立て直させる時間を与える訳にはいきません」
俺はもう一度力強く言った。その思いに負けたのか国王はしぶしぶ首肯した。周りの甲冑をまとった数十の護衛は俺に怪訝な視線を送ってくる。多くの者がまた破れて帰ってくると思っている。
しかし、それは間違いではない。俺をあえて負け戦に挑んでいる。国の平和よりも俺の目的の遂行を優先する。
戦地では案の定、味方の兵士が次々と倒れていく。俺は後方からに援護をしつつ、その様子を眺めていた。一時間も経たないうちに俺以外の兵士は全滅した。
最後まで戦った勇敢な兵士はその身一つで敵に特攻して自滅した。名前も知らないそいつは最期まで希望を捨てずに俺に笑顔を向けてきて、流石に良心が傷んだ。全て俺の私情で命が消えてしまったのだ。
魔王は自ら戦地に出向いて、無表情のまま敵を殲滅していった。その縦横無尽に暴れる様子は無双という言葉以外の説明が思い浮かばない。圧倒的軍事力を持つ我が国が長年討伐に苦戦しているのはこれが理由だ。大半の組織に所属している奴らは弱いのに魔王と四天王という強力な能力者に歯が立たない。
「毎度毎度こんな奴らで俺のことを倒せると思っているのか」
魔王は最初から自分が勝つことが分かっていたのか、敵を全滅した時も表情を変えなかった。魔王と呼ばれる能力者のアドラーの顔は非常に整っていて傷一つついていない様子は辺りに散る血とのコントラストで一層美しかった。
「まあ、王国の連中も裏切者とは想像つかないだろうからなあ。ましてや一番好戦的な英雄が」
俺が不敵な笑みを浮かべると、そいつは呆れたように頬を緩ませた。しかし、次の瞬間には山積みになっている死体の処理を始めた。勤勉なこいつらしい行動だ。
「本当に俺よりもお前の方がよっぽど悪逆非道の限りを尽くすと言われる魔王の称号がふさわしい。それで回収は終わったか」
俺はその質問を受けて、能力を発動する。"他者の能力を受け継ぐ"能力、それは俺が最強能力者である所以だ。どの能力者よりも多くの手札を駆使して臨機応変な戦闘を可能にする夢のような能力だ。
勿論、この能力についてはこいつくらいにしか明かしていない。だから、一部では俺の能力が全能などと噂されている。
俺は目的を果たすためなら悪魔にでも魂を売るような性格だ。そのために魔王と協力関係を結び、英雄の肩書きを利用して国からの援助を受けてきた。
そんなことを再び胸に刻みつつ、俺は死んだ兵士能力を回収する。王国の試験をくぐり抜けてきた優秀な兵士達の能力を。
「本当に王国の奴らって馬鹿だよなぁ」
俺の言葉に被せるように頬を光弾を掠める音が聞こえた。その傷からは血が久しぶりに流れてきて不快で俺の顔からスッと笑みが消える。"危機察知"系統の能力をかいくぐる程の速さで、相手がただ者ではないことを物語っている。
「まずい、今すぐ逃げろ」
柄にもなく動揺しているアドラーの言葉を無視して、さっきの攻撃の出所を探るべく後ろを振り返ったが、その時にはもう手遅れだった。
俺と魔王、そしてそいつを囲うように結界が生成された。俺も結界に強力なエネルギー弾を放つがすぐに修復して破壊できない。いよいよ面倒な展開になってきた。
「な、何を二人でやっているんですか」
俺が睨みつけたそいつもまた俺のことを睨みつけていた。そして、ほとんど意味のない質問をしてきた。その怒りで息遣いが荒くなっているそいつなら予想がついているに違いない。
「お前の予想通りだ。それでお前こそ何故ここにいる、カナタ」
カナタという能力者は、十五という年で俺の実力を上回ろうとしているほどのポテンシャルを持つ若き天才だ。民衆からの人気も俺と同程度ある。
こいつがいるせいで国王を好き勝手に操ることが叶わなかった、厄介な存在だ。おまけに下らない正義感を持っていて反吐が出る。
噂話からの断片的な情報だが、能力は確か五大元素の魔法、状態異常の無効、治癒、結界の生成、その他身体強化の類だった気がする。
「国王が今回の戦で決着をつけるべく援軍として派遣されただけです。それより何で魔王なんかに力を貸すのです」
カナタは屈んで倒れている兵士を治癒しようと試みてしゃがみこんで俺達に背を向けた。しかし、隙が全く存在していない。
"魂の鳥かご"、能力の発動した者が解除するか死亡しない限りこの結界からの脱出は不可能になる。正義感を持って真っ直ぐ性格のこいつにはピッタリの能力だ。
それにこいつは普通に能力を複数を持っている。俺が言うことでもないがチートすぎる。
しかし、どこかこの状況を楽しんでいる自分がいた。武者震いをしてしまう。次の瞬間、俺の考えを察してかアドラーはカナタに攻撃を開始した。それに続いて俺も能力を発動する。
この戦場では決着をつけるためか思いの外兵士の質も量も普段よりも勝っていた。お前と同じく国を守るために戦った同志の力が仇となりこれから敗れることになるとは皮肉なものだな。
俺は内心ほくそ笑む。