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第92話 些細なズレ

「お邪魔してもいい?」


「えっ?」


 話しのさなか、後ろからの声を聞き、振り向くと驚いたことにエヴァがいた。


 驚いたとは大変失礼だが、普段はもっと遅くまで作業や研究をしているから、この時間帯に研究室を出ているのは珍しい。


「あぁ〜! エヴァ!! もうお仕事、終わったの?」

 

 エヴァの登場に、寝ていたマナはガバっと起き上がる。まるで飼い主が帰ってきた犬のように、喜んでいた。


「うん、今日はなんとか一段落ついた」


「じゃあ、今日はもうユックリできるね」


「いいえ、サボってるマナに喝入れにきたの」


「えぇ〜〜。そういう気遣いはいいよぉ〜」


「はは、は……冗談のつもりだったけど、本当に何もしてないんだ。マナ……」


「ひっ! 許してください。エヴァ先生、今日はやる気がぁ……」


「別にいいんだよ。完璧だったら……ね。後でテストするから、それ次第……」


「あぁぁ……。終わった……わたしぃ……」


 マナはそのまま、机にぐでっと動かなくなった。これは完全にマナの自業自得だ。見られてないと油断したことを悔いろ。


「まぁとりあえず、お疲れ様。

 適当に座れよ」


「ありがとう。

 で、さっきまで何の話をしてたの?」


「今度の魔術大会とラルク様の話だ」


「あぁ〜魔術大会。確かに……そろそろね。

 私も本当だったら出場するつもり、というか上級科の成績優秀者として推薦される予定だったんだけど、流れてラッキーだったわ、正直めんどくさかったし」


 そんな一部から聞いたら自慢になるような発言は今、言わないほうが良かったのでは……。


「いいわね推薦……。あぁ〜!! 私はこんなにも出たいのに、なんで推薦されないのよぉ〜!!」


 エリカは机を頭を打ち付け、叫んでいる。

 ほれ見ろ……。


「どうしちゃったの? エリカ……。なんかキャラおかしくない?」


「ほっといてやれ。いま、色々と悩み中なんだよ」


「ふ〜ん……。でも、大会に出たいだけなら、本戦じゃなければ出れるんじゃない?」


「えっ??」


「知らない? 前座試合。あれって確か誰でも参加できるはずよ」


「それっ!? ほんとに、ほんとっ!?」


 エリカはエヴァの手を取り、前かがみで迫り寄る。


「ちょっ顔怖いし、近い。エリカ落ち着いて」


         ・

         ・

         ・


「なるほど、上級科への移科ねぇ……」


「そうよ! 笑いたきゃ、笑えばいいわ」


「……別に笑わないけど。

 大会に出て意味ある?」


「意味ならあるわ! き、きっと……」


「エリカはつまり、大会をアピールの場にしたいってことよね……。

 でも、それは厳しいと思う」


「どうして?」


「だって前座試合といっても出場者は全員、本戦に出れなかった上級科の生徒だからね」


「あれ? さっきと話が違くないか。自由参加なんだろ? 普通科の生徒だっているかもしれないじゃないか」


「まぁ……おもて向きはね。

 でも、上級科の生徒の圧力や、彼ら以外は参加してはいけない風潮がある。

 それに前座試合も人気があって、普通科の生徒が考慮される前に参加枠は埋まっちゃうから」


「フッフフフ……その程度でのことで! 諦める私じゃない! 絶対にやってやるわ!!」


今日のエリカは本当におかしい……。やる気が漲っている。いや、それはいいことなんだけど。

なんていうか変にテンションが高い。いつもの冷静さを欠いてしまっている気がする。


「エリカ……まじで言ってるのか?」


「えぇ、大真面目よ。だって、上級科に移科したのは今までで一人。

 つまり、ユウのお姉さんは前例がないことをした訳じゃない。

 なら私も今まで誰もやってのけてない、偉業を達成しないと駄目ってことよ」


「それで上級科の生徒が集まる試合で結果を残すのが、いいってか?」


「そういうこと、名案でしょ!」


「根拠はわからなくもないが、無謀だろ……それ」

 

 上級科の生徒が集まる試合への参加。何故だか、試験の時のラヴィス弟との戦いの記憶が蘇る。あんなエリカの悲惨な姿はもうみたくない。 想像するだけで、心が傷んだ。


「私はいいと思うよ、エリカいつも頑張ってるもんね!」


「まぁ……参加するだけなら大丈夫じゃない」


マナとエヴァが賛同しているなか、俺は咄嗟に。


「待ってくれ……やっぱり俺は反対だ。絶対に出るべきじゃない」


「なんでよ!?」


「それは…… 」


 俺は言葉を詰まらせる。今言おうとしている言葉は言ってはならない気がしたからだ。でも、それ以外の表現ができなかった。 正確には出来たかもしれないが、素直に言いたくなかったのだ。


 そして、ついに俺は口を滑らせる。


「エリカが弱いからだ……」


「はぁっ? 確かに私は強くないかもしれない。でも、そんな理由で止めるの? 

 大体! エヴァの時は好きにやらせたのに、何で私は駄目なのよ」


「俺は……お前が大会で勝てるとは思えない。ならアピールどころか、出場するだけ無駄だろ」


「私のこと舐めてるの……?

 そこらの人間と一緒にいないで!」


「別にそんな事は思ってない。ただ危険だから、止めておけって言ってるんだ」


「それが舐めてる。馬鹿にしてるって言ってるのよ!! 傷つくから失敗するから挑まないなんて魔術師失格じゃない!

 それともなに? アンタ……もしかして試験の時のこと言ってるの? 

 勘違いしてるんでしょ。自分が弱い女を救ってやった。助けてやったって、自分には『才能』があるから、私よりも強いから!」


「違う!! 俺はただエリカの事を考えてー」


「ちょっと待って二人とも、落ち着こうよ」


「そうよ、熱くなりすぎてる。一旦冷静になりなさい」


 エヴァとマナの仲裁も無視して、俺たちの言い争いは終わらない。


「私をっ! 私の事を……本気で考えてるなら、背中を押してくれればいいじゃない。何も言わずに。

 だって……友達なんでしょ?」


『友達なんでしょ?』、その言葉に猛烈に頭がきた。


 俺はそんな都合が良い友達になったつもりはない。

 それ以外にも、さっきはあんなにも俺を信頼せずに、最後まで疑っていたエリカが。今度は何も言わずに信頼して応援だけしろと……。

 

 そんなエリカの自分勝手さに、怒りを覚えた。


「いい加減しろ、エリカ!! お前が言ってる都合が良い、取り巻きがほしいなら、そんなの友達じゃねぇよ!!」


 言い過ぎたと、言った瞬間に後悔した。


 俺は何を言っているんだ? カッとなったにしても酷すぎる。マナやエヴァまで否定するつもりかよ。俺は大馬鹿者だ。


 

 叫んだことで、賑やかだった周りは静まり返る。皆んなからの視線が集まる。


「うるさい……。叫ばないでよ!

とにかく私は何を言われようと絶対に出場するから!」


「おい、エリカまてよ!」


 エリカは席を離れ、カフェテリアを走って出ていった。


 俺は、そんな彼女を追いかけることをせずに、席に座ってしまった。


 自ら追いかける行動しないのは、自分が正しいと、間違えていないと思っているからだろうか……。わからない……。


「何だか……ゴメン。私がややこしいこと言ったから」


「……いや、エヴァは何も悪くない。エリカなら、何れ自分で気づいて参加するって言い出してた」


 無力感に覆われたためか、うまく力が入らない。椅子に支えられていなければ倒れてしまいそうだった。


「はぁ……どうすれば良かったんだ?

 もっと優しい言葉で否定したら良かったのか?」


「違うよ。エリカはたぶんね。

 ユウにだけは行けって、頑張れって、言って欲しかったんだよ。だって、エリカにとってユウは……」


 なんだ……大切な友達ってか?


「いや、言わなくていい……。俺も自分の考えを押し付け過ぎてたことはわかってる。

 エリカが上級科に強く拘っているのも……よく知っている。

 でも、ただ手放しで送り出すことはできない。危険なんだよ。

 エリカこそ、上級科の生徒を舐めすぎなんだ。奴らの中には、魔族を倒す為に信念を燃やし、毎日訓練に明けくれてる奴だっているんだぞ。

 戦闘狂のラヴィス兄弟がいい例だ。それにまた魔術を使った試合なんて、無謀以外になんて言うんだよ……」


「……ユウが言いたいことも分かる。でも、相手を尊重せずに否定意見を出すだけなんて、ただ尊厳を無視しているだけ。

 それにエリカも言ってたけど、私の想いは尊重してくれたのに、エリカは駄目なんておかしくない?」


「それは…………」


 あの時とは、状況が違うとも思ったが……。屁理屈を捏ねても意味はない。頭で考えるまでもなく心が、『俺が悪い』と既に認めていたからだ。


「とにかく、今すぐに追いかけなさい。こういった事は長引けば長引くほど、より拗れることになるから」


「わかってる……」


 俺は立ち上がった。しかし、足は動いてくれなかった。どうしたらいいか解らず、足が迷ってしまったんだ。


「どうしたの?」


「情けないけど謝ってから、なんて言えばいいか、わからないんだ……」


「全く……しょうがない。

 なら、いい事を教えてあげる」

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