第89話 模造品
ある日の魔術戦闘訓練。
いつものように、俺はエリカと対峙していた。
今日の訓練内容も二人での真っ向勝負。
武器の使用は禁止。身体強化魔術のみを使った純粋なる体術訓練。
戦闘訓練であるため当然、目などの急所への直接攻撃は禁止となっていた。
俺たち、普通科が行う戦闘訓練には二種類ある。
一つ目は、上級科以外の生徒全員が絶対参加の大部隊での集団実技訓練。
それは主に軍での陣形を意識したもの。誰もが戦場に立つ可能性があると想定した上での、個ではなく集団行動の基本や動き方や、役割を学ぶ訓練である。
そして、二つ目は俺たち普通科だけが受講できる、この基礎戦闘訓練である。
最初のこの実技訓練にて担当講師であるボルト先生が『基本を疎かにする者は、武術をも心得る魔術師として、半人前だ……。そのくせ、自分の身体も思い通りに使えない奴ほど、魔術だ、剣術だと吐かす。何もかもが早すぎるんだ、お前達には……』と言っていた。
まぁ、その通りだし恐らくは誰もが思い考えるような普通な事を言っていた。しかし、その言葉には戦士として戦い抜いた男の重みがあった。
だから最初に、それを聞いたときなんかは、『おぉ、良いこと言うな』なんて感銘を受けたし、基礎的な身体強化のみを使った、この訓練内容にも文句はなかった……が先生は最初の訓練以降、訓練内容を変えること一切なかった。
毎回、ただひたすらに魔力を殆ど使い切るほど、長時間の組手を生徒同士で繰り返すばかりで、正直疲れ呆れていた。
そして、そんな訓練が続いた結果。
最近では、先生が教えるのが面倒なだけで、疎かにしているのではと、不信の声が増えて訓練を受けている者は日々減りつつある。
でも、それは必然だ。
俺を含め皆、先生に期待していたからだ。
ボルト先生は警備兵団の中都区の元統括区長で、もう足の傷により引退はしているが、現役の時は、それはもう強い魔術兵として有名だったと聞いた。
なのに訓練内容は毎日変わりないし、教えを請いても、たまに戦闘の型を魅せるだけで、直接に教えてくれる訳でもない。
なにか観て覚えろというのか?
それはあまりに無茶だ。
まぁそんな訳で……本日も俺とマナとエリカで組をつくり、順番交代で代わり映えしない体術の訓練に取り組む。
そして何度目かわからない、エリカとの戦闘が始まろうとしていた。
「それにしても。うちは体術ばっかりだよな」
ついつい愚痴っぽく、エリカに不満を言ってしまった。
「しょうがないでしょ……。普通科の生徒が、派手な魔術使う訳にはいかないし」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
先生に心で文句を垂れていた俺だが、この戦闘訓練において、エリカに勝ったこと、黒星を挙げたことは一度もない。
俺もユウも昔から近接戦闘が苦手なのだ。
具体的に苦手な点を上げるならば、近接戦闘中に起こる。超近距離の間合いから繰り広げられる、脳の処理が追いつかない高速の攻防下の読み合いが不得意だ。
そして、それを制した上で行動を起こす度胸もない。
連ねて、別に運動することは嫌いでないが、運動神経もあまり良くない。
今愛用している弓矢に行き着いたのも近接戦闘が自分の弱点だと理解してのこと。
まぁ、つまるところ。最初から近接戦闘で勝つ事を諦めている。自分の才能のなさから、諦めてしまっている。
そんな苦手を無理として、しょうがないと受け入れている俺が、近接戦闘を得意とするエリカに勝てる筈もなく。いつも、めちゃくちゃにボカされている訳だ。
でも、俺だけじゃない、一緒にペアを組んでいるマナも同じく負けている。そんなマナは俺にも負けている。
しかし、マナは運動神経も戦闘センスもない訳ではない。それはもうこの間のレースで証明されている。マナが勝てないのは、また俺とは別の理由なのだ。
「そろそろ、はじめる?」
「はいはい……」
俺は渋々、身体強化魔術を発動させる。合いするエリカを見ると、入念に身体をほぐしている最中だ。
今回もエリカは闘志に溢れ、戦闘の準備を着々と整えていた。
エリカは格下相手だろうが、手を抜くような性格ではないのだ。弱者でも全力で、叩きのめす。そんな清々しい考えをお持ちなのだ。
嫌いな考えではないが、この戦闘においては置いといてほしい。 俺が痛いので。
「よし……」
俺は頭の中の考えとは、真逆にやる気充分に、エリカへ宣戦布告する。
「エリカ。今日こそ、勝たせてもらうぞ」
「そうね、そろそろ一回ぐらいは私に参ったって言わせてよ」
「負けず嫌いな、お前が参ったなんていうのか?」
「どうかしら?」
こんなの嘘……お芝居だ。エリカ安心してくれ、俺の負けだ。
勝たせてもらうなんて、ぼやいていたが、実際はそんな事、勝てるなんて一ミリも思ってなかった。
だが表面上ですら、やる気がない奴と戦うのは、弱い奴と戦うよりも退屈で虚しいだけだ。
だから、俺は無理だと心裏で理解しながらも、やる気を奮い立たせ気合を入れ直す。
エリカを落胆させないためにも、勝ちを貪欲に求めなければならないのだ。
「かかってこい。エリカ……」
「いいの? じゃあ、行くわよ……」
俺のあおりに応え、エリカから最初に仕掛けきた。
捻りなしの単純なる真正面からの拳による打撃……。
相変わらず、それはとても速い。
いつも見えてはいる。でも身体の反応が追いつかない。
しかし、本来はこうはならない筈だ。俺と違い、エリカは身体強化の魔術は使っていない。だから単純に比べれば、総合的な身体能力、つまり力では俺の方が確実に上なのだ。
それでも優位性が逆転しているのは、エリカの身体の使い方が、俺と全く違うからだ。
身体の柔軟性から、瞬発力。エリカの身体はバネの様に弾み、軽い。元の身体能力の差など意味がない。
この戦闘を見たものに、能力の差など感じさせない。間違えなく俺の方が弱い……。
でも、幾度も手合わせてしてきたんだ。最初の一撃は流石に受けれる。エリカの好きな攻撃パターンだ。 あらかじめ知っている攻撃を避けれないほど、ドジではない。
俺はエリカから繰り出される拳をよく眼で捉え、有効な一撃を上手く躱しながら、怯むことなく拳を打っていった。
絶え間なく続く、拳による会話の中で、唐突に選択肢が与えられることがある。選択肢を間違えれば、不利になり、負けへと転げ落ちる。
そんな究極の選択……。
俺はこれが苦手だ。一瞬の気の迷いが、勝敗を決する緊張感の場に立たされるのが、好きではなかった。
しかし、繰り返してきたエリカとの戦闘で、俺も多少はマシになってきていた。考える余裕が出来てきたのだ。
俺は運良く選択を誤ることなく、エリカの実力と、ギリギリ拮抗していた。
ここまでエリカと打ち合えたのは、今日が始めてで、楽しさを見出して顔が少し笑っているのが自分でもわかった。
意味がないと思っていた苦労がついに実ったこと、初めてまともにエリカと戦えているという事実が嬉しかったのだ。
エリカはそんな俺とは違い、なんだか面白くなさそうな顔をしている。予想以上に俺が粘っていて、驚ろいたのだろう。
いつもの俺なら、既にエリカに顔面寸止めを食らって『私の勝ちね』とか言われてるころだからな。
そんな長く単純退屈な攻防を終わらせるため、エリカが仕掛けてきた……。
攻撃の手を緩め、態と隙きを作り、大ぶりの攻撃を誘ってきたのだ。
俺は一瞬迷った……がそこの駆け引きを、読み考える時間もないし、実力もまだなかった。そして、反射的に無防備なエリカの腹部に目掛けて、蹴りを入れる。
今までの俺ならまず、これが誘いであることにすら気づけてなかっただろう。
今回、それが分かっただけでも『成長したな、お前と』と自分を褒めてあげたい。ていうか、誰かに褒めてほしい。
エリカは俺のその攻撃を待っていた言わんばかりに、いともたやすく避けた。
そして、エリカは隙だらけの俺の胴体に一撃を入れ……。
この時、その場を見ていたマナも、エリカの勝利を予想し、攻撃を仕掛け空振りしたユウですら、自分の敗北を脳裏に描いた。
今の俺は隙だらけだ。このまま、いつもどおり負ける。
まぁ、それでもい…………いや今日は負けたくない。ここで諦めたくない。エリカに初めて勝てるこのチャンスを逃したくない。
勝てそうになったから、勝ちたいと必死に考えるなんて、単純バカだが。
俺は勝てる方法を必死に模索した。そして、一つの像が過る。ラヴィス兄キールの身体強化術だ。
彼の速さに特化した身体強化術なら、この現状を打破できるかもしれない。
俺は前回と同じのように、脊髄反射的に勝つために、その魔術を求め脳内で組み込み、発動させていた。
それは咄嗟の出来事。俺ですら自分の行動に驚愕していた。
魔術の発動により、身体が異常なまでに軽くなる。
そして、エリカの反撃に対応しようと、機敏な見のこなしで体勢を直し、エリカの拳を掴む。掴んだ拳から腕を拘束して、体勢を崩して、エリカを地面に抑え込んだ。
「っ!?」
……ことは一瞬で帰した。俺がエリカを上から腕を固め押さえ、エリカは地面に顔をつけて動けなくなっている。
俺は深いため息と共に息を大きく吸った。身体が自分の動かせる限界以上に動いたからだ。心臓は倍以上に動き、脳には血液が溢れ、くらくらする。
「ふぅ〜…………こ、降参しろ、エリカ。もう動けないだろ」
「何が……っ!」
エリカは叩きつけられた衝撃に。呼吸が乱せれ、咳き込んでいる。
「だいじょうぶ〜!! ふたりとも!?」
観戦していたがマナがいそいそと近づいてきた。
エリカは自分が負けたことを受け止めきれてないのか、認めないと凄い力で抵抗して上体を起こそうと藻掻く。
「ユウ、こんなのずるいって〜! 身体強化しか使っちゃ、駄目っていったのにぃぃ!!
明らかに最後の動きおかしかったもん」
「いや……一応、身体強化だよ」
「そうなの? でも、とりあえず離してあげてよ」
「え? あぁ、そうだな。悪い……」
俺は強く固めていた腕の拘束をといた。
「エリカだいじょうぶ?」
「え……えぇ、身体は何ともない 」
「ユウ〜……いくら、いっつも負けるからって、ズルはよくないなぁ〜」
「ズルじゃない」
エリカはゆっくりと立ち上がり、俺の方に振り向く。エリカも何が起こって、何をされたのか理解したのか、冗談まじりの軽い怒りとかではなく、本当に冷ややかな目を俺に向けていた。
理由はわかる。俺が使った魔術のことだ。
「ねぇ……前にも見たけど。それってラヴィス兄弟の身体強化魔術にとてもよく似てるわよね。いつの間に同じ魔術式を覚えたの?」
エリカは核心をつく質問を、容赦なく突きつけてきた。 前とはダニエラとの一件のことだと思う。あの時も俺はラヴィス弟キールの身体強化術を使ったからな。
普通は相手の魔術を見ただけで使うなんて出来ない。頭に創造した式構造が他人には見えないからだ。
つまり、同じ魔術式を覚えてるということは、ラヴィス兄弟に会い、教えてもらったという可能性が一番高い。
恐らくエリカは俺が、自分を傷つけて蔑んできた、嫌いな彼らに会ったと考えて、怒っているのだ……。
この返答は慎重しないと駄目だ。関係が終わりとなる結末までも迎えかねない。
しかし、本当の事を言う以上に適切な解答などない。変に嘘を言っても余計に信頼を失うだけだ。
「誰かから聞いて、覚えたんじゃない。いま考えて使ったんだよ」
「なにそれ……」
「……何か勘違いしてそうだから、言っておくが。まず、あの兄弟とは知り合いでもなんでもないからな。
俺は……ただ。あの二人の真似しただけだ。使える気がしたから」
そうだ……。使おうとしたら頭の中で構築できたから使った。
「真似たって……。簡単にいうけど、そんなことができるもんなの?」
「俺にも解らないよ。実際に出来たのだから、不可能ではないんだろ」
「……………」
エリカは腕を組み、考え黙り込んでしまった。
俺の解答に満足していない様子だ。この出来事を説明するにあたって、どうしても俺の自然に真似れたと理由よりも、兄弟に教えてもらったという事実の方が合点がいくと考えているだろう。
俺とエリカの気まずい空気を察して、マナは無理にでも話を前にすすようとした。
「わ、わからないことは、エヴァにきいてみようよ。ねっ!
エヴァはね。先生みたいに、私が知らないような事でも、何でも教えくれるんだから!」
マナはふんぞり返り、誇らしげに言っている。
『偉いのマナじゃなくて、エヴァだろっ!』とか、ツッコミを入れる気分でもムードでもない。
しかし、俺も誰かに証明してほしいと考えていた。自分より優れた誰かが、俺の主張が正しいといってくれるだけで、エリカは根拠を得て、納得してくれる筈だ。
俺には、エリカが納得する証拠を提示できない。今はエヴァが頼りだ。




