第8話 馴染みの仲間たち②
目的地であるアイナの家は、村外れの森の中にある。
わざわざ離れた場所に住んでいるのは、本人曰く家族のもとを離れ、自立した生活がしたかったんだとか。
一人暮らしというのは、なにかと自由が利きやすいため、今やオレ達の基地と化していた。
「アイナー、入るよ〜!」
アミーが元気よく入ると、少しホッとした様子のアイナが立っているのが見えた。
「アミーおそい! 遅れるなら事前に連絡しといてよ。今日は特に心配したんだから」
「ごめ〜ん。今度はちゃんと連絡するね」
アイナは冷静を装っているが、アミーに対してはかなりの過保護である、実際は居ても立っても居られなかったに違いない。
自分も少し遅れて家に入り、アイナと目が合う。
「あら、ユウも一緒に来てたの。あんたが遅刻なんて珍しいわよね」
なんだ、この対応の差は……。
「オレへの心配はなしかよ」
「アンタは心配するだけ損よ。いつも心配してたら、きりがない」
「扱い、ひでぇな」
アイナは、生まれつきの金髪天然パーマで、その逆巻くパーマを抑え込むかのように、いつも可愛らしい帽子を被っている。性格は昔は一匹狼気質であったが、アミーの影響で孤立することなくオレたちや村の皆と打ち解けている。
そして、魔術の才能は幼馴染の中で1番にあり、問題なく上級魔術科に合格するだろうと先生に言われていた。
「……あれ?」
オレはアイナの家に、二人がいない事に気づく。
「どうしたの?」
「ノアとルイはもう訓練場か?」
「そうよ、最後の詰めとか言って、朝から張り切ってたわ」
「なるほど……」
「ユウも試験に使う魔術式の最終点検してきたら」
「そうだな……。二人はどうするんだ?」
「私の調整は終わってるから、アミーの式の見直しを手伝ってから、行こうかしら」
先程から、会話に出てきている魔術式とは、魔術源である魔力(生命力)を神秘の力に変える過程に必要な式のことだ(宗教的に魔力を神命、魔術を神聖術と呼ぶ地域もある)。
多くの魔術研究者たちが長い時間を掛け、魔術式を開発、試行錯誤し改良を重ねてきた。
そんな先人達の努力のお陰で、オレたちの世代は、基本の魔術については、最初から安定した式を使用することができている。
魔術学院の試験内容は、筆記試験、基本魔術式の展開(身体能力強化と感覚性強化、初級・中級の四元素基礎魔術)、応用魔術式(オリジナル魔術)を用いた模擬試合の3項目に分かれており、今オレ達が最終調整を行っているのが、応用魔術式である。
そして応用魔術式を、グループ内で一番不得意としているのが、アミーであったのだが……。現在、初級魔術式すら、曖昧な自分はアミーよりも、よっぽど緊急事態と言えるだろう。
「なにか、オレも手伝えることあるか?」
「そうね……。式に関してはないわ。アミーの式も完成間近だし。それに今まで散々練習台になってくれてたしね」
「そうそう! あとは大丈夫だから、ユウは自分のことに集中しー ハゥッ!」
ツッコミを入れるように、アイナはアミーの頭を丸めた紙で叩いた。
「アンタは、他人を心配する余裕ないでしょ。
完成しても、まだ式の展開の速度を上昇させる反復練習が残っているから、スパルタでいくわ」
「はいぃ!? ガンバります!!!」
「うむ、よろしい」
相変わらず、仲がいいなこのふたりは……って、オレは子供たちの会話で和んでいる場合ではない。
「わかった。とりあえずノア達のところ行ってくる」
「りょーかい」
アミーは反復練習と聞いて、魂が抜け顔をげっそりとさせている。
オレはそんなアミーと、鬼教官と化したアイナを脇目に家を出た。
ノア達がいる訓練場とは、この森にあった開けた土地を、皆で整備して作った魔術訓練専用の広場のことだ。
アイナの家からそう遠い距離ではない。
ただ、訓練場に着く前にオレは確認しておかなければならない。自分の魔術が発動するのかどうかを……。
これから、この世界で違和感なく生きていくとするなら、使えないのはかなり異質だからだ。
魔術を行使する場合……。
簡易な初級・中級・応用初級魔術は、魔術式の全体構成を完全記憶し、使用時には脳内で、魔力を用いて式の構築、展開することで発動する。
複雑な応用中級・上級魔術ともなると、記憶媒体(魔鉱石もしくは魔鉱石が埋め込まれた道具)に式を保存しておく方法がある。
使用時には、保存しておいた式を呼び出し、己の魔力を用いて構築し、術を展開するのが一般的だ(鉱石過程魔術の方が発動に時間がかかったり、埋め込んだ式の劣化などのデメリット、さらに複雑な式を印字できる魔鉱石は高価であることから、所持している者は少ない)。
しかし上級魔術師ともなると、上級魔術を簡易な初級・中級魔術と同様に完全記憶することで使う。
それが、どれくらい困難なことか言葉で表すなら、魔術式の構造が初級は線、中級クラスは二次元の円形の式で、上級クラスは三次元の球体構造なのだ。三次元の式を完璧に記憶できる上級魔術師はやはり異次元なのだ。
そして、真面目なユウは試験用の応用中級魔術式を記憶させた道具(二対の両手袋)の準備をとっくの昔に終わらせており、発動練習も終わっていた。
しかしだ、オレ自身がその式を解くことが出来なければ、そんな準備も意味はない。基礎魔術の試験に至っては記憶を頼りにしなければならない。果たして、今の曖昧な記憶で発動できるのか?
「考えても仕方ない、やってみるしかないか……」
試しに基礎魔術の1つ、身体強化術の式を記憶から取り出し、展開しようとした。
『身体強化術』展開……。
念も虚しく、体に変化はおきなかった。
「…………無理か」
分かってはいたが、曖昧な記憶では式の構築が甘く。魔術が発動することはない。
試験1週間前に、この状態は流石にまずいよな。
最近の記憶は、まだ鮮明で思い出しやすいが、昔の初等部で覚えた初級魔術式の方がむしろ不明瞭なのだ。
ただ、初級魔術だからといって、侮ってはいけない。四元素初級魔術の完璧な習得には、早い人でも初等部(3年制で7〜9才)の卒業。遅いものなら、中等部(6年制で10〜15歳)の3回生まで掛かる。
それほど術式の完全記憶は難しく、大人の初級魔術師には、初級魔術の発動に、魔鉱石を利用する者もいるのだ。
つまり魔術を使うのにも、それなりの才能と絶え間ない努力が必要となるということ。
しかし……このままでは、ユウが結んだ皆んなとの約束を破ることになるだろう。早く何とかしなければならないが。もはや、自分の知恵だけでは、解決は不可能なのかもしれない。
でも、どうしたら、何をしたらいいのだ?
…………………いや、悩んでばかりでは駄目だ。
誰も頼れる人がいないのだから、道が見えなくても進むしかない。
差し当たって、とりあえず実際に魔術を見るべきだ、感覚が戻る可能性もある。
そのような浅い考えから、オレは訓練所の方に、早く向かうことにした。
魔術の設定ですが、変に凝ったせいで理解してもらえるか少し不安です。理解してもらえると嬉しいです。