第83話 実力
先の予選レースと同じように、エリカはスタートと同時にロケットスタートを決め、参戦者を引き離そうとした。
しかし予選とは違い、本選は実力者揃いだ、一筋縄ではいかない。
エリカは先頭集団に囲まれる位置をキープする形となった。
「エリカ……走りづらそうね」
「そうだな……」
現在、先頭をはしっている選手が時速120kmと行ったところ。100kmが本選のボーダーなのだろう。
予選ではエリカのボードは最高で150km近く出ていたが、機会を伺っているのか攻める様子はない。恐らくは独走出来ない状況下では最高速を出すのも、無理に追い越すのも危険なためだろう。
そして、大会優勝を息巻いていたマナはというと……。
「アイツは……何やってんだ?」
マナは1人、スタートラインに残っていた。
スタートダッシュも決めずに、それどころかまだスタートすらもしてない。
「マナっち、もしかしてトラブルすか?」
「どうですかね……」
焦った様子はないが、可能性はある。
たまらず俺は声をかけた。
「マナ〜!! 何やってんだ〜!!」
俺の声が聴こえたのか、マナは手を振る余裕をみせた。そして『任せて』とグッドサインの合図を送ってきた。
「いや、わからん……」
「まぁいいんじゃない? 慣れてるマナに任せたら」
「そうだな……」
なにやら、これもマナの作戦?なのかな。
レースの状況が映し出された写映魔術を睨むようにみているし。
しばらく大人しくレース状況を見ていると、エリカがいる先頭集団が一周目の半分を越えた。
予選とはルールが変わって、本選ではコースを2周する。つまり、いま全体の4分の1が終わったわけだ。
それをみたマナは『待ってました!』と魔術を展開し始めた。
マナのボードは周囲に突風が巻き起こす。
近くにいれば、その暴風により目も開けてられないだろう。
少し離れた俺達ですら身体が強風にあおられ、自然と後ずさりする。大会会場が破壊されないか心配になる程の風からは台風を思い出した。
そして、荒れ狂う風が吸い込まれるようにボードに収束し、空気を炸裂させるようにスカイフィッシュ3号は走りだした。
その瞬間、吹き飛ばされると思うほどの猛烈な風が身体のヨコを取り抜ける。
「すごっ……」
「280キロは嘘じゃなかったんすね」
あまりの速度に目が追いつかない。
俺はマナがスタートを遅らせた訳を理解した。もし他の選手とスタートを同じにしては妨害行為で反則になるからだろう。
この風の近くにいては転倒は免れない。
マナのスカイフィッシュは風に乗る、いや風を追い越す勢いで猛追を始めた。
他の観客は意外にも驚くというよりは、歓声や応援を投げかけていた。
マナは毎年出ているらしいから、常連からしたら見慣れた光景なのかもしれない。
「ほんとに圧倒的……。
でも、曲がれないのにどうするつもりなんだか……」
「いや、前に曲がれるって言ってたけどな」
「……もしかして根性ってやつ?」
エヴァは心底呆れた顔をした。
「そうそれ」
「はぁ……私が聞いたときもそう言ってきたけど。
あのボードの魔術式、制御機構は完全に外されてた。それにあの速度じゃ重心傾けただけじゃ曲がりきれない。だから、本当に曲がれないはずなの……」
「えっ? じゃあ不味いんじゃないのか?」
「そう……何度も言ったけど、心配しないでの一点張り。なぜか曲がる方法は、頑なに教えてくれない」
そうこう言っていると、マナが第一コーナに差し掛かった。
速度を落としている様子はない。
あれで「心配しないで」は無理がある。不安しかない。衝突する前から、救護班へ要請したほうがいいのではと考えていたが……。
しかし、そんな俺の心配は全く必要なく。
マナはなんてことなしに、第一コーナを曲がってみせたのだ。
「マナっち、曲がってるすね」
「でも……なんか今の動き、変じゃありませんでした?」
「……そうすっねぇ」
マナは確かに曲がったが、弧を描くというよりカクカクと垂直に曲がったのだ。
それを見たエヴァは謎が解けたように納得する。
「わかった……。あれは、たぶん力の向きを変えることで無理やり曲がってるんだ」
「力の向きをかえる?」
「そう……でも、そんな特徴をもつ魔術なんて聞いたことないから、マナの家に代々伝わる秘術なのかも。それなら教えてくれないのも納得できるし」
「……秘術か」
博識なエヴァも知らない力の向きを変える魔術。
その特徴から、ある魔術が俺の頭に浮かんできた。
そうか……マナが曲がるのに利用しているのは、この間使っていた反射の魔術なんだ。
今思い返すと、ダニエラの弾かれた腕も妙な挙動をしていた気がする。
エヴァの言う、もし先祖代々引き継いできた秘密の魔術なのだとしたら、このことは黙っておくべきだろう。この前は疲れていたから、うっかり口を滑らせたかもしれないしな。
「最近よく思うんだけど……マナって不思議」
「不思議? 何がだ?」
「あのマナのボードに記憶されてる式はね……とても普通科の学生に解けるような物じゃない」
「それはつまり……上級魔術ってことだよな」
「そう。それを難なく解いたり、見たこともない魔術を使ったりもする。
でも、在籍は普通科で勉強も魔術も苦手としている……不思議じゃない?」
「わざと実力を隠しているとか?」
「どうだか……。勉強教えてる私からみて、演技には思えないけど」
「だったら、単に天然なんだろ。
本人が自分の才能を自覚してないんだよ」
「フッ……それはマナっぽい」
「それかそもそもやる気がないとかな」
「それもあり得そう。まぁどちらにしても、勿体ないとは、どうしても思ってしまうけどね」




