第77話 現実
ニナ先輩の提案から早速、俺たちはグラウンドに出て、試してみることにした。
エリカは人生初のボードなのかもしれない、少しワクワクしているのが浮ついた様子から伝わってきた。
「エリっち、使う前にちょっといいすっか?」
「さっきも思いましたけど、それって……私ですよね?」
「あったりまえじゃないスッか〜。愛称すよ愛称」
「わかりました。それで何ですか?」
「使えるっていっても、身体に痛みがないことはないっすからね」
「その覚悟はできてます」
「じゃあ問題ないっすね、準備オッケーなんで、いつでもいいすよ」
そして覚悟を決めたエリカは術式を解き!
ボードは浮かぶと同時に、勢いよくスタートを!!
……残念ながら切らなかった。
「あっちゃ〜……やっぱりすね〜」
でも、まったく動かなかった訳ではなくて、ボードはゆっくりと走り出し、エリカをトロトロと運んでいった。
「う〜ん、遅いですね」
「……時速30kmってとこだな。
あれなら、俺たちの小走りの方がまだ速い」
レオンさん、さらっと凄いこというな。小走りで30km超えって……。しかも俺たちということは、魔人全体ってことだ。
「希望に添えなくて申し訳ないっす。
これでも厳しい条件から、限界まで頑張ったんスヨ」
「その条件って、どんなのがあるんですか?」
「まず第一に、使用魔力量の制限。
言わずもがな、これは魔人が魔導具を使う上で外せないことっす。
このために、制御式を簡略化してるんすよ。
だから、操作性も正直悪いすね」
「なるほど……」
「第二に、式の展開頻度の削減。
一回の発動でできる限り、長距離を走行できるように改良したっす。だから、速度もあれが限界なんすよ」
いろいろな条件をこえて出来たのが、このボードという訳か……。
「あっ、エリっち帰ってきたっす」
グラウンドをゆっくりと一周したエリカが戻ってきた。
「先輩、このボード。すっ……」
なんだかエリカの表情が硬いな。想像よりも遅くて、声もでないのかな……。
「……凄いですよ!!」
「え?」
「身体の痛みも全然ですし。何より! こんなにも魔導具を使えたのはじめてです!!」
「と……当然っすよ! そのために造ったものっすから!!」
俺達の当たり前が、エリカにとってはこんなにも感激する程のことだったのか……。
でもよかった。先輩たちを頼って正解だったな。これならレースにも……。
「みんな〜!!」
いいタイミングで、マナが何やら青いモノをもってコチラにやってきた。
マナはボードに乗る練習をすると聴いた途端にマイボードを取りに行くと、寮まで一度帰っていたのだ。
「あれれ? エリカもう乗った感じ?」
「えぇ、バッチシ乗れたわ」
「ほんと!! みせてみせて!!」
エリカは再びボードに乗り、マナにみせてやった。
「どうっ!? 凄いとおもわない?」
「さすがエリカ! 初めてとは思えないぐらい上手だったよ!」
「ありがとう……マナ」
そう言われたエリカはとても嬉しそうな顔をしていた。
「でも……あれだね、ちょっと遅いんだね」
マナには悪気はなかったんだろうけど、エリカはどうにも気に食わなかったらしく。
陽から陰に表情を一変させた。
「えっ……? 待って。マナでもその発言は見過ごせない。これがどれだけ凄いことかわかってないの? 速度なんて関係ない」
「あっ! まってまって違うよ! そういう意味じゃなくて!
普段、私が使ってるボードと比べてって意味で」
「マナが使ってるボード?」
「そうそう、私のスカイフィッシュ3号は特別製なんだよ」
スカイフイッシュ3号ってなんだ?
まさか自分のボードに名前なんてつけるのか?
いやでも、もしかしたらスケーター界隈ではつけるのが常識で皆そうなのかもしれないし、指摘しづらい。
「はぁ……どう特別なの?」
「あっ! それきいちゃう?」
「……聞いてほしいんでしょ? そんな顔してる」
「えへへ、まねぇ〜。
これはね、私専用にスピード全振りのカスタマイズをしてもらってるんだ」
マナが持ってきていたマイボードは、マナとお揃いの蒼色のボード。普段よく見るものと比べて、その形状は変わっていて細長く。足を縦にしてギリギリ乗れるといった幅しかなかった。
「最高時速はなんと! 脅威の時速280km!!」
「確か一般的なのは60ぐらいじゃ……」
「なにより! この子の特徴は、ノンブレーキで曲がれないだよ」
「えっ?」
「だから曲がれないの。なんかカワイイでしょ?」
「あぁ……だから3号なんすね」
ニナ先輩は色々と察した様子。
まぁ想像は難しくない。スピードを重視し過ぎた結果、そこら辺に激突でもして1号2号を駄目にしてきたのだろう。
「そうだ! 全然信じてないユウに! 私の実力見せてあげるよ!!」
「いまか?」
「そういま! 見てて!! やばいからね」
マナはボードに慣れたように乗りうつり、魔術式を展開させた。
すると……マナとそのボードは、一瞬で加速しヒュンと風切り、一直線に遥か遠くに消えていった。
普通のボードと同じく風魔術を動力としているようだが、無駄な魔術式を省いているためか、普通の物より高度が低く。ボードが地面に接してしまいそうなほどスレスレだ。
そして、マナ自身も風の抵抗を減らすために低い姿勢を保ち、恐らくは風除けの魔術も展開している。
本当に純粋にスピードだけを求めたという感じだ。
ていうか、マナも魔術の併用展開ができるんだな……。
「やばいすっね、あれは……」
マナがグラウンド端に着いた時に、曲がれないボードでどうやって曲がるのか観察していたが、本当に曲がれないようで戻ってくる時はわざわざ一度降りて、方向転換していた。使えないボードだな。
「よくもまぁ……あんな危なっかしいボードで、18位になったものよ」
「でも、今のだったら150kmってところっすよ」
「あれで本気じゃないのかよ……。
ていうか、エリカ。大会は直線コースなのか?」
「いえ、たしか王都内を整備した特設コースだったはずだけど……」
「じゃあ、どうやって勝ったんだよ」
「……二号は曲がれたんじゃないの?」
だとしたら、改造に失敗してることになるんだけどな。
こちらに戻ってきたマナは、止まる為に徐々にスピードを緩め……。
「どうどう! 凄いでしょ! まだまだこんなもんじゃないから!」
「馬鹿にして悪かったよ、ほんと凄いな」
「でしょでしょ!」
「けど、その曲がれないボードでどうやって勝つんだ?」
「あぁ〜……それはえぇ〜根性?的なやつで」
「はっ? 根性?」
「うぅ〜ん……まぁいいじゃん、大丈夫だよ。ボードは曲がれないけど、私は曲がれるから」
言いたくないのか、妙にはぐらかすな。私は曲がれるとは、意味不明だし。
「よくわからんが、曲がれないわけじゃないんだな」
「そうそう!」
エリカは気になる事でもあったのか、まじまじとマナのボードを見ている。
「ねぇ……マナ。どんな式使ってるか、見てもいい?」
「式? いいよ、はい」
ボードを受け取ったエリカは魔鉱石に触れて、式構造の全体像を確認した。
「これって……気になったんだけど、マナはこの式解けるの?」
「そりゃそうだよ私のマイボードなんだから」
「……式自体、自分で創ったの?」
「ううん、それはオーダメイドで専門店に頼んでる」
「そうなんだ……」
マナのボードを見たエリカは、強いショックを受けて動揺していた。そんなに凄い式だったかな。まぁあれだけの速度を出すなら、中級以上は確実だとは思うが……。
「でも、あれすっね。今の見たあとだと、余計に遅く感じるっす」
「そうですね……。乗れただけで感動してましたけど、やっぱり速度も必要かもしれませんね」
「そうなんすよねぇ……。大会に出たいとなると、まぁそうなっちゃうんすよ。
でも、今もギリギリの調整で、これ以上スピードを上げるためには、どうしても魔力消費量を上げる必要があるんすよ……」
「それってつまり、もうお手上げってことですか?」
「方法がないことはないんすけど……」
ニナ先輩は歯切れ悪く、レオン先輩の方に目をやり、助けを求める。
「……そうだ、無いわけじゃない。式をより難解な高度な上級魔術式にすればいいんだ。
魔術の基礎を、お前らにわざわざ言うまでもないだろうが、多くの場合は式構造の複雑さと魔力消費量は反比例するからな……」
レオン先輩の言うとおり魔術の基本で、上級魔術師が使うような高位の魔術は、消費魔力量が少ない上に高出力なんだ。
「まぁだが……魔人が上級魔術を扱うのは現実的じゃない」
その言葉からは悔しさが滲み出ていた。
魔術を習得するためには、余程の天才でもない限り、繰り返し反復練習が必要になる。特に上級魔術となれば、それは欠かせないこと……。
魔術が苦痛に繋がる魔人達にとって、それがどれだけ困難な事か考えるまでもない。
「それに、他にも問題がある」
「あれすね……」
レオン先輩とニナ先輩はともに暗い顔になっていく。
「あれって、なんですか?」
「上級魔術を記憶させるのは、残念ながら自分達の持ち合わせの魔鉱石じゃ無理なんすよ」
「え? でも、それだったら購入するのは駄目なんですか?」
「知らないすか? 近年、クロムからの魔鉱石の輸入量が極端に制限されてるんすよ」
確か魔鉱石が採掘できる鉱山が一番多いのがクロムだ……。
クロムといえば、西側大陸一の土地面積と人口を有している王国だ。軍事力に定評があり、他国を占領したことで近年急激に拡大していっている。だから恐らく、自国の武器製造においての、魔鉱石の消費量増大から、他国に流れる分を減らしているのかもしれないな。
「だから、魔鉱石の価格はうなぎのぼりで跳ね上がってるんす。
上級魔術を記憶できるような鉱石となると、最低でも、ここの学費2年分ってところすかね」
「うっ……それは高いですね」
「ほんと我が研究会にとって世知辛くなったすよ。
それでまぁ……ボードについては、そんな感じっすけど、エリッチどうするすか?」
「……いま思ったんですけど、造っていたということは、ニナ先輩も出るつもりなんじゃないですか?」
「そっすね……ホントは自分も大会出るつもりで造ってたすよ。研究会の成果を示す場としては最適っすからね。
けど、現状はこの有様っす。自分の場合、結果を残せないとあまり意味はないんで、諦めたっす。
だから、エリっちに貸すのは全然問題ないっすよ」
「そうなんですか。少し考えたいので、お時間頂いてもいいですか……」




