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第72話 本物

「最後に確認しておこう……。

 エヴァ君は、私について書かれた書籍や、私の今、世間に残っている魔導書を恐らく、沢山読んできたのだろう。

 そして本の中で、私の死者蘇生の話や肉体再生などの魔術は、まるで物語上の奇跡の魔術のように書いてあったと思う。


 ……でもね、事実は違うんだよ。あれは書き手側が勝手に盛り上がっていただけで、蘇生魔術はそんな便利な魔術じゃない、夢を叶えてくれない。いずれ現実を教えてくれるだけだ」


「でも先生は昔、奥様を生き返らせて、今も一緒に暮らしてますよね?」


「……そうだね。たしかに、私は200年前に妻を生き返らせ、今も一緒に暮らしている」


「それで足りるんです………。私にはその事実だけあれば充分なんです」


「本当に後悔しないんだね」


「はい……」


「よし、いいだろう。君のお姉さんをここに誕生させてあげよう」


 先生は魔術式の制作にとりかかった。もう、俺たちは屋上端で、二人の様子を見守ることしかできなかった。

 しかし、今起ころうとしている現実に対して、少しだけ考える余地が生まれた。


 そして、マナは迷い続けていた。


「本当に正しいことなのかな……。たとえ代償がなくても、どうしても生き返らせたい人がいても、生き物としてやっていいことなのかな……」


 代償なしか……。それは恐らく、間違いだろう。先生がさっき用意した、あの黒い包み。


 先生はただの儀式の供物で、生物ではないから心配する必要はないと言っていたが……中身は、きっと健全で綺麗なものでない。


 あれが、あの物体が……術者が背負うべきものを肩代わりしているのだ。まぁだから、当事者であるエヴァからしたら、代償はないことになるが……。


 どんなことにも普通は対価が発生するだろう、だって世界は循環しているのだから。ゼロからイチは決して生まれない。イチから別のイチに変わってるだけ。

 仮にゼロからイチが生まれて見えたなら、今回の様に関係のない何かが対価を払っているだけなのだ。


 そして、正しい行いなのかどうかは……。


「わからないな……。でも、魔導書は封印され、使用を禁じられているなら、間違えていると考える人が多いんだろ。

 マナはどう思ってるんだ?」


「私は……私もわからない。

 エヴァさんの生き返らせたい気持ちはわかっても、生き返らせることで二人が幸せになるのか、本当に二人が求めていることなのかがわからない……」


「俺もそうだ。いや、俺やマナだけじゃない……みんなそうだ。今の世の中に、その問への完璧な正解を出せる人はいないよ、きっと……。

 でも、そうなのは今まで生き返る手段がなかったからじゃないか?

 もし当たり前のように、その手段が提示されたら、最初から当然の様にそこにあれば、誰も迷いはしないと俺は思うよ」


 そうだ。これは前世界での医療の発展と同じことじゃないか?

 昔は病や怪我により、死ぬ選択しか与えられなかった多くの人達がいた。しかし、時代の移り変わり、技術の進歩によって死の危機を回避する術を手に入れてきた。

 それと同じだ、差があるのだとしたら、対象が生きているのかと死んでいるのかだけ……。

 生きる意思がある者は皆、治す手段があるなら、生き残る可能性があるなら、生きるを選択する。

 そして、時にそれは個人の意思を跳ね除け、生きる権利を他人が選択することもあるだろう。それとほぼ同じじゃないかな。

 生き返りたい、生き返らせたい人が、生き返る、生き返らせる手段を得たら……きっと迷わないんだ。


「…………」


 マナは再び黙ってしまった。そんな悲しそうな顔しないでくれ……。俺の決意も揺らぎそうになる。止めるべきなのだったかもしれないと、後悔しそうになる。


「わからないなら、とにかく見届けるしかない。先生も見届けてほしいって言ってたろ」


「…………」


 マナは何かに押し潰されそうになっている。そんなマナにエリカが寄り添うように、肩を支える。


「そうよ……マナ。正直、私はこの魔術の存在自体、反対だから見たくもないわ。  

 でも、ここまで関与した、知ってしまった私達には見る責任があるの……」 


「そう……だね」


          ・

          ・

          ・


「よし、完成だ……」


 完成した魔術陣は、先程描かれていた物と、内容はともかく形は似ていた。しかし、内円が2つだったのに対して、これには内部に3つの円が描かれていた。

 

 そして、そのうちの一つに金属のペンダント、もう一つに先生が用意した長さ1メートルぐらい黒い布に包まれた何か物体……。


「では……始めるよ。覚悟はいいかい?」


「はい」


 先生は魔術式を慣れた手付きでアッサリと発動させた。魔術陣は円に沿って、赤黒く形取るように光り輝く。


 そして、先程と同じように、あたりが視認出来なくなるほどの光に包まれた。


 周りが見えるようになる頃には、陣の三つ目の円。そこに、エヴァのお姉さんだと思われる黒い布に包まれ眠った幼い少女と、その子を抱くエヴァの姿が見えた。


 エヴァはその少女を抱き、狂うように泣いていた。


「これが蘇生魔術……」


 先生は汗一つかかずに、本当にあっさりと成功させてしまった。

 エヴァのあの様子から、あの幼い少女がエヴァの姉であるのは間違いない。成功したのだ蘇生魔術が……。


 しかし、いいのかだろうか、こんな魔術は存在して。

 わからないと思っていたが……やはり危険なもの、人間には生物には過ぎた魔術なのかもしれない。


 この魔術にどれぐらいの労力や犠牲が伴っているのかは知らないが、一見して人ひとりが蘇るにしては軽すぎる。簡単すぎる気がする。

 

 これでは、世界のバランスが簡単に壊れてしまう……。色々な価値観が崩壊してしまう。


「成功したんだよね……?」


「そう……魔術は大成功だ。この魔術を見た人々は例外なく奇跡だという……。

 でも、実際は全く別物だ」


 魔術を終えた先生はこちらに来て、思わせぶりなことを言った。この現象を奇跡、意外になんと表現するのだ?


「……どういうことですか?」


「私の蘇生魔術は、材料とその人物の僅かに残った個人の構築情報から、外観と記憶を完璧に引き継いだ新たな生物を作ってるだけなんだ。奇跡なんて、偶発的な物ではない」


 先生からしたら、もはや奇跡ではなく。再現性がある当然の現象なのか……。


「……私は奇跡であってほしかったです。こういった現象を奇跡と呼ぶのは、それが何度も出来ては、駄目だからだと思います……」


「そうだね……。エリカ君の言う通りだ。でも、この魔術はそもそも奇跡と呼べるほど、美しくない。欠陥魔術だ」


「どういう意味ですか……?」


「エヴァ君が抱えている、あの少女は、まるで本物の様に見えるだろう。当然だ……。生物として、人間として必要な細胞、組織、器官等が揃ってしまえば、完璧に再現してしまっては、それは動いて生きてしまう。あの少女の肉体は紛れもなく、エヴァ君の姉そのものなんだよ」


「待ってください! でしたら、やはりこの式は完璧な蘇生魔術言えるのではないですか?」


「肉体は同じ……。でも、本当の中身となる魂は当初の物とは別物なんだ。記憶を持った肉体に新たな魂が宿っただけ……。

 私はこの事に『ある人』にキッカケを与えて貰うまで、気づくことが出来なかった。

 なんせ見た目は同じ、そして記憶まで持っていては、普通……疑う余地などないだろう?

 だから、あそこに居るエヴァ君の姉も、ほとんど本人だと言っても過言ではない。だがしかし、本質的には本物の模造品でしかないのだよ……」


 なんだか、今の話は俺の今の境遇と一致している気もした。記憶を持った肉体に別の魂が乗り移り……再び誕生する。

 ユウが死んで、別の魂である俺がこの肉体に宿ったとか?

 まぁでも最初、俺はベット上でただ寝ていたし、全く同じとはいえないか……。


「クロード先生、それはあまりにも……」


「私が無責任だと思うかい?」


「はい……」


「正しいよ。そう……私は無知な人間だ、完璧ではない。無責任なことに、他に手段がなかったなんて理由で、この行動を起こした……」


「他に方法がないから?」


「……私のあの魔導書を盗もうとする人々は、いつもギリギリなんだよ。

 自分を犠牲にしてでも、誰かを蘇らせようとしている人ばかりでね。そして、大抵は失敗して絶望するか、私に懇願したり、私を脅迫したりもする。まぁ全員、結局失敗におわるんだけどね。

 でも、彼女の才能は本物だ。失敗で終わりにならない。いずれ数年後には彼女自身の力だけで蘇生魔術を、どんな形であれ成功させていただろう。

 そうなれば、未熟な彼女は自分を犠牲にしていたかもしれない。そして、残るのは本物の姉の記憶を持った偽物の少女だけだ。

 そんな結末を迎えるくらいなら、今私が犠牲なく実行するのが、最適なんだ……」


「でしたら、蘇生魔術の真実を今、やる前に教えてあげたらよかったのでは?」


「確かにそうする手もある……。しかし、私が真実を伝え、蘇生魔術の存在を否定しても、今の私の言葉を彼女は信じてくれないだろう。

 偽の魔導書が用意されていたという事実がある限り、彼女は蘇生魔術の幻想に縋り、決して諦めない」


 そうならないとは言えないか……。


「でも……幸いにね、交換条件でエヴァ君のいらない者は、私が貰い受けた。だから私が犯した間違いを彼女が通らないように、私が側でゆっくり教え導いていくさ」


「先生……」


「それと、君たちに真実を教えたのにも意味がある。 

 今のエヴァ君ではまだ、この真実に気づけないだろうし、気づけたとしても直視できないだろう。そうなると真実を知っていく彼女の周りには、真実を知っている大人も友人もいたほうがいいからね。

 頼りない話だが、その役は私独りでは担えない。……だから君達には、彼女の心の支えになってあげてほしい。

 これは先生としてではない。個人的な話になる。どうかエヴァ君のことを、よろしくお願いするよ……」

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