第71話 いらない
「なんで……なんで……私は心配したの?」
絶望が彼女を襲う。
「何が……起きた?」
魔術式の光が止んだあと、そこに居たのは、最初と変化なくエヴァであった。確かに彼女は一度消えた。しかし結果的には、ペンダントがあったもう一つの円の中に移動しただけだったのだ。
「そんな、そんなはずない。私は……間違えてない。書かれている通りに理解してやった……」
エヴァ本人、状況が理解できていない様子だが、こちらからしたら、さらに解らない。
「……どうなったんだ?」
「これって魔術は失敗したの!?」
「いえ恐らくは……成功してる。
この魔術式自体は、正常に発動した。でも、これは彼女の望んだ式じゃなかったのよ」
「そう……正解だ。これは転移魔術の一種だよ」
その場にいた誰もが、理解が追いつかない状況のなか、突如として聞き覚えがある大人の声が聞こえた。
「先生……なんで?」
エヴァは俯き、先生に疑問を投げかける。
そう声の主はエヴァが大事そうに抱えている魔導書の著者であるクロード先生だった。
全く気づかなかった。いつから居たのか、俺達しか居なかった筈の屋上に、忽然とクロード先生が現れたのだ。
「先生……私を嵌めたんですか?」
先生はいつも冷静だ。整った顔は一切乱れない、顔色は変わらない。この状況に何一つ驚いていない。
「いいや、私は何もやってないよ……。
君が勝手に、私の魔導書を持ち出して使っただけだよ」
先生はいつ、魔導書が盗まれたことに気がついたのであろう。俺達はここに来る直前に、もう一度、先生に相談するために研究室を訪ねたが、やはり留守だった。
なら、おかしくないか?
その後に、先生が状況に気づいてここを突き止めたとしても、来るのが早過ぎる気がする。
先生はもしかして、最初から気づいていたのか……。
「ごめん、ごめん。本当のことを話そう。
実は私の研究室には、簡易的な魔術錠しか、してなかったし、その本だって豪勢な魔術仕掛けの引き出しに、それとなく隠しておいた。
つまり、私の部屋に忍び込む輩がいれば、その本に辿り着くように配置しておいたのさ」
「…………なんで、そんなことを」
エヴァは先生を恨めしそうに睨む。
「そう睨まないでくれ。私にも守らねばならないものがある。
私が開発した魔術……魔術世界から封印された禁術を求める人は多くてね。これは魔導書を狙う者への対策の一環さ。
でもね……正直、私は驚いているんだ。今まで、何人もの生徒が同じように、私のその偽の魔導書を盗んで術を発動しようとした。
そんな中で、君が初めてだ。
その『転移魔術』を完璧でなくとも、ここまで正確に発動させたのは。
君は今まで相当な努力を重ねてきたんだろうね。認めざるを得ない……君は魔術師として、素晴らしい技術力をもっているよ」
「いらない……。
いらない! そんな才能!!!
ほんとうに天に神がいるんだったら、こんな物を私に与えてくれなくてよかった!
家族を一人も奪わないで欲しかった!
せめて!! せめて……。私に才能があるんだったら、家族の一人ぐらい取り戻させてほしかった……」
少女は天を呪い、天に本当に欲しかったモノを懇願する。しかし……天は彼女に二物を決して与えなかった。
「……なるほど。ならば、ちょうどよかった。
そんなに才能がいらないなら。盲目な神なんかに願うより、その才能を私にくれないか。もちろん、交換条件ありでね」
「えっ……?」
「君がそのいらない者を私にくれるなら、君が望んだ物を何でも変わりにあげようじゃないか」
「先生、待ってください!! そんなこと言ったら!!」
エリカはその交換条件の危険性を理解し、止めようとした。しかし手遅れだった。
エヴァは悩む間もなしに答えを導き出す。
「何でも捧げます!!
だから、家族を……私に姉を返してください!!! お願いします……」
「よかった、交渉成立だね……」




