第69話 禁忌
トラップは魔術を行使した者に、反応する拘束型のトラップで、対魔術師用の物だった。エリカは魔術を使わなくても強いから、相性が良かった。
俺たちは拘束されていた魔導具で逆に彼女を拘束した。
「少し強く押さえつけすぎたわ。ごめんなさい……。あなた、名前は?」
「…………」
女生徒は各証言通り、漆黒のマントにピンク髪をしていて、上級科の生徒だった。そして、ネクタイの色は白色。国立学院ではネクタイの色が一回生から白、青、黄、緑、黒となっている。つまり、俺達と同じ一回生だということだ。
「ねぇ……名前も話せないの?」
「野蛮な魔族はキライ……」
「あっそ……。私とは話す気がないようだから、ユウ、マナ任せるわ」
「任せるって、言われてもなぁ……」
悩んでいる俺を見て、マナが話を切り出す。
「えっと……貴方、エヴァさんだよね。
たしか哲学のとき、先生にそう呼ばれてた」
そういえば、前の席に座っていた気がする。上級科の生徒が普通科の講義を受けてるのは目立つから、なんとなく俺も覚えていた。
目を瞑りそっぽを向いていたピンク髪の少女は、名前を言われて少しだけ反応した。
「黙ってても進まないわね……。
そう……私は上級科一回生のエヴァ モルガン」
意外に素直に話してくれるんだな。まぁ、少しは話をする意思があるようで良かった。
「それで、エヴァさんは何しようとしてたの? この魔術式を書いて」
旧校舎の屋上には、床面を殆ど覆うほどの大きさの読めない魔術式が描かれていた。
基本的に魔術式は、脳内で描くものだ。こんな使い方をしない筈だがな……。
エヴァは書かれた魔術式を見て、悲痛の表情を浮かべている。
「そこは話してくれないか。
でも、この魔導書のタイトル通りだとすれば……」
俺はエリカが持っている魔導書を見る。
魔導書には『外式変換魔術による死者蘇生術について』と書かれている。クロード先生の研究本の一つだろう。でも、こういった禁忌魔導書は原本は封印されて、他は全て廃棄されたと聞いたが……。これが原本だとしたら、あまりに管理がお粗末としか言えない。
「貴方、本当に上級科の生徒なのかしら?
やっていい事と、駄目なことの区別もついてない貴方が……。
それに死者の蘇生なんて、出来る筈がないでしょ。この本に書かれている理論はめちゃくちゃよ。
ほんと……なんで貴方が上級科で、私が普通科なのよ」
エリカは魔導書をパラパラと捲りながら、目をしかめる。
「黙って……。その本が理解できないのは、貴方が無知なだけ……。
大体、私がやろうとしてる事を魔族なんかにとやかく言われる筋合いない。
私の気持ちなんて、絶対わかんないくせして」
「貴方の気持ち?」
「戦争で家族は皆死んだ。そして私の元に戻ってきたのは……。
誰の……誰のせいでこんな世の中になってると思ってるの?」
エヴァもユーフテス出身なのか……。
「フッ……そういう事。
そんなのお互い様よ。今の貴方に、私の気持ちなんて絶対にわからない。
でも貴方がそうなったのは、少なくても私のせいではないのは確かよ」
「はぁ? なにいっての?」
「なに? 事実でしょ」
「二人ともやめろって。そんな言い合いしても意味ないだろ」
「そうだよ。僻みあっても収拾つかないよ」
「…………」
「いいぇ……収拾もなにも、私達は何もしなくていいのよ。コイツを先生に突き出せば、私達の仕事は終わりなんだから」
そうだ。俺たちは無関係だ。たまたま先生の魔術書を盗んだエヴァを見つけて捕まえただけだ。罪の追及は俺達の仕事じゃない、先生に引き渡して終了……。
しかし、ここまでしておいて何だか。俺達に、エヴァを止める権利はあるのだろうか。
確かに、エヴァの目論見は褒められることではない。先生の研究室から勝手に魔導書を持ち出して、言ってしまえば私利私欲のために無断で使おうとしている。それに行使しようとしている魔術は禁忌とされている死者蘇生の魔術……。
でも魔術世界で決まっているから認めないなんて、柔軟性を欠いた考えでいいのか?
これはエヴァにとってリスクを背負って、自分の全てをかけてでも、やり遂げなければならない事ではないのか?
それを俺たちが事情も聞かずに止めるなんて……。
「待ってくれ。死者蘇生の魔術、やらせてあげないか?」
俺の発言に全員が驚きを見せる。エヴァすらも、目を見開いて驚いている。
そんなに驚くことかだろうか……。
いきなりで共感を得にくい案だが、間違いでもないと俺は思っている。