第55話 空気
5組の指定講義室の前。
中からは俺が集合時間ギリギリだということもあり、複数人の話し声が聞こえてくる。
扉をあけ、中に入ると新学期特有の少し皆がぎこちなく噛み合わないような、ある意味で新鮮な空気感が漂っていた。
そんな中、同郷の仲で最初からグループを形成している者達もいれば、知らない者同士で新たなコミュニティを築こうとする者もいる。
しかし、俺には彼ら彼女らよりも明らかに浮いている二人の人物が目に入る。先程、クラスの名簿に軽く目を通したから知っていた。
このクラスには顔見知りがいるのだ。
とりあえず、まだ最初の学院生活オリエンテーション開始までは少し時間がある。これから5年間は顔を合わせる訳だし、挨拶しておくべきだろう。
一人は講義室の隅の席で、本を枕に寝てやがる。アイツは……後回しでいい。
もう一人は難しい顔をして、窓から外を眺めている。なんだか話しかけ辛い雰囲気を醸し出しているが、挨拶ぐらい構わんだろう。
「エリカ、おはよう。同じクラスみたいだな」
「…………あっち行って、目ざわりよ 」
えっ……?
エリカの俺に対してのそっけない態度への疑問を覚えると同時に、衝撃を受けた。
俺がエリカに話しかけた瞬間。時が止まったかのように、講義室全体が静まり返ったからだ。
なんだか周りの視線が痛いのは、気のせい……ではない。明らかに今、俺に視線が集まっている。不思議な物を見つめるように皆、呆気にとられている。
あぁ、そうか……。つい普通に話けてしまった。ここは人間の学院だったんだ。
タイミングを伺うべきだった。気遣いがなっていなかった。
俺は前の学院で魔人がエリカがどういった扱いを受けていたか知っていた筈だ。遅いながら、今はまずかったと悟る。
エリカは俺と目を合わないように、俺を知らない体でそっぽ向いている。エリカなりの配慮だろうか……。
「と、とりあえず、一年間よろしくな 」
「…………」
俺は本当に情けない。胸を張って、自分の考えを貫くとか考えていたのに。今になって、エリカの突き放すような冷たく重たい発言に、周りの刺すような視線にビビって引いてしまった。
だが今は……変な言い方だか、深く踏み込まなくて正解だったのかもしれない。今はエリカも話してくれる気はないようだしな。
皆の突き刺す様な視線を受けながら、俺はエリカの少し後ろの席に荷物をおろして座る。
しばらくして周りを改めて見ると、みな何事もなかったかのように、再びお友達作りに勤しんでいた。
その後、すぐに5組の担当教員が来て、学生オリエンテーションが開始された。
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今日の簡易的な学生生活に関するオリエンテーションが終わりを迎えた。
新入生の始まりにしては随分と地味だが、それはあくまでも上級科がこの学院の顔であるためだろうな。
姉さんが言っていたが、上級科の入学式典は、それはもう大層に盛大にお金と時間をかけて行われるらしいからな。
オリエンテーションが終わり、各々が自身の決められた寮に準備して移動している中、未だに寝たままの呑気な生徒がいた。
アイツ……まじか。まったく何で入学初日から、気持ち良さそうに爆睡かましてんだ。
教室から、ほとんどの生徒が立ち去ったあと、もう一人の知り合いに話しかけることにした。
「おい、起きろマナ!」
「ムリぃ~なん〜、あと5分だけ……」
「な〜に寝ぼけやがる。おきろって!」
俺は少し声を張って起こす。
「もぉ〜、だれ……? あれ? ……ユウじゃん」
一瞬、マナの目が挙動不審に動き、辺りを見渡した。そして安心したように、俺と目を合わせる。
「あぁ〜! ほら言った通りでしょ。劇的な再会に感動した? 」
絶対に占いの事を言われるとおもったが、だいたい……。
「こんなことで感動するかっ!! この前は俺が学生服だったんだから、これぐらいの予想ならつくだろ! 」
「えぇっ! まだ信じてくれないの! ユウの嘘つき、約束したのに! 」
「……いや信じたいけどさ、もっとこう確信を持てるような、予測ができない占いはないのか? 」
「そんなこと言われてもぉ……。私の占いはそんな軽々しくできないの 」
「だったら申し訳ないけど、まだ信じることはできない 」
「……やっぱり……信じれないよね。
ハハハ……そうだよね 」
声しか笑ってないし、アホ毛が机につくんじゃないかと思う程、マナは露骨に気を落とした。
「なんだよ……そんな落ち込むことか?
だいたい、一回で信じる方がおかしいからな。
まぁ、またチャンレンジしろよ、いつでも聞いてやるから……」
「…………」
返事はなく、また泣き出してしまうのではと、俺は慌てて話をすり替える。
「そ、それよりお前ずっと寝てたけど、大丈夫なのかよ?」
「えっ……。えぇぇ! もしかして、オリエンテーション終わっちゃったの? 」
「そうだよ。まぁ、大した話じゃなかったし、とにかく今は自分の寮行って、同じ部屋の人に詳しく聞けばいい」
「あ〜、そうだね……。できたら聞いてみようかな……」
なんか自信なさげだな。
俺がマナと話している最中。エリカがちょうど寮に移動しよう講義室を出ようとしているのが見えた。
再び話しかける機会を伺っていたが、もうここしかない。まだ、廊下辺りには数人の学生がいるが、構ってられるか。
俺は駆け足でエリカの後を追い、廊下に出た。
「待てって、エリカ。その……さっきは変な態度をとって悪かった。改めて一年間、よろしくな」
「めざわりだって言ったでしょ…… 」
「それはないだろ。俺達はもうー」
「いい加減にして! アンタの事を思ってやってるのに台無しじゃないの……」
「なんだよ。俺が無視しろなんて、いつお願いしたんだ?
このあいだは、普通に話したじゃないか!」
「あ、あれは、もう会わないと思ったからよ…………それより、なんか、あんたの後ろに付いてきてるわよ」
「えっ?」
後ろにはマナが様子をうかがい、話に入ろうとしていた。
「エリカっていうの? 私はマナ マクシーム。これからよろしくね 」
「……貴方とも関わる気はないわ 」
「おい! 仲良くしようって言ってるだけなのに、そんなこと言うなよ」
「人の気も知らないで……とにかく、私には構わないで!!
お願いよ…… 」
また悲しい顔、諦めた顔を俺に見せた。
やめてくれ、その顔はもう見たくないんだ……。
「待ってて!」
エリカは今度は俺の呼びかけに答えず、足早に立ち去ってしまった。
「行っちゃったね、追いかけなくていいの?」
「行っても、今は話し聞いてくれないだろ。
なぁ、疑問に思ったんだが、マナはエリカがその……苦手とかではないのか? 」
「ん? あぁ〜……私は別にエリカを特別扱いしないよ。
そうだね。もしかしたら、私も似たような物だからかも 」
「似たようなもの? 」
「たぶん、すぐにわかるよ……。ユウには今度また詳しく話すね。
それと、やっぱり明日でいいから、簡単に今日の内容教えて。じゃあ〜私も寮に向かうね」
「あぁ、わかった。また明日な」
マナとエリカが似たようなもの……なんの事だろうか。
二人が去ったあと、見慣れない少女が、話しかけてきた。
「ちょっと、そこ貴方!」
連続で忙しいな、息つきの暇もない。
「信じられない、何考えてんの?」
黒いフレームの眼鏡に、後ろ髪を三つ編みにまとめた真面目そうな少女が話しかけてきた。彼女は確か、同じクラスにいた女子生徒だ。
「何のことだ? 」
「何って……アイツ等二人、魔人と呪いの魔女に話しかけたことよ。まさか、赤いチョーカーをつけてる意味は知らない訳ないでしょ?
まぁ、呪いの魔女のことを知らなかったなら、危険だから近寄らない方が身のためよ」
あぁ、なるほど。タイヘンタイヘンためになるアドバイスという訳だ。魔族とはエリカのことだろうが。呪いの魔女って誰だよ。まさかマナのことを指しているのか? 冗談がきついな。 ありゃ、タダのインチキ占い師だ。
「なんだ、それは……。二人に話しかけたら、俺の身に何か起こるかよ? 」
「何きれてんの? わざわざ心配して言ってあげてんのに。意味不明なんだけど」
真面目な顔立ちで、誠実ですって雰囲気を出している割に、口悪いな。
でも、俺自身怒っているつもりはなかったが、二人が危険な存在だと当然のように決めつける態度に頭がきていたらしい。 イライラしていた。
「いや、すまない。そういうつもりはなかったんだ。心配してくれて、ありがとう……。
でも、大丈夫だ。俺は自分の友達ぐらい好きに選ばせてもらう 」
「なによ……。後悔してもしらないわよ!
たしかにっ! 私は忠告したからね!!」
怒って行ってしまったな……。俺はもう少し、マシな対応をとるべきだったかもしれない。
彼女は本気で俺を心配して声をかけてくれたんだと思うし。わざわざ初対面の俺に話しかけ、心配してくれた彼女は優しい人なのだろうから。
しかし、ここで彼女の話に乗ると、アイツラとの距離が離れる気がして、嘘をつくことができなかった。
それにしても、マナが呪いの魔女って。
フッ……バカバカしい。想像したら、鼻で笑ってしまった。全然似合ってないぞ、まったく。
だが、そのことは明日、また聞いておかなければないらないな。彼女が嘘を言っているようにも、見えなかったから……。




