第43話 得たもの
足がまだ痛むのか、エリカは足を引きずるように、痛めた足に負担をかけないように歩いていた。
無理をして、アリシアも連れずにきたということは、俺にこれ迄の悪態でもつけにきたのか?
いや、その決めつけはよくない。とにかく俺に用があるのは確かだろう。
エリカは俺の座る椅子の近くまで来た。全体のなんとなくの雰囲気から、怒っている様子は読み取れない。どうやら先日のように話し合いにすらならないということはなさそうだ。
しかし今現在、なんとも気不味い空気が流れている。
なんと声をかけたらいいか迷っていると、エリカの方から話を始めた。
「まったく……何でアンタが、全て終わったみたいな、暗い顔してんのよ」
なんだって……?? 今そんなにヒドイ顔してるのか。確かに先程から心が騒がしいかった。可怪しいと思っていた。
俺はまったく後悔なんてない筈なのに、心には負けたことへの悔しさが溢れていた。
そうか、ユウお前は、そんなに約束が大事だったのか……。
しかしエリカだって、自分の試合で負けて、泣くほど悔しがっていた筈なのに、今は割り切ったのか、清々しい顔をしている。
負けても、くどくど考え込むタイプではないのかもな。
「試験の結果が芳しくなかったから、つい落ち込んでいたんだ」
「それは悪かったわね」
「いや、昨日の試験の話で、お前は関係ないよ」
本当に様子がおかしいな。てっきりいきなり罵声でも浴びせかけられると思っていたのだが、もじもじとして、どこか落ち着きがない。
「ていうか! いつまで立たせるつもりなのかしら、椅子空けなさいよ」
「え? あぁ、ごめん」
全然、気が回ってなかった。確かに足を怪我した相手を立たせたまま、放置するとはなかなかに鬼畜な所業だ。
俺が場所を空けるため、おずおずと椅子の端に寄るとエリカは少し間隔をとった位置に腰掛けた。
「まったく、気が利かないんだから……。
ねぇ、昨日って言ったけど。今日だって馬鹿してたじゃない。魔力を使い切るなんて、今どき、7歳の子でもやらない間違い。はっきり言って、最低評価もんね」
「ごもっともだ、返す言葉もない」
「………ちょっと凹まないでよ。根性ある生徒と評価されてる可能性もあるわ。きっと!」
もしかすると……これは。エリカなりの励ましなのか?
実際に魔術師として、かなり恥ずかしいミスだったから、フォローしてくれてるんだ。
このエリカの不器用な励ましは、今の俺にはとても助かる物だった。そして、同時に頑張って俺を励まそうしてくれたエリカの姿と元のイメージとの乖離に少しだけ笑えてくる。
「なに笑ってんのよ、気持ち悪い」
「いやさ、それ言うためにわざわざ、来てくれたと思うと何だか可笑しくてな」
「別にあんたのためじゃない。ただ一言、負けたことへの、文句を言いに来ただけよ!」
なんだよ。可愛げがあるじゃないか、もしかして、これがツンデレという奴なのかな? 初めて出会ったな。
「そうか、そうか」
「なんか、イラつく……」
「…………」
「…………」
会話が途切れ、沈黙が続く。当たり前だ。こうやって、エリカと普通に話したことなんて、学院時代から今までないのだから。
兎に角、共通点は少ないし、クラスが別だったとはいえ、同じ学院だった筈のエリカの事を何も知らない。だから、俺はろくに話題も振れない。
「あ、足、すまなかったな。大丈夫そうか?」
「えぇ、今は少し痛むけど、大したことないと思う」
「よかった………あと。さっきはどうかしていたよ。借りなんて言って強制して悪かった。お前達の心情を無視した行動だった、後悔してる」
「別に、終わったことだし。それに本当に協力する価値がない物なら、関係なく逃げてた。だから、もういいわ」
「そうか……」
前日の教室の時とは、俺に対する態度が打って変わっていて、内心驚きが絶えない。何か劇的な出来事でも合ったとさえ、思えるほどの変わりようだ。
だが、まぁ俺からして嬉しい変化ではある。
これからは周りにどう思われようと、俺はエリカやアリシア等の魔人達と仲良くしていきたいと考えていたからだ。
もしかしたら、それはただ単に自分がユウとは違う人間だと証明したいだけなのかもしれないが……もう自分の心に嘘はつきたくない。
俺は夢羽なのだから………。
しかし今日は時間的に、あまり悠長なことはしていられない。折角、エリカが僅かに気を許してくれたのだから、もっと話し合いたかった。でも、外ではアイナ達を長いこと、事情を何も説明もせずに待たせている。早く行って、弁明しないといけないんだ。
俺は立ち上がり、去ろうとした。
「今日は時間も遅いし、もう行くよ……。
だから改めて、お礼に伺ってもいいか?」
「……ごめんなさい。それは無理なの」
「なんでだ? 問題があるのか?」
「違う。私達はこの国を出ていくつもりだからよ……。もともと考えていたの。試験に落ちたら、出ていくしかないって」
驚きはしたが、内心そんな予感はあった。
真意はわからないが、観客席でアリシアが話しかけてくれたのは、最後に俺のあの日の浮かばれない気持ちを察して顔を見せてくれたんだ。
でも、理由がわからない。上級科に落ちたら、国を出ていかなければならないなんてことあるかよ。
「なんだよそれ。上級科に落ちたからって、国を出ていく必要なんてないだろう?」
「駄目なの……。私の目的のためには、少なくとも、この学院でまず上級魔術師にはならないといけないから」
「だとしても、結果はまだ……」
あまりに無責任な言葉を吐きかけたが、その言葉を飲み込みこんだ。結果の発表日はまだ一週間も先だ。でも、俺も同じようなもの、結果なんて聞かなくても、受かっていないことだけはわかる……。
「そう、もう自分で分かってる。
だから最後に、いえ最後は関係なしに言っとく。
今日はありがとう。いまだに、アンタの行動の意味を理解しきれてない。けど、お陰で気づくことができた。
私……私達を虐げる人間への怒りで視野が狭くなって、本当に実現したかったことを忘れて、空回りしてた。
あと最後に私の努力が無駄じゃなかったと、証明できたし。さっきは、あのウザイ外野共を見返せて清々したわ」
「そういって貰えると本当に助かるよ。
……なぁ、余計なお世話だろうが、そこまでの目標を諦めて大丈夫なのか?」
「そうね……。はっきり言って、国を出ていけば困ることになると思う。でも、私達は色々と限界で、諦めるいい頃合いだったのよ。
私はある事情でどうしても、この国に……というか人間の国に残らなきゃならない理由があったけど。絶対じゃない、大丈夫よ……」
「……そうか」
「そんな顔しないでよ。アンタに心配されるほど軟じゃないわ」
「でも……」
「あぁ〜もう! この話しはおわりよ!
少し個人的な話になったけど言いたかったことはこんなもんよ。あと、お礼なんて要らないから、気持ちだけはありがたく頂戴するわ。
……じゃあね、ユウ……。ありがとう」
「あぁ……」
俺はもう何も言えなかった。そして、エリカゆっくりと去っていった。
残念ながら留年なんて、優しい選択は今のこの国にはない。今日の試験はエリカにとっての最初のチャンスであり、最後のチャンスであったのだ。
言葉を濁していたが、エリカの目的が、この国の魔人に対する扱いと関係していることは間違いない。
わかっていたことだ。俺が今日行動したことは無駄だった。魔人への認識は一切、変わらないし、変わるきっかけにもなってないだろう。
所詮、この広大な世界において、ちっぽけな人間独りに出来ることはなかった。俺は無力だった。
でも、俺が見たかった物の、片鱗を見ることができただけでも、意味はあったと信じるしかない。信じないと自分が惨めで前を向けないからだ……。




