第40話 作戦
試合が始まろうとしている。エリカ達の対戦相手が遅れて入場してきた。
ユウは、相手の風貌からはわからなかったが、会場の熱戦から理解した。
何という偶然か、対戦相手はなんと、先程エリカを苦しめたラヴィス家の実の兄であるルークであったのだ。
これはこれは、ラヴィス兄弟のルークと戦うことになるとは、何たる運命だ。それとも試験の運営に仕組まれたことなのかな。まぁどうでもいい。
しかし弟と比べて、ルークの方はそれ程、強くは見えない。体の線が細いせいか、それとも携えている武器が、弟の大剣よりも小ぶりなレイピアだからだろうか。
見た目で判断する行為は愚かだが、何故だか、弟のインパクトに比べると見劣りしてしまう。
でも油断は禁物だ。弟と同じく、恐らくオリジナルの身体強化術式を使う。気を引き締めなければ。
……そういえば観客からは、不思議な光景に映っているだろうな。あくまで、試験の一貫であり、この試合は見世物ではない。
だから、特に選手達の説明等はないのだ。俺たちの状況を知っているのは、試験官と先生、そして一部の学院生徒ぐらいじゃないかな。
傍からは二人がかりで、ルークに挑もうとしている風に見えているのだろう。それが変な誤解を生まなければいいのだが……。
そうこう考えていると、ルークは指定の位置に着いた。
とうとう始まる。緊張が高まり、心臓が破裂しそうだ。
審判が本部に最終確認をして、会場に試合開始の合図が、鳴り響いた。
試合は……開始したが、ルークは剣を構えたまま動く様子はない。
そして、エリカも短剣を構え、相手を目で捉えた状態で静止している。
作戦を決めてはあるが、エリカには試合の進行や作戦決行のタイミングについて、全て任せている。
前試合から分かったが、戦闘スキルや状況判断能力はエリカの方が豊富であろう。
しかし、そうだというのに、どういうことだ。
エリカは全く仕掛けにいかない。まだ、レイピアの間合いを把握しきれてないのか。それとも、ルークに全く隙がないのか……。
ルークを注意深く見ると、彼の表情は無機質であった。
非殺傷性の加工があるとはいえ、相手に打ち込み、刺す剣を構えていると思えないほど、1ミリも微動だにしていない。それほど扱い慣れているのだろう。
ふたりが対峙しただけの膠着状態に、湧き上がっていた会場は、徐々に沈んでいく。
だが……ルークはただ静かになるのを待っていただけだった。会場から声が消える。その瞬間、彼は動き出す。
ルークの身体から魔力が溢れ出る。
キールのように手を抜かず、彼は最初からラヴィス家オリジナルの身体強化術を使用し、真正面からエリカの頭を目掛けての一閃を繰り出す。
その他の魔術師を凌駕する速度から、スピードを重点に置いて、術式が構成されているのが分かる。
エリカはその一閃を上体をさげ、擦れ擦れで躱した。
しかし、ルークは躱す方向を読んでいるように次々と、逃げ場が無い猛攻を続ける。その様は、淡々と生物が呼吸をするかのように、余りに機械的だ。
エリカは魔族の身体能力、持ち前の戦闘スキル、さらに軽くなった武器が有効だったのか、紙一重で弾き、避けていくが……。
戦闘に長けたルークとの攻防など数分も持つはずがなく。戦いの場数があまりにも違いすぎた。
「くそっ! もう……きつい。ユウ!!」
一時、後退して距離をとったエリカからの合図がきた。エリカは右手を前に構えている。
合図は右手と左手にそれぞれ、エリカの土柱の術式、水牢の術式を適用しているため、そのまま使いたい術式が入っている方の腕を前に構えるとしている。
「わかった!」
俺は送信用鉱石を介して、準備していた術式をすぐさま発動させた。
先程の作戦会議でエリカは……。
『使える術式が同じなら、戦法はさっきと同じにするわ。まず、土柱で身動きを制限して、接近して水牢にはめる』
『……なぁ、俺が戦うわけではないから、任せるが、前の試合と全く同じは芸がないんじゃないか。それに相手が前の試合を見ている可能性もあるだろ?』
『何いってんの、同じじゃないとぶっつけ本番になる。それにアンタも見てたからこそ、合わせ易いでしょ……』
エリカの言うとおりだったな。術式発動の遅延を少しでも減らすためには、俺が事前に準備できている方が効率的だ。戦法を同じにすることで、次の行動が読めて準備しやすい。
そして、やはりエリカが努力の末、編み出した式は素晴らしい。簡潔でありながら、求めている適格な結果だけを導き出した応用初級式である。
つまり、組み込む魔力の量が少なくとも、いいように直線的な式なのだ。
他の応用式は自分のオリジナルということも合って、他人には読みづらかったり、解きづらかったりするのだが、エリカの創った式は丁寧で、無駄などなかった。
あとは信じるだけ。俺の遠隔展開術式は、
魔人の魔術発動の負担を実質的に減らせるはず。そして、さらに俺の魔力を使うんだ、エリカのように込める魔力を削減していない分、確実に威力は上がる。
俺の祈りに応えてか遠隔術式発動後、数秒ずれて、エリカの土柱の術式は無事に展開された。
土柱は先の試合よりも速く地面より生え出る。それはより密度を増し頑丈になっており、その質量は相当に大きい。
生身の人間が一撃でもくらえば、確実に致命傷となるほどのパワーが土柱にはあった。
それでもルークには当たらない。簡単に躱される。
だが、そうなることは想定している。
次第にフィールド中央の付近の殆どが高さ10m程度の柱に埋め尽くされた。みっちりとはえた土柱は確実にルークの自由を奪っていた。
ここまでの試合運びは前と全く同じ、次に水牢が来ることは、もう気づかれているだろう。
警戒しているのか、ルークは土柱を避けるばかりでエリカの方に攻めてくる様子はない。
しかし俺たちは、ここから相手の意表を突く。
『それにアンタも見てたからこそ、合わせ易いでしょ………』
『確かにそうだな。
正しいと思うよ……。でも、このままじゃ届かない。相手が誰でも、作戦が同じなんて対策されて終わりだ。
接近出来なければ、水牢で拘束できないだろう?』
『そうね……。でも、私じゃ……身体強化された状態の人間には追いつけない。
相手が事前に情報を調べもしない馬鹿であることを願うしかないわ』
エリカは悔しさから唇を噛み締めている。
『なぁ……提案なんだけど、身体強化を一回だけ足にだけ使うことも不可能なのか?』
読まれているなら、幾ら動きを制限した所で、避けられるだろう。しかし、エリカが身体強化を使用することで、一度だけ相手の速度を上回れる。
タイミングを見計らい、エリカが動く。
ルークとの距離は遠く、まだ油断している。
エリカは土柱の魔術を発動させながら、ルークとの距離を詰める。当然ルークは間合いを理解して離れようにする。でも彼は、エリカの最大速を見誤ってる。
エリカは足元に出した土柱を利用して、さらに距離を縮める。
幾らルークが特殊な身体強化で速かろと、元々の速さに加え、身体強化魔術まで施したエリカの速度にはついてこれない。まず目で捉えれない。
エリカはルークの後ろをとり、左手を構える。俺も当然理解している。たとえ見えていなくとも。俺はエリカが手を上げる少し前から、持っている全ての魔力を籠めて術式を飛ばしていた。
そして、魔術は展開された。
会場内全てを包むほどの大量の水が出現し、その水達はルークを覆うように、形を変え球状になり飲み込む。
成功だ……。先の物より、遥かに巨大な水牢はルークを包み込み、ジリジリと圧力をかけながら、渦巻縮んでいく。あれ程の高密度の水の濁流下に置かれ、息を止めて耐えることも難しいだろう。
あれ……? おかしいな。眼の前が霞み、ぼやけてきた。
魔術を発動させたユウは、その場に突っ伏す。
それに何だ均衡感覚が狂ったように、立ってられない。
そうか……魔力を全て使い切ったんだ。
なんで、こんな大事なことも忘れてたんだ。身体にある以上の魔力を使ってしまったり、使い切ったりすると気を失ってしまう。だから、僅かにでも魔力は身体に残しておかないと駄目なんだ。
これは、この世界の魔術師の常識。
馬鹿かよ、俺は……。
筋肉は痺れ硬直し、身体を支えることが出来なくなる。俺はその場に倒れ込み、水牢に飲み込まれている、ルークを見た。
成功した作戦。先の試合より、圧倒的に威力を上げた魔術。相手が学生なら勝てる可能性は確実にあった。
でも、アイツ……アイツは何であんな状況でも平然していやがる。息もできず、身体全体に強烈な水圧がかかり、息をこらえることも難しくなっている筈だろ。水牢の中、ルークは不敵に笑ったのが目に入る。
もしかして、俺達は最初からもてあそばれて…………。
嫌な想像をしたユウの意識は、そこで途切れてしまった。




