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第36話 敗北

 エリカの試合が始まる前から、恐怖によるものかアリシアは目を背け、まともに試合を見ることが出来てない。姉の勇姿より、姉が傷つく姿を見ることが耐えれないかもしれない。


 当たり前だ、誰もが家族の傷つく姿など、見たくない。


「アリシア、大丈夫か?」


「えぇ……少し辛いだけ、平気」


 しかし、アリシアの感情を無視して周りの観客の熱は留まることを知らずに上がる。


 ……おかしい。何なんだ、この異様な熱量は。エリカの相手が有名な人物だというだけが理由ではないのかもしれない。


 オレ達からして、気味が悪いこの空間で、エリカの試合が始まったのだ。

 

 試合が始まって、最初はエリカとキールは拮抗していたかのように見えた。むしろ純粋な力比べだけなら、押しているようにも見えた。 

 

 だがエリカが魔術を使い始めてから、流れは目に見えるように変わっていった。


 エリカの応用魔術は、繊細で丁寧に構成されているのが、あの土柱の術の完成度からわかる。


 しかし圧倒的に魔力が不足している、術の威力が弱いのだ。


 それは勿論、魔人として込める魔力量をセーブしたためだろうし、エリカ自身も決定打にならないことを理解して上で、上手く利用し立ち回れていると思う。


 でも……なんだか相手の行動が妙に見えてしょうがない。先程から、攻撃と逃げるの繰り返しばかりで、わざとエリカが術を使うように、誘導しているんじゃないか?

 それに、エリカも乗せられているというか、勝ち急いでいるのか攻撃に焦りが見える。


 もし、そうだとしたら……エリカとアリシアにとって、この試合は最悪の展開を迎えることになるだろうな。



 試合は進行していき、最終局面を迎えた。


 オレの悪い予感は的中してしまった。

 エリカは、最後の水で造られた牢の術式が破られ、無残にも負けた。


 やはりキールは最初から魔人の弱点を狙っていたのだ。彼はエリカに敬意など払わず、足蹴にした。


 しかし、最後のキールの一撃は、間一髪で学院の審判に止められたため、本当の最悪は起こらなかった。いや、審判が止めに入った事で、真に助かったのはキールかもしれない。  

 オレの横では、アリシアが途中からキールを、まるで肉食獣が獲物を喰い殺す時に向けるまなこで睨みつけていた。本当によく堪えたものだ。


 もし姉さんが同じ様な状況に陥ったなら、オレでも殴りに………ユウなら殴りに行っていたのは間違えない。


 エリカは審判に連れていかれる形で、退場した。あの傷だ、恐らく医務室に向かうのだろう。


 それにしても、あの審判、何処かで見たような気がする。まぁ行けばわかるか……。


「おい、アリシア何してる。早く医務室に行くぞ」


「えっ……? ええ、そうね」

 

 俺は未だに、キールにとってかかるのを、我慢しているアリシアを引っ張って、直ぐ様、会場の治療室の前まで来た。



「もう終わり……。全部終わったの。

 これまでの全て、む、無駄になった。

 私はなんのために……なんのために……」


 声は部屋の外まで届ていた。あの強気なエリカからは想像できない、今まで堪えていた全てを吐き出すかの様に泣いていた。


 声からは悔しさが滲み出ていた。そして、医務室には、もう一人寄り添うに優しい声をかけている人物がいた。オリビア先生だ……。


 なぜ審判員をしているのかは知らないが、あの時のオレの頼みを実行してくれているようだ。


「アリシアいってやれ、お前の声なら届くだろ……」


「わかってる。ただ……決意に時間がかかっただけ」


 エリカは負けた。この日に向けて、何年前から、どれ程の努力をしたのかは、オレには与り知らない。だが幾ら努力しても、目標が叶わないなんてこと、人生においては山ほどあり、そして普通のことだ。世界の法則を覆せるほど、独りの力は強力ではない。


 それはオレ自身にも言えることだ。オレは仕方がないと心に言い聞かせて、浮かび上がった別の感情を殺すしかなかった。 


 アリシアが部屋に入っていくのを見届け、オレは一度、控室に戻ることにした。


         ・

         ・

         ・


 選手の控え室に戻る廊下の途中、ある二人の話し声が聞こえ、思わず聞き耳を立てる。


「キール……お前の行動は、ラヴィス家の品位と威厳を著しく下げるものだ。身の程を弁えろ」 


「ごめんて。わかってはいたんだよ、兄さん。だが、オレはど〜うにも魔族を見ると、気が立ってしょうがねぇんだ」


 姿は見えないが話しぶりからして、どうやら先程エリカと試合をしたキールと、その兄のルークのようだ。


 少し罪悪感が芽生えたが、それ以上に興味が上回り、そのまま聴き続けてしまった。


「お前の性格は理解している。だが、あの程度の挑発に乗るな。そろそろ我慢も覚えるべきだ。お前の行動一つで、我家の品格が下がることはわかるだろう」


「だがよ……。兄さんも思わないか?」


「なにがだ?」


「魔人がこの国にいること自体が間違えているって。アイツらは魔術を使うだけで、体が痛みで硬直し、戦士としても役に立たず。しかもよ、魔術で稼働する道具もほぼ使えず、まともな労働力にもならない。

 さらによ、もし戦争になったら、相手に寝返る可能性も秘めている始末だ。まさに、この国の邪魔者だ」


「……お前が言わんとすることもわかるが、とても極端な話だ。

 それに、この国は魔人を受け入れると言っているのだ。そして私達もまた、同じく拾われた者だ。だから、国の方針には従わなければならない」


「方針って……ダラダラと魔族との戦争を伸ばすことかよ? あぁ〜こんな事なら、やっぱクロムに行っとくべきだったんじゃねえの?」


「……クロムでは良くて捨て駒にされるだけだ。私の大願は果たせない。

 それに方針に従うと言っても……少なくとも、今はだ」


「あぁ、なるほど……。『今は』か。期待してるぜ。兄さん」


 ラヴィス達の会話の内容はエリカ達と関わりを持ったオレが聞いていて、気持ちが良いものではなかった。しかし、正直な話。二人の理屈もわかってしまう。コチラの世界の常識、俺の前世界の常識のどちらで考えても、魔人の扱いは難しいものだとわかる。


 でも、オレの心には悔しさの感情が込み上げた。先程のエリカの試合での姿を見て、胸に熱くなる物を感じていた。エリカの事情は全く知らない。

 しかし、ボロボロになってでも叶えたい夢に、頑張れと負けてほしくないと心から、願うことになんの間違いがある? 


 俺は控室に戻るのを止め、走り出していた。


 あぁ、これから行おうとしていることは、いたたまれない、この気持ちを抑えるためだけのものだ。


 ただ、ただ悔しくて、理不尽な世界を変えたくて、エリカをバカとした奴らにひと泡吹かせたい。


 とにかく! 


 どうにかしないと、何かしないと!


 自分が発狂する!!!


 オレは、暗く陰鬱な雰囲気が漂う治療室に何の躊躇もなく押し入り、宣言した。


「おい、エリカ!! 話がある!」


 オレが入った瞬間に、部屋の空気がガラッと変わるのがわかった。それは決して良い空気ではない。部屋にいる全員がこちらを変な目で見て来るのがわかる。しかし、そんなことはどうでもいい、関係ない。理解などいらない。


 俺は!! 自分がやりたい事を勝手にやらせてもらう。

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