第34話 魔術師の戦い
学生たちは、必死の戦闘を繰り広げている。皆、この日のために、磨き上げてきたオリジナルの術式を使い、少年少女は己の限界を超えて挑み続ける。この真剣な試験を見て、蔑むものはいないだろう……と思っていたら。
「これは少し期待しすぎたかしら。まぁ所詮、学生だもんね」
試験が開始して、九組目の観戦中に、アリシアは辛辣な意見を吐いた。
確かにぎこちなさや、迷いを見受けられたし、正直、普段見ているアイナ達の術式よりも様々な面で少し見劣りもする。
しかし学生らしく、細かな工夫がある術式を使った戦いができていたと思うのだがなぁ。
…………いやいや、オレは何様のつもりだ。今までの生徒全員が現状のオレより優れていたのは間違いない。なにを偉そうなことを考えてんだか。
「随分と手厳しいな。てゆーか、アリシアも同じ学生だろうが」
アリシアは本気で失望しているようで、一切、顔から感情が見えない。
「でも、私より遥かに年上じゃない。散々、私達をバカにしてきた人たちが、私より弱いなんて、見たくなかったし。認めたくないわ」
アリシアは今、恐ろしいことを言っている。つまり、アリシアは戦闘の実力で彼らを上回っているらしい。
「ということは、オレより強いってことじゃないか」
「さあ? まぁ、ユウの実力を見てないから、知らないけど。もし……あの人達と同程度なら、そうなるわね」
魔人と対峙したことがある訳ではないが、この自信のあり様、虚言ではなさそうだ。
実際にアリシアと戦っても、オレは勝てないだろう。
やはり魔族の力を上回るためには、相当な修練と発想が必要となる。現時点のオレ達、中級魔術師では、魔族は当たり前として、魔人にも勝てないんだ。
「そろそろ九組目も終わりね。確か、次が姉さんの番」
もう始まるのか、何故だか知人レベルのオレまで、ドキドキしてきた。
オレですら、額から汗が滲むほど緊張しているのに。妹のアリシアの心労は計り知れないものだろう。
いや待てよ……。さっきの話からして、もしかして余裕の勝利を収めるんじゃないのか?
「ふと思ったんだが、アリシアが余裕で勝てるなら、エリカも圧勝するんじゃないか?」
アリシアは考えることなく、はっきりと即答した。
「いえ……決して、そうはならないと断言できる。この試合条件じゃ、姉さんは相手が誰であれ、苦戦を強いられるでしょうね」
最初、なぜ圧倒的に地力もあり、魔術もつかえる試合で、エリカが苦戦するのかが理解できなかった。しかし記憶の一部、昔オリビア先生から習ったことを思い出した。
「……すっかり忘れてた。魔人と魔力の関係を。確かに魔術を絶対に組み込まなければならない試合では辛いだろうな」
「そう……魔人と魔力の相性はほんとうに最悪。
だから出来る事なら、魔術なんて使いたくないし、魔力なんて持っていたくもないわ」
魔族には魔力を持つための回路……器がないと言われている。その影響は魔人にもあり、使わなければ、殆ど問題は起こらないが、過度に魔術を行使する場合は身体を内側から徐々に破壊され、肉を引きちぎられる様な痛みが伴うらしい。
そして先程、脳裏に過ぎった違和感の正体がわかった。魔人であるエリカが、上級魔術師を目指すという行為が珍しく、困難を極めるものだったからだ。今まで、我が国では魔人である者が、上級魔術師になったという事例はなかったはずだ。
九組目が終わると、次の選手が審判に呼ばれて顔を覗かせた。黒に赤みが混ざった髪、整った顔に鋭い眼光をした少年は、若いながらも鍛えられた肉体に、背丈ほどあるぶっとい大剣を背負っている。
その堂々たる態度は、明らかに今までの生徒とは違う存在感を放っていた。
少年の登場を待っていたかのように観客席から歓声が湧き上がり、今日一番の盛り上がりを見せた。
周りの歓声や会話から分かったが、どうやらユーフテスの元貴族様らしい。残念ながら、その方面に疎いユウは存じていないが有名な人物なのだろう。ユウも一応、ユーフテス出身なのだがな。
「姉さん、運が無い。よりにもよって、ラヴィス兄弟の1人と当たるなんて」
「やっぱり、オレが知らないだけで有名なんだな。実力者なのか?」
「……そうね。兄弟の噂はよく聞くし。ユーフテスで、彼ら一族は第三次魔人大戦の功績で男爵の地位を授かっているから」
戦争で名を馳せたなら、有名なのも当然か。しかし、オレ達と同じ経路で、入学試験に参加しているというは、この国では貴族の地位は与えられなかったみたいだな。
恐らくは、この国を足がかりに、地位と自国の領地を取り戻すつもりなのだろう。
「なら戦闘面においては、非の打ち所はなさそうだな」
「はぁ……しかもあろう事か、兄のルークじゃなくて、弟の方とはホントに最低最悪よ」
「なんだ。弟の方が強いのか?」
「違うわ。弟のキールは過度な魔族差別主義者なの」
また聞きたくもない、嫌悪する単語が出てきたな。
いや、わかってる。自分との性質的な違いから、他人を受け入れないのは致し方ないことだし、誰にだってある。
しかし、恨みや憎悪などの負の感情から来る、全否定は好ましくはない。しかも、それを表に出し、害をなすなんてもってのほかだ。
「……なるほど。エリカにとって最悪の相手というわけだ。」
「本当に……。なんで、こうなったんだろう」
この試合の先に見える結末が、アリシアには安易に予測できた。顔から不安が溢れる。
アリシア自身、姉の夢の上級魔術師になることなど、どうでも良かったのだ。姉には、夢の先にある、理想のような幸せを目指すのではなく。平凡な幸せを目指して欲しかっただけであったのに……。