第99話 七人の守護者
ロワード王城の一室。
会議の場として設けられた其処には長テーブルとそれを囲むように8つの席が用意されていた。
そして、そのうちの一つにユウの姉であるユリ オルティスの姿があった。
ユリは会議が始まるまでの時間を物静かにじっと待っている。
そんな折、扉は開かれた。
現れたのはユリと同じく結界の守護者であるサツキであった。
「おっ? ユリやんけ。まだ誰もおらん思てたわ」
小柄な彼女は、身体に釣り合わない刀身が背丈以上に長い剣を背負っており、彼女が歩くたびにガチャガチャと剣が揺れる音と、鞘の尻が床に当たる音がリズミカルに発せられた。
多くの者が耳障りに感じるほどの音であったが、どこかいい加減な彼女本人はこれっぽっちも気にしていない様子である。
「サツキさん、おはよう御座います」
「おはようさん。にしても……ちょいと早ないか? 集合時間まだまだやで。
もしかして、いつもこんな時間に来とるんか?」
サツキが使う言葉はロワードではあまり馴染みがないものであった。ユリはこの地方独特のなまりがある話し方に、まだ慣れていないのか理解に少しばかり時間をゆうし、言葉を詰まらせてしまう。
「そう……ですね。一番の後輩として遅刻するわけにはいきませんから」
「かぁっ〜〜! ほんっまユリは、くそ真面目やなぁ」
「有難うございます」
「いや、褒めとるんとちゃう。気張って真面目なんもえぇけどなぁ。
たまには肩の力も抜かんと、ここぞっ!ちゅう時に苦労すんでぇ」
「そうですね、心に留めておきます。
ですが……私が真面目なら、この時間に来ているサツキさんも真面目ということになりますね」
ユリにはそんなつもりはなかったが、見るからに真面目に見えないサツキに向けられた、この言葉。少し皮肉が交ざっているように感じる人もいるだろう。サツキはそれに当てはまらなかったが……。
「いやいや勘弁してくれ。ワシはそんなんちゃうって。たんに暇やってん」
「そうなんですか?」
「そうやねん。いまホン〜マに暇やねん」
「それは……少しうらやましい話ですね」
「あぁっ! すまんすまん! ユリんとこは目まわるぐらい忙しいんやったな」
「はい、情報規制のため人員が制限されてますから」
「まぁ〜現状を踏まえるとしゃ〜ないわな。
暇なワシなんかが手伝えたらええんやけど、調査とか細かいのは専門外やし向いとらん、行くだけ邪魔になるからなぁ」
「そうですか? サツキさん器用ですから、そのようなことにはならないと思いますよ」
「ほん〜まかぁ? そんなん言われたの生まれて初めてやで」
「はい、サツキさんの緻密な剣術をみれば誰でもそう思いますよ」
「おぉっ! 嬉しいこと言ってくれるやんけ。
よっしゃ! やったら今度ー」
ユリの言葉に機嫌を良くしたサツキは手伝いを申し出ようとしたが……。
「ですが、支援の話は遠慮しておきます。
サツキさんにはサツキさんにしか成し得ない仕事がありますから、いざという時のために今は力を温存しておいてください」
「おぉ〜……そやな、わかった。その時が来たら任しとき!」
自ら蒔いた種であるが、ユリはうまく言いくるめられたと、ホッと安堵した。
「はい、頼りにしてます……」
「でもあれやな。そんなに忙しいんやったら、休みも取れてへんとちゃうか?」
「いえ、適度に頂いてますよ」
「ほんまかぁ〜? 休めてないんやったら、今日ぐらい休んでもよかったんやで。
聞いた話、今日の前座試合、弟くんがでるんやろ? 応援いかんで、よかったんか?」
「お気遣いありがとございます。似た事を友人にも言われました……。
でも、大丈夫です。ユウを信じていますし、今日の会議には出るべきだと思いましたから」
「は〜ん、信じてるかぁ……。ワシはその言葉好かんなぁ〜。目に見えんもんはどうにも信頼できん。
それにな今日の会議やって、いつもの報告会やろし。どうせクロードの奴なんかめんどがってこんで? 前もそうやったろ? 研究忙しいからとかほざいてたやろ?
やからな、他の奴が来る前に今からでもー」
「ちょっとサツキ先輩……」
突如として、二人の会話を切るように何もなかった空間から、怒りを感じさせる声が発せられた。
「余計なお世話ではありませんか?
ユリさんが困ってますよ」
「おぉっ!!? ビビったぁ〜!!
カレン、いつの間にきたんや?」
何もない空間から浮き出るように現れたのは、尾骨辺りまで伸びた長く暗い青髪に、虚ろな目が特徴的な女性であった。
カレンと呼ばれた彼女もまた、ユリやサツキと同じ守護者である、その全体的な印象は良く言えば落ち着いていて、悪く言えば少し暗いものだった。
「違います。最初から、此処にいましたよ」
「はっ? 嘘やろ」
「いま、嘘つく必要ないですよね?」
カレンが使っていたのは、認識阻害魔術であった。同じ術をユリも使用するが、カレンが使うそれは少し特殊で、相手から完全に自身の存在を認識できなくする事ができる。情報兵団に所属している彼女に適した術である。
「こわいわ〜……お前、相変わらず影が薄いんじゃ」
「薄いんじゃありません。意図的に薄めてるんですって。前にも説明しませんでしたか?」
「あぁ〜やったかなぁ? 興味ないから忘れてもうたわ」
それを聴いたカレンは冷ややかな目を、先輩であるサツキに容赦なく向けた。
「はぁ……そういう所ですよ。サツキさんには配慮が足りません。
ユリさんは誰よりも、この国の一大事が一刻も早く解決へ進むのを願っているのです。大切な人の応援に行きたい気持ちをぐっ!と我慢してですね」
「はいはいはい……確かに大変なのはわかっとる。でもな、もう殆ど紛れもんの処理は終わっとるって聞いたで。それこそユリやお前がせっせと働いたおかげやろ?
なら、多少は生き抜いてもええやん」
「よくありませんよ……。殆どなだけで全てではありませんし。それに今回の潜伏の目的がまだわかっていません。なにより一番重要な元凶の特定もまだなんですよ?」
「それ……お前んとこの尋問が下手くそなんちゃうか? この国平和やし、そういうの慣れてへんのはわかるけど。何人かやり過ぎて、逝ってもうたんやろ?」
サツキの鋭い指摘にカレンはたじろぐ。
「うっ……私達に至らない点があったのは認めます。けどっ! そういう問題じゃないんです」
「あぁ〜もう〜……かったいのぉ。頭がカチンコチンや。目的なんてわざわざ調べんでも、わかりきっとる。
大方、相手の一番は邪魔なワシ等やラルク様を殺すことやろ?
元凶も容易に想像つくし、どうでもええ。
結局んところ土足で黙ってはいってきたもんも、入れたもんも平等に皆殺し……それだけやん」
「いや、ちょっと待ってください。王は、そんな命令一度もくだしてはいないですよ。むしろ逆ですよ、真!逆!」
「ん〜? わかっとる、わかっとる」
「はぁ……そのガサツな考え方があの惨劇の原因ですね。今度からサツキさんには絶対に頼みませんよ」
カレンは先日の出来事を思い出したのか、青ざめていた。
「な〜にがや? お前が厄介な魔人に苦戦しとったから手伝ってやっただけやのに。随分な言い草やないか」
「あの後……サツキさんの後始末を誰がやったのか、知っているんですか?」
「誰って、そんなんお前しかおらんやろ」
「なっ!! 分っているのでしたら、もう少し綺麗に、周りには気をつけてください。せめて、ユリさんのように最低限人払いはかけてください。情報操作大変だったんですよ!」
「なんやい! バレへんように場所は選んだで。それに殺しに綺麗もクソもあるかっ!
守護者として、ワシは国の為に働いとるだけや」
「サツキさん、カレンさん少し落ち着いてください」
ヒートアップする二人を落ち着かせるために、ユリは低いトーンで言葉を割り込ませた。しかし……。
「あぁすまんなユリ。もう、こんな頭固いの置いといて、今から大会みにいくか。ワシも実は見たいと思っとったんや。ワシに弟くん紹介してくれや」
「ちょっ! 先輩のいきあたりばったりな思いつきに、ユリさんを巻き込まないでください」
「なんやぁ〜ヤキモチかぁ? ホントはお前も行きたいんやろ? しゃ〜ないなぁ〜一緒にいくか?」
「はぁっ!? そんな訳ないですよ!」
後輩に仲裁されるも、言い合いをやめないふたりに、普段感情を表に出さないユリも少し呆れた様子をみせる。
しかし、そんなユリに救いの手が差し伸べられる。
「お前たち、なにを言い合いしている。……外まで聴こえてきたぞ」
会議室の扉をあけて、入ってきた大柄な男性をみた途端、終わらないかに思えた二人の論争がピタリと止んだのだ。
「おはよう御座います。ヴィルクさん」
固まっている二人とは対照的に、ユリは丁寧に挨拶をした。
この時のユリは表には出してなかったが、助かったと内心思っていたに違いない。
ヴィルクと呼ばれたこの男性もユリ達と同じ守護者である。彼はその大きな身体全身を、分厚い金属鎧で覆っており、強い威圧感を放っていた。
「うん、おはよう」
「うっ…………ヴィルクさん、おはようですわ〜〜。いやぁ〜今日はいつもに増して鎧がピカピカでんねぇ」
調子がいいサツキはご機嫌をとるために、ヴィルクが身につけているご自慢の金属製の鎧を褒めたが、あまりヴィルクには響いていない様だ。
「サツキよ……。先人としてユリやカレンを導くのが、我々の勤めだ。我らが正しい行いを示してー」
「はいっ! わかりました。いや、わかってますよ!
大先輩のヴィルクさんに言われてもうたら、ワシも間違えを認めざるをえませんわ」
「そうか……ならいい」
「ほんっと、サツキ先輩は……わかりやすいですよね。さらに評価が下がりましたよ」
嫌味を言うようにカレンはボソリと呟いた。
地獄耳のサツキがそれを聞き逃すはずも無く。
「んぁ? 誰の身長が下がったやって?」
「そんなことだれも言ってませんよ。
それに先輩はいっつも小さいじゃないですか?」
「あぁっ?」
「はぁっ?」
「お前たち……いい加減にしろ……」
また言い合いを始めようとした二人にヴィルクは、頭を抱えた。
「すんまへん。ちょいと悪ふざけが過ぎましたわ」
「私も……大人げなかったです」
ヴィルクの諦めたような態度をみた二人は流石に反省を示した。
「……分かればいい。もう出席者は、全員揃ったことだ。そろそろ席につけ」
「ん? 揃ったちゅうことわ〜、やっぱ今日も4人ですか?」
「そうだ、言伝は受けている。クロードは魔術闘技大会の運営に関わっているため来れないそうだ。そしてリブは塔から出ることができない」
「リブは手放せんのは知っとるけど。
ちっ……クロードのヤツ、サボりよってからに」
「ヴィルクさん、その7人目の……彼?は今日も来ないですか?」
カレンはたびたび同じ質問をしている。他の守護者も気にはしているが、カレンは少し過剰に思えた。
「そうだな……。彼というべきか彼女というべきか私にもわからないが、未だに彼は正体を明かす事に抵抗があるらしい。
お前たちの中に彼のそういった態度に不満を持つ者もいるかもしれないが……。
そもそも守護者の正体は本人以外は誰も知るはずがなかったのだから、責めることは出来ないだろう。
それにここに来なくとも守護者としての本来の役割は問題なく果たせる」
「わかりました。同じ役割を持った守護者として、どんな人なのか気になるので残念です……」
「やったら、あとはラルク様が来んのを待つだけやー」
「その必要はないよ」
サツキの言葉を遮り、またもや空間から声が発せられた。
「!!」
ヴィルクを除いた3人は驚きの表情を浮かべた。なんと空間からフッと現れたのはロワードの王子兼勇者であるラルクであったのだ。
「ら、ラルク様……いつから、いらして」
サツキの声は動揺から震えていた。恐らく、いままでの調子に乗った発言の中でラルクに聞かれていては不味いと感じたものがあったのだ。
「皆さん、驚かしてしまったみたいで、申し訳ありません。ちょっとした思いつきだったんです。
たまには一番に来ようと思いましてね。
でも、ただ来るだけでは味気がない。だから、カレンさんと同じく隠れんぼをしていました」
「ラルク様はほんま冗談が好きですねぇ〜……。今日のはびっくりしましたで」
「それは良かった。ただカレンさんほど上手く使えてなかったので、次回までに練習しておきます」
「心臓に悪いんで……そん時はお手柔らかに頼んます」
「アハハ、わかりました。
それで魔術大会の話をしていましたね、なんでもユリさんの弟さんがでるとか……」
「はい」
「でしたら、早く終わらせてしまいましょう。今回、集まってもらったのは、サツキさんが言うとおりただの報告会です。大した用事じゃないですから」
「うぅっ……ラルク様、もう勘弁してください」
「これも冗談です。ほら皆さん、お席に着いてください……」
ラルクは4人の守護者が席に着くの確認して……。
「では……今日も始めましょうか……」




