尋問
【拘束解除】
ギルドマスターが指を振るい魔法を行使すると、手にかかった拘束呪文が解呪され自由になる。
「いいのか、鎖を解いて?」
「あいつに言ったとおりだ。証拠がない以上犯人扱いは出来ねぇだろ……まぁ座れ、酒は出せねぇけどな」
「それは残念だ」
座るよう促すギルドマスターに、俺は頷いて食事用のテーブルにつく。
と、ギルドマスターも対面に腰をかけた。
「怪物じゃあねえのは一目でわかるが、怪しいのは確かだからな。悪いがギルドマスターとして、きっちり取り調べはさせてもらうぜ?」
「当然の判断だな。だが先に謝罪しておくが時間の無駄になるぞ」
「かもな。だがまぁこれも仕事だ、諦めて付き合ってくれや」
笑いながらギルドマスターは懐からパイプを取り出すと、火をつけて煙を燻らせる。
「いいだろう」
短く返答をすると、男はよしと呟いて尋問を開始した。
「名前は聞かねーでおくぞ、どうせここじゃ誰もが余所者だからな。偽名を出されてもわかりゃしねーし、知っちまったせいで余計な面倒ごとに巻き込まれることもあるからな。特にお前は、疫病神の匂いがする」
「賢明な判断だな……確かに正体については知らない方がいいだろう、お互いにとってもな。調書には適当に無名とでも書いておいてくれ」
「そーさせて貰うよ。それで? あんたはどっから来た?」
「ロマリアだ。軍部にいた」
「ほほぅ? 立派な仕事じゃねえか。それが何でこんなところに?」
「不幸な勘違いから軍を追い出されてな。国境を越えようとこの森に入って、こうして今は迷子だ」
「目的地は?」
「ひとまずはガエリア地方を目指していた」
「もの好きな奴だな。ここよりも遥かな田舎だぞ?」
「だからだ。戦争とは無縁、春になれば山を越えて安全に妖精の国五つ国を目指せる。あちらには知り合いもいるからな。春まではガエリアでのんびりして五つ国に移住をするつもりだ」
「戦争って、五つ国を越えるなら東の港からぐるっと海を渡るのが一般的なんじゃないか? みんなそっちを使うだろ?」
「かもな。だがあの海域は魔王軍が国境を越えたら激戦区になる。危険は犯したくない、面倒だからな」
そういうと、不意にギルドマスターはカラカラと笑い出した。
「ははは、心配性なんだなあんた」
「そうか?」
「国境は大英雄アイアスが守る不落の国境線だぜ? 奴は1000年以上生きてる不老不死で、兵力差10倍までならひっくり返せる名将、どんなに大怪我をしても夜明けになればピンピンしてるって怪物だぜ? 100年前にドラゴンをぶっ飛ばした話なんて子供の御伽話になってるぐらいだ、今更魔王軍如きに脅かされるわけねえよ、軍にいたなら知ってるだろ?」
ドラゴンをぶっ飛ばしたのは俺ではなく、お転婆な魔法使いなのだが……まぁ今はどうでもいい話か。
「あぁ、彼のことはよく知っているよ……だがそれ以上に魔王軍の事も知っている。あれは決して侮れるものじゃない」
「……もしかして、あんた前線にいたのか。あー、すまん、今の発言は軽率だったな」
「気にしてない。続けてくれ」
「そうか……こほん。しかしまぁ、それならわざわざ北を通ってガエリアに向かおうって話は分かるな。だが何で道から外れたこんな村に? ロマリアからなら北の森を進めばガエリアに出れただろうに」
「ふむ、そこは俺も尋ねたい」
「質問してるのはこっちなんだがな……」
「無礼は承知だ。だが話をする前にこの地図を見てくれ、そうしないとどうして俺がここにいるのかの説明ができん」
そう言って俺は持っていた地図を渡す。
ギルドマスターは「調子が狂うな」と言いつつも、地図を受け取ると訝しげに首を傾げた。
「うん? この辺りの地図じゃねえか。これがどうした?」
「ふむ。その反応を見ると地図が間違ってるってわけではないようだ」
「……なんだ? お前さんあれか? もしかして相当な方向音痴か?」
「なら良かったんだがな、残念ながら事態はもう少し複雑だ」
「どう言う意味だよ?」
「おそらく森が閉じられている。方法や目的はまでは分からんが、何者かが魔術でこの森に人を閉じ込めているんだろう。俺はそれに巻き込まれた、そう考えているんだが心当たりはないか?」
「閉じられてる……」
客観的に突拍子もない話ではあったが、ギルドマスターは納得した様な声を漏らす。
「心当たりがありそうだな」
「あ、あぁ。最近狩人達が道がなくなったとか騒いでたから気にはなってたんだが、そういうことだったのか」
意外にもギルドマスターは冷静だった。
魔術で森が閉じられるなど、それこそ神話級の神秘。この世に数名しかいない魔法使いが使う技である。
そんなものがおいそれとこんな田舎で発動していると言ったのに、先ほどのライデルに見せた反応とは打って変わって納得した様に顎髭をさすっている。
どうやらあたりのようだ。
「森で良くないことがすでに起こっている様だな?」
「……あぁ、魔物被害のほとんどないこの村で、既に遺体が五つ上がってる……森鳴らしが出て来ても不思議じゃない」
「なるほど、やけによそ者の話を信用すると思ったが……森鳴らしとは既知の仲か」
「まぁな。初めは親父が死ぬ直前、二回目は数年前、村に疫病が流行った時、そんで最後に見たのは3ヶ月前、川が氾濫する前日だ。触れると灰になる老婆と言ったら森鳴らししかいない。あれが危険を知らせてる時は、大抵碌なことが起こらねぇ」
──若い連中は信じちゃいねえけどな。
とギルドマスターは付け加えると、窓の外に悲しげな視線を向けた。
「森鳴らしが人の姿をとることは滅多にない。本来ならば音だけで森の凶兆を知らせる森の精によるささやかな魔法だ。だが、森に暮らす人々の危険が大きくなるほど、森鳴らしはより直接的な方法で凶兆を知らせる」
「あんた詳しいんだな」
「これでも一応専門家でな。森鳴らしに出くわすのも一度や二度じゃない」
「軍人さんってのは大変なんだな。 それで? そんなささやかな魔法はあんたになんて言ったんだ?」
「冬までにこの村は滅びる、だそうだ」
「…………は?」
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