怪異の王
「終わったな」
炎が焼き尽くされ、聖剣の消滅により再びゆっくりと夜が訪れるエルフの村を見届けながら、俺はそう呟く。
結局、依頼主であった村人は呼び出した魔物に喰われて全滅。
森の守り神も、村人も何もかもが消え去って終了という、なんとも後味の悪い事件となってしまった。
「ふっふーーん! 見ましたか? 見ましたかアイアス! 私の超絶魔法! 久しぶりに見て惚れ直しちゃったんじゃないですかー?」
まぁ、当事者であるドロシーがそんなこと気にする様子もないのが唯一の救いと言ったところか。
「やれやれ、まだ終わりじゃないぞドロシー。怪物に喰われた村人たちの中にセルゲイの仲間が見当たらなかった。おそらく何処かで木にされてるはずだ。見つけて、人間に戻してやらないと」
「わかってますよ。ですがもう邪魔立てをする存在は食べられて全員いなくなっちゃったんですから。日が明けてからのんびり探せばいーじゃないですか。幸い村長の家は焼けずに残ってるわけですし、夜が明けるまで祝勝会をしましょうよ祝勝会!」
「生贄にされかけた村でよく祝勝会しようなんて思えるなお前」
「されかけたからやるんじゃないですか。彷徨える未練ある魂にざまぁみろって」
「本当、性格悪い奴」
悪辣な笑みを浮かべるドロシーに俺はやれやれとため息をつきながら、辺りを見回す。
ざまぁみろと見せつけるつもりはないし祝勝会を開く気分でもないが、気付け薬の影響で全身の疲労は限界に近い。
朝が来るまで時間も長いし、ここはドロシーの案を採択するのが合理的であろう。
人はたくさん死んだが、まぁ、制圧した拠点で野営をすると思えば、そこまで抵抗はないだろう。
「じゃぁ私は村長の家を探してきます! あの人随分と良いお酒を溜め込んでたみたいですし!」
「変なもん入ってないかちゃんと確認しろよ? いやだぞ?お前まで変な踊り踊り出すとか洒落にならないからな」
「ははは、またまたー。私がそんな薬程度に遅れをとるわけないじゃないです……か、、、、」
にこやかな会話の途中、ドロシーは驚いたような表情を見せ、言葉を詰まらせる。
「どうした?」
問いかけると、ドロシーはゆっくりと川の向こう、森を指差す。
視線を向けると、森の向こうからゆっくりと川を渡る、二本の腕と、手のひらについた大きな目玉。
討伐をしたはずの森の主が、こちらにゆっくりと近づいてきていた。
「……な、なぜ?」
困惑するドロシーに、俺は成程とため息を漏らす。
「どうやら、邪魔者の排除に俺たちを利用したのは、ここの村人だけじゃなかったようだな」
「え? どう言うことですか?」
「お前の魔法で燃やし尽くした森の主は、こいつが魔法で作った偽物だったんだろうよ。やられる瞬間入れ替わって、こいつは森の中に姿を消した。そうすれば、村人達が行動を起こすってわかってたからな……そして、俺たちに村人達の処理をさせたってわけだ」
「じゃあ、森の中で監視してきたのも、戦いになったのも?」
「力試しだろうな……」
「っ!?」
ドロシーはアングリと口を開けて間抜け顔になる。
結局この事件は、村人と森の神様の縄張り争いであり。
俺たちは互いの排除にまんまと利用されてしまったと言うわけだ。
この結末も結局はあの神様の掌の上だったと言うわけだ。
「っぐぬぬな!? 鹿の分際で生意気な!! アイアス! 燃やしましょう! 今度こそ頭に来ました!森ごと焼き払っちゃりましょう!」
「やめとけ阿呆、あっちにやり合う気はないみたいだし、なによりお前の火力じゃマレリアやリタ達まで焼き払っちまうだろ」
「むがー!」
怒りで言動がおかしくなるドロシーの首根っこを押さえながら、俺はこちらに向かう神霊を見据える。
このまま死んだことにして森に潜んでいれば良かったものを……わざわざこの野蛮な魔法使いの前に姿を現して何のようなのか?
俺はそんな疑問を浮かべながら、河岸を渡り終えた神霊を迎える。
「さて、何のようだ? 戦う気は無いみたいだが……悪いが地形を変えた事への苦情は受け付けられないぞ。利用したのはそっちなんだからな」
冗談を神霊にこぼしてみるが、言葉が伝わったのか神霊は静かに首と思しき場所を振るうと。
「?」
静かに傅くように足をたたみ首を垂れる。
姿形こそ獣のそれであったが、それは間違いなく臣下の礼の形をとっていた。
「……どう言うつもりだ?」
突然の行動に俺は眉を顰めると、神霊の口がゆっくりと開く。
【力ヲ示シタ、ワレ、ラ ガ オウ、ガエリア、ノ、力ノ掟ニ従イ、我、汝ニ力ヲ、貸サン】
人の言葉を真似したような辿々しくも不安定な声。
こいつ喋れたのかよ。
という感想は脇に置き、俺は傅く森の神に問う。
「力の掟?」
【ガエリアノ神ハ力ニ従ウ。我ヲ、倒シタ、貴様ハ、我ガ、王。我、森ノ力、名ハ、レーシェン】
「あんたのこと焼き払ったのは私なんですけど」
不満気にドロシーはそう口を尖らせるが。
【オ前、王ノ、付属品】
「よーし分かりました、焼く」
「やめろって言ってんだろ」
「あいたぁ!?」
杖を構えるドロシーに俺はすかさずチョップをかます。
「まぁ、何となくだがこの土地のルールは分かった。シンプルで分かりやすいルールだな、レーシェン。だが問題は、俺は他に用事を抱えている。森の手入れや管理など引き受けられんぞ」
【構ワヌ、王ハ、唯、君臨スレバ良イ。我ラハ、唯ソコニアリ、王ノ声ニ答エルノミ】
「成程、シンプルなルールに加えて統治もシンプルと言うわけか。ならば引き受けよう、俺は今日からお前の王だ」
呪や強制力は感じられず、俺は二つ返事で臣従の儀を成立させると、神霊は体を起こす。
【王ヨ、最初ノ命ヲ】
「……ガエリアに近づく魔物を排除しろ。ガエリア南東、黒の森の守護が今日からお前の仕事だ」
【仰セノママニ】
仕事を与えると、神霊は姿を消す。
怪異の王、それも神霊クラスの怪物の主人になるなど、人生初めての経験であったが……胸の奥で確かに、神霊レーシェンとのつながりを感じる。
「とうとう人間だけじゃ飽き足らず怪物の王になりましたか……貴方終いには魔王にでもなるんじゃないですか?」
ドロシーの言葉に俺は小さなため息を漏らし、黒の森に視線を向ける。
黒の森はようやく取り戻した平穏を喜ぶように、風もないのにざわざわと歌うように身を震わせる。
それはまるで、新たな王の誕生を祝うように厳かな歌に。
「笑えないな」
俺は背を向けてそう呟いた。




