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カールフォレストの集会所

「ギルドマスター!! ギルドマスターはいる?!」


 到着するなりライデルは蹴破るように集会所の扉を開け、大声でギルドマスターを呼ぶ。


 先ほどのやり取りで気が立っているのか、その声は荒々しく閑散とした集会所の中に乱暴に響く。


 そう、ギルドの集会所は無人であった。


 通常ならばひっきりなしに人が集まる冒険者ギルドのカウンターには受付嬢の姿すらなく、活気のある冒険者たちの陽気な歌声の代わりに、ライデルの声が洞窟のようにこだまする。


 集会所の人間丸ごと神隠しにでもあったかのような、そんな光景に俺はしばらく様子を窺っていると……。


「あ? あーライデルか? 何のようだ?」


 しゃがれたようなくたびれたような声が、集会所のカウンター奥の部屋から返ってきた。


「大事な話よ。急いできてくれない?!」


「大事な話? あー、分かった、ちょっと待ってろ……」


 気だるげな声に続けて、奥の部屋からガチャガチャと言う音が響く。


「っ──せっかく犯人を捕まえたのに……あんた、妙な真似するんじゃないわよ?」


「はいはい」


どうやら、こちらさんの中ではすでに俺は犯人確定らしく、ため息を漏らして辺りを見回すと、集会所の看板にカールフォレストという文字が見えた。


「カールフォレスト……確か北東の村だったな」


 ガエリア近くの村ではあるが、やはり地図とは明後日の方向に進んでいたようだ。


 森の奥にある村、カールフォレストは地図にこそ載っているものの、目を皿のようにして探さなければ見過ごしてしまうような小さなロマリア国境付近、現在は最北端の閑村だ。


 名産品もなく、交易的にも戦略的価値も低い半ば忘れられかけた村……の筈なのだが、確か領主はロマリアの王城でもそこそこ良い地位にいたような……。


「待たせたな」


「遅いわよ!!」


 記憶を巡らせる旅の途中であったが、ギルドマスターの登場に俺は思考を一旦中断する。


見ると、初老の男が髭を撫でながら眠そうな顔でカウンターの奥から顔を覗かせていた。


「んな大声出さなくても聞こえてるよ。何をそんなイラついてるのか知らねえが、こっちは連続殺人のせいで3日も寝てねぇんだぞ? ちったぁ労わってくれよ」


「そう、なら朗報よ。今日はあんたの徹夜の原因を捕まえてきてあげたわ、今夜からはぐっすり眠れるわね?」


「なに?」


「ギルドが動かないから私が森の怪物を捕まえてあげたの。もうリリアを犯人扱いする必要ないわ、さっさとそこに貼り付けてあるくだらない討伐依頼を取り下げて」


 ライデルは声を荒げながらクエストボードを指差す。


 遠目で文字は見えなかったが、そこには森で見た黒髪の少女の似顔絵が描かれた依頼書が一枚だけポツリと貼り付けてあった


「お前に縛られてるそいつが森の怪物だと? どこからどう見てもただの人間にしか見えねぇぞ?」


「見た目に騙されないことね。こいつは森で罪のない老婆を焼き殺したのよ。 証人は私。この目で確かに見たのよ、こいつと話していた老婆がいきなり灰にされるところをね!」


「灰だと?」


 ギルドマスターと呼ばれた男は、訝しげに片眉を挙げる。


「人間を一瞬で灰にするなんざ古代級の大魔法だぞ? そんな事が出来るようにはみえねぇが?」


 首を傾げるギルドマスターに、俺もつられて肩をすくめる。


「私を疑うっていうの!?」


「別に信じてないわけじゃない。だがなライデル。お前のいうその老婆とやらは何処の誰なんだ? 斜向かいのエンヤ婆か? 外れのオルト婆か?」


「え?」


 憤るライデルの言葉は、ギルドマスターのその言葉により勢いを失う。


「この村に老婆って呼べるやつは10人もいない。被害者は誰だって聞いてんだ」


「えと、それは……」


「はぁ、だったらこいつが人を殺したって証拠は?」


「えと、それは。 灰になったから全部……でも、こいつは人殺しよ!! 危険なことに変わりは……」


「ライデル」


「!!」


 狼狽する男の名前を、ギルドマスターは声を低くして呼ぶと、ライデルは体をびくりと震わせる。


「冒険者が主観で物事を語るな……」


「それは分かってるわよ、だ、だけどこいつが人を殺したのは紛れもない事実よ!」


「分かってるよ、何もこいつが全く怪しくないって言ってるわけじゃねぇ。安易に何でもかんでも森の事件と結びつけて騒ぐなって言ってんだ」


「!!」


「はぁ。こいつが何もんなのから俺が調べとくから、お前は村の婆さんが全員無事か確かめてこい」


「……っ分かったわ」


 ギルドマスターの言葉にライデルは渋々といった表情で集会所から立ち去る。


「ちっ」


 すれ違いざまに舌打ちをされたが、無視をしてギルドマスターを見つめる。


 さて、どうなるか?


「……」


「!」


 ぱたん、と集会所の扉が閉まる音が響いた後、ギルドマスターは無言のままカウンターから出て来る。


 屈強な肉体にカールした髭。


 頬についた巨大な傷は、彼がそれなりの場数を踏んできた人間であると言うことを物語っている。

 

「さぁて旅人さん。あんたは森で何をしてたんだ?洗いざらい吐いてもらうぜ?」


 そう言うと、ギルドマスターは懐から小さな杖を取り出すと、俺に向かって呪文を唱えた。

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