狡猾
「まぁ、元精霊ってのもまだ確証は無いけどな。唯一確かなことは、あれがデカくて賢いって事だけだ」
ちらと視線を上げて俺は森を見渡すと、今度は東の木々の影に白い腕が見えた。
「不気味な魔物です。あれから日が暮れるまで、私たちのことを森の奥から監視するだけで、攻撃を仕掛けてくる様子も、呪いを仕掛けてくる様子もありません。追いかけようにも森の闇に紛れてしまいますし。さっさと襲って来てくれた方が話が早くて助かるんですけどね?」
「どうだかな……真っ向からぶつかっても、一筋縄じゃ行かないぞあれは。力の過信は禁物だドロシー」
「過信ではありませんよアイアス、これは余裕というものです。なぜなら私は賢者なので。最強なので!」
「きこりに脳天かち割られそうになったくせに……」
得意げなドロシーに俺は呆れながら、俺はまた視線を上げる。
白い腕は、今度は北側へと移動していた。
ただ揺蕩っているようにも見えるし、何か威嚇をしているようにも見えなくもない。
少なくとも、むやみやたらに森に火をつけるのを牽制するために姿を現しているのだろうがそれ以上の行動をしようとしない。
よほど慎重なのか、それとも俺たちを値踏みしているのか。
すぐに仕掛けてこないのは、それなりに相手の力量を見定める知恵があると言うことだ。
本当、森の貴婦人といいこいつといい……行商人とやらはピンポイントで厄介な神霊を堕落させているらしい。
「何考えてるのか分からない奴は恐ろしいな、本当に」
嘆息しながら、俺は薪を野営地に積み上げた。
□
パチパチと野営地に焚き火の音が響き、赤い火の粉が空に舞っては儚げに消える。
「久しぶりですね、二人きりの野営なんて」
薪を火にくべながら、ドロシーは楽しげに笑う。
「いつ以来だったか?」
「んー。ロマリア入りしてからはほとんど野営は軍隊と一緒でしたからね。二人きりとなると本当に昔……それこそ聖剣を返す旅依頼ですか?」
「最初の二人旅以来か……意外と少ないな?」
「まぁ、聖剣返しの旅以降は野営より旅籠が中心でしたからね。ファーブニールを倒した報酬で、10年くらいはお金に困りませんでしたし」
「あー、確かにそうだったな」
「懐かしいですね、肌を重ね合った情熱的な日々。我ながら爛れた日々を送っていたと反省してます」
「もっと思い出すことあるだろう、色ボケの魔法使い」
「色ボケ!? し、失礼な、そう言う貴方はヘタレ将軍でしょうに! 3年ぶりの再会だというのに、私の玉体を前にして襲いかかってこないとは! 枯れちまったんですかこのやろー!」
「玉体?」
「そこで首を傾げるなー!! そう言うとこだぞー! アイアスー!」
「はいはい、悪かったな玉体の魔法使いさん。 それよりもそろそろ飯ができるぞ」
怒るドロシーに俺は苦笑を漏らしながら、焚き火の上に吊るした鍋の蓋を開ける。
食料として持ち歩いていた豚の腸詰と干しきのこに森で取れた山菜を少々を麦と一緒に茹でただけの簡単な食事だが。
「ふわあああぁ!? アイアスの手料理なんて久しぶりです。 美味しそー!」
ドロシーは湯気に顔を突っ込むようにな場を覗くと瞳を輝かせた。
「ありあわせで作ったものだからな、味は期待するなよ」
「何をおっしゃいますのやら! こんな山奥でこんなしっかりした食事が取れるだけでも私は幸せ者だってものですよ」
「これでしっかりしたって……相変わらず料理できないのな、お前」
「食べなくても死なないですからね。基本食事は必要ないのに、わざわざ作る必要もないでしょ?」
「なら、こいつも必要ないんじゃないか?」
「いえいえ、作る必要はなくとも出来上がった料理がそこにあるなら食べない道理はございません。据え膳食わぬはなんとやらってやつですとも。えへへ、いただきまーす」
屁理屈をこねながら器にドロシーはお粥を盛り付けると、間髪いれずに口に運ぶ。
はふはふと白い息を吐きながら、顔を綻ばせるドロシー。
本当、美味しそうに食う奴だ。
「? どうひまひた?」
「別に……賢者様が鼻に粥をつけてる様が面白かっただけだ」
「またまたー、私これでも賢者なんですよ? そんな嘘に引っかかるわけ……うわ本当だ」
コロコロと表情が変わるドロシーに、俺は微笑みながらお粥を口に運ぶ。
演技だとしても、こいつの楽しそうな表情はいつ見ても心が洗われる。
「アイアス、おかわりー!」
「はいはい」
「大盛りでお願いしますよ!」
「図々しい」
「えへへへへー」
呆れながら俺はドロシーから器を受け取る。
と。
「────」
器の中でルーン文字が刻まれた小石が一つ転がった。
それは準備完了の合図であり。
視線を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべるドロシーの姿。
いかにも準備万端と言った様子に、俺は一つ息を吐いて──。
「──ほんと、いい性格してるよお前は」
器を傾け小石を焚き火の中に落とす。
瞬間。
炎は小石に吸い込まれるように一瞬で消え去り、
俺たちは森を覆う闇へと飲み込まれるのであった。
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