腕
「いつの間に?」
「見つけたのは今だが、ずっと見られていたんだろうな。森を焼かれちゃたまらんと、出てきたんだろ」
木の幹の端から手だけが見えるその魔物に俺たちは身構える。
しかし、その手はこちらを襲うでも、呪うでも、接触するでもなく、様子を伺っているだけ……のように見える。
と言うのも、森の暗がりに紛れているせいで、見えるのは暗がりに異質に光る白い腕だけであり、全てにおいて確信が持てない。
その腕の様子から、何かがこちらを覗き見ていると感じたが。
あるいはそれは腕だけの怪物かも知れないし。
あるいは闇の中に巨人がいるのかも知れない。
あるいは、あるいは────。
憶測に頭が闇の中にさまざまな輪郭を作り、泡のように消えていく。
結局、目を凝らしてもわかることはそれは得体が知れないと言う事実と、その腕が樹齢50年は超えるだろう巨木を握れるほど、とんでもなくでかいと言うことだけだ。
「──っ」
「刺激するな、今は様子を見てるだけだ」
息を飲んで構えようとするドロシーに、俺は杖の先を押さえて静止する。
監視しているのか、値踏みをしているのかは分からない。
どちらにせよ、得体の知れない何かをヘタに刺激しても、碌なことにならないのは確かだった。
「っ……!」
「───────────」
微動だにしない腕を睨むこと数分。
やがて白い手はゆっくりと木の幹から手を離すと、再び森の中へと消えていく。
「……」
「……」
緊張が解けた森の中で、俺とドロシーはしばらくお互い顔を合わせ。
「「デカ過ぎない?」」
そんな素っ頓狂な声を森に響かせたのであった。
□
「どえらいものが居ましたね」
「あぁ、流石に度肝を抜かれたよ。あれで時間を操って呪いまで振り撒くんだから、間違いなく神霊が堕落した魔物だろう」
そして、事件の発生タイミング、そして神霊が堕落したと言う共通点から考えて、例の行商人が一枚噛んでいる可能性が限りなく高くなった。
何が目的かは知らないが、土地神を魔物に堕とすなど罰当たりにも程がある。
「堕ちた神など久しぶりの大物です。くふふ、腕がなります」
「血の気の多い賢者様だな本当」
「試してみたい魔法がいくつかあるので、いい実験台になりそうです」
下手したら行商人以上に罰当たりな発言だ。
「それはいいが、俺ごと吹っ飛ばさないでくれよ?」
俺の頼みに「そんなことになるわけないじゃないですかー」なんてドロシーは笑うと、楽しげに野営の準備を再開する。
あの後、俺たちは相談しあった結果この場所で野営をすることに決めた。
村に戻ってもよかったのだが、得体の知れない怪物に襲われる可能性と、操られた村人に襲われる可能性。
どちらがマシかと考えた時に、襲われた時に全力で叩きのめせる方が気が楽だろう、と言うドロシーの発言により、ここでの野営が決定したのである。
ちなみにディオゲネスは巻き込まれないよう既に天幕の中に避難をさせており、今は呑気に気絶させたセルゲイと眠っている。
「しかし、あれだけの巨体ならエルフ村を壊滅させるなんてわけない筈なのに、なんで呪いなんて手間のかかる方法を使っているんですかね?」
「さぁな、森から出られないんじゃないか?」
「何者かに封じられていると? 」
「もしくは、あの存在が森そのものかも」
「ははぁ、精霊が神格化した類ですか……じゃあなおさら森を焼き払えば解決なのでは?」
「逆だ、あの存在が森そのものなら、堕落した今あの魔物は森の呪いそのものだ」
「呪いそのもの、と言うと?」
「精霊は森の生み出す魔力が意思を持った存在、つまり森の感情を司る生命体だ。だが、堕落し魔物と化した瞬間、森はその負の感情を切り離す。そうやって魔物として膿を吐き出し続けることで、森は清廉さを守るんだが、切り離された呪いは、浄化されない限り次々に切り離される呪いを喰らって肥大化していく。焼き払いなんかしたらあれの何倍もデカくなって出てくるぞ」
「なるほどー。ははは、うっかり焼き払わなくて正解でしたね」
呆れたような得心がいったような、そんな絶妙な表情を浮かべながら、ドロシーは石灰の粉で白線をを引き、魔法陣を作る。
野営用の簡易な魔術結界ではあるが、ドロシーほどの魔法使いが描けばドラゴンのブレス程度は防げる優れ物だ。
問題なのは、あの怪物がドラゴンよりは弱いかどうかだが……考えない様にしよう。
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