存在の証明
「……具合はどうですか? セルゲイ」
「あ、あぁ……少し頭がボゥっとするけど、何ともないよ」
外に出たドロシーはセルゲイに声をかける。
頭に巻かれた包帯は血が滲んでおり、よく見るとあちこちに体を掻きむしったような後が見られる。
会話は可能だが、全裸でいたというのに特にショックを受けているような様子が見受けられない。
まだ夢を見ているような感覚なのだろう、ドロシーの問いかけにも何処となく上の空といった様子だ。
「これは、とてもじゃありませんが探索を続けられる状況じゃなさそうですね。マレリア、ちょうどリタたちも森の外に出たようですし……一緒に村に戻って体勢を立て直すべきかと」
「……分かった。業腹だけど貴方のいう通り、これ以上の探索は……」
「いや……原因の究明を急ごう」
「……セルゲイ?」
マレリアの言葉を遮るようにセルゲイは不意にそういった。
「話を聞いていなかったのですかセルゲイ?」
「聞いていたさドロシー……だけど、危険な敵がこのさきに潜んでいるなら尚更君達だけに任せるなんてできない」
「聞かない人ですね、相手はこのあたり一帯に呪いを振りまく強力な魔物です。仲間ともバラバラになった貴方が、どうこうできる相手ではありません」
「じゃあ君にならできるって言うのかドロシー? 魔法使いが魔物に詳しいなんてこれは驚きだ。君はいつ魔物の専門家になったんだ? ん?」
「いえ、私は専門家ではありませんが……」
「そうか、だったら黙っててくれ。そこの銅等級に吹き込まれたんだろうが? たかだか銅等級の、素人同然の男の話を間に受けて恥ずかしくないのかい? 君はもう少し賢い女だと思っていたんだけどね……幻滅だよ」
挑発をするようなセルゲイの反応に、マレリアも困惑したように声をかける。
「ど、どうしたのセルゲイ……怪我も浅くない、戻らないと」
「マレリア、君まで僕よりもそこの銅等級を信用するって言うのかい?」
「いや……そんなことない」
「だったら黙ってついてこい。リタとグレッグが居なくたって僕達だけで十分だ」
「……わ、分かった」
マレリアは一瞬悩むような表情を見せるが、最後には渋々といった様子でセルゲイに従うことを決めたようだ。
「……行っておくけどついてくるなよ。銅等級の足手纏いがいたら、それこそ危険だからね。まぁ、僕への非礼を素直に詫びるのであれば君だけはついてきても構わないけどね、ドロシー」
「詫びるつもりはありません……ですが」
「なら、ここでさよならだ。ドロシー」
ドロシーの言葉にセルゲイは小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、茂みを掻き分けるように森の奥へと進んでいく。
「忠告を聞かないやつだ」
森に消えたセルゲイに対して俺はそう呟くと、ドロシーはため息を漏らす。
「力づくで止めるべきでしたでしょうか?」
「構わん……それが奴らの選択だ。間違えた選択をするのも奴らの自由、こちらに奪う権利はない。それに、あいつらにかまけて村に被害が広がったらそれこそ本末転倒だろう。俺たちにできることは、あいつらが被害者になる前に異変の主を倒すことだけだ」
「そう……ですね」
俺の言葉に、ドロシーは納得をしたように頷いてつながれているディオゲネスの縄を解く。
と。
「ん?」
しゃがみ込んだドロシーは首を傾げて頬を拭う。
「どした?」
「いえ、頬に滴が……雨でも降ってきたのでしょう……か……⁉︎ アイアス⁉︎」
突然声をあげるドロシーに思わず視線の先を追いかける。
と。
「なっ⁉︎」
ドロシーの視線の先、高く伸びた木々の天辺近くに鹿の死体がぶら下がっていた。
遠目から見てもわかるほど立派なツノと体格。
大きさはおよそ1トンぐらいだろうか……その鹿の巨体が、百舌鳥の早贄のように木の枝に突き刺さるようにぶら下がっている。
「……一体、あんなところにどうやって?」
「分からん……だが、リタのみた怪物というのは見間違いじゃなかったということだ」
見たところ肉を貪られた形跡はなく、小屋に到着した時あの鹿はなかったことを考えると、明らかに俺たちが小屋の中に入ったときにぶら下げられたのだろう。
となるとあれは間違いなく、あれは俺たちに向けたものであろう。
「……奇襲を警戒した方が良さそうだな」
わかることは、森に潜む何かは俺たちを既に発見していると言うこと。
大楯を顕現させて背負い、ドロシーに視線を送ると。
ドロシーも杖を手に取り、ディオゲネスに再度道案内を依頼するのであった。
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