村長の家
「どうぞこちらに、何もないところですが……蜂蜜酒はお好きですかな?」
「樽ごと飲み干すほど好きですがやめておきましょう。一応仕事中ですので」
ドロシーの言葉に、少し長老は残念そうな表情を見せると「そうですか」とだけもらして俺たちの対面の椅子に腰をかける。
「それは残念ですな。喜んでいただけるかと思ったのですが」
「今は村も大変な時ですから、お気持ちだけで十分ありがたいですよ。呪いの一件が片付いたら是非」
「そうですか」
長老は静かに微笑むと、ドロシーの対面に座る。
「そう言えば村の外でセルゲイ達と会いましたが、他の冒険者を雇っていたんですね」
「あぁ、隠し立てしてた訳ではなかったのですが。やはり森の探索には人手が必要だろうとこちらでも手を回していたのです。本当はドロシー様の手伝いをお願いしたのですが。自分達だけで解決すると勝手に森に入ってしまって……ろくな装備も持たずに半月も森から帰ってこないものだったので。死んでしまったのではと心配してたのですが。無事だったのですね?」
「半月もですか?」
「ええ、それが何か?」
ドロシーと俺は顔を見合わせる。
先ほどの彼らの話ぶりから数日ぐらいで引き上げてきたのだと思っていたが、目立った衣服の汚れもなく半月も森での調査を続けていたとは。
「さすがは森に囲まれたガエリアで生きる冒険者と言ったところでしょうか。彼らがそこまで森での活動に優れていたとは意外です」
「自信に見合うだけの実力はあったと言うことか」
どうやら見かけと態度で相手を過小評価していたのは俺の方だったのかもしれないと、少しばかり反省をする。
「これは、我々も負けてはいられませんね。なので村長、そろそろ本題に入りましょうか」
ドロシーの提案に、村長は表情を少し強張らせ。
一度咳払いをしてから「わかりました」とこちらに向き直る。
「それで、その後村の様子はどうですか?」
「賢者様の呪い避けのお陰で、村の中で木になるものはあれ以降出てはいません。ですが」
「やはり、森に入る人たちは絶えませんか」
「えぇ、私も森への立ち入りを禁じはしたのですが……冬を越えるだけの薪の在庫もなく、小麦も今年は不作で……猟に森へ入り、そのまま帰らぬ者が後を立ちませぬ。力至らず申し訳ない」
「呪われるか飢えるか……どちらも選べるものではありません。責めることなどできませんよ。幸い、木になる呪いは解ける呪いです。元凶を早々に排除して、それから森に消えた人達の捜索を行いましょう」
「左様ですか……それで賢者様、本日いらしたと言うことは、その元凶の尻尾が掴めたのですかな?」
期待をするような表情を見せる長老であったが、ドロシーが静かに首を振ると、がっかりしたように肩を落とす。
「……期待に添えずすみません。ただ、人間や妖精の仕業ではないことまでは特定しました。森を隈なく探しましたが、魔力の探知にも、魔術の痕跡もありませんので、これは魔術師の仕業ではないようです」
「なんと……ではやはり、病の類と?」
「いえ、病でもありません。病であれば呪い避けの結界は効かないはずですから」
「では、一体何が?」
「……魔物です」
ドロシーの言葉に、長老は表情をこわばらせ。
「魔物、ですと?」
静かに震える声でドロシーの言葉を復唱した。
「えぇ。マナを伴わない魔力の行使、これは魔物にしかできない芸当です。魔法使いの私は門外漢なのですよ」
「なんと、それでは……」
「ですので、専門家をお連れしたというわけです」
そういうとドロシーは得意げに俺の背中をばんと叩く。
地味に痛い。
「アイアス様が?」
「彼は以前ロマリア王国の前線で魔物討伐をしていた専門家です。あぁもちろん腕は補償しますよ? なんたってわたしの選んだ人ですからね」
嘘だらけの胡散臭い話に俺は大丈夫かと不安になるが、長老はドロシーの言葉を疑う様子もなく目を輝かせた。
「おぉ、あのロマリア王国の……それならば安心だ。アイアス様、ご協力ができることが有れば何なりとお申し付けください」
「そ、そうか。なら早速聞きたいことがいくつかあるんだが」
「なんでしょう? 私に答えることであれば良いのですが」
「難しい話じゃない、村のことを聞きたいだけだ」
「それでしたら力になれそうですね。どんなことでしょうか?」
「まず、村人が森で呪いにかかるといったが、猟犬はこの村にはいるか?」
「犬ですか? えぇーと、どうだったかな。あぁそうだ、確かウサギ狩り用の猟犬ならおりますが何故?」
「ふむ。猟犬で木になったやつはいるか?」
「いいえ?」
「他の家畜はどうだ?」
「いえ、ありませんが……なぜそのようなことを? この呪いは、人間にしか効かない筈ですが?」
長老の言葉に俺は「そうみたいだな」と頷く。
どうやらドライアドの線は消えたようで、ドロシーの方を見ると安堵したようにホッとため息をついていた。
「となると、魔術を扱える魔物の可能性が高いな。魔法が使える魔物は数多い。トレント、レーシェン、ケルナン、時にはゴブリンでさえも魔法を操ることもある。森に入って痕跡を探らなければ特定は難しいな……それに、何か手がかりが欲しい。呪いをかけられたものの中に話ができそうなやつはいるか?」
「えぇと……」
質問に長老は一瞬怯んだように言葉を濁すと、ドロシーはピョコンと耳を跳ねさせて一人のエルフの名前を上げた。
「きこりのエルナムなら話を聞けるかもしれません。彼の呪いは、腕だけで進行を止められましたので」
「なら、そのエルナムに呪いがかけられた日のことを聞いてみよう。呪いの出どころがわかるかもしれない」
「そうですね、きこりなら森に詳しいですし。道案内も頼めるかも?」
俺の言葉にドロシーはそう頷くが、長老は困ったような表情を作る。
「エルナム、ですか。御言葉ですがアイアス様、あまり良い方法とはいえないかと。エルナムは呪いをかけられて以降恐怖に心を病んでおりまして、家から出てこようとしないのです。たとえ話せたとしても、まともな話ができるとはとうてい……」
「構わない……最悪仕事場所を教えてもらえればそれでいい。案内してくれ、ドロシー」
「えぇ! お任せください。それに、そんな状態なのだとしたらなおさら赴かなくては。出来る魔法使いはアフターケアにも気を配るものです! さぁ、行きますよアイアス!!」
「はいはい」
「あぁ、アイアス様、賢者様!? お待ちください!」
【お願い】更新の励みになりますので、気軽にブクマや評価よろしくお願いします。
皆さんの応援が原動力になるので、たくさんレビューや感想もいただけると嬉しいです! よろしくお願いします〜ノシ