悪い魔法使い
「灰色の賢者様だ」
「おぉ、賢者様がいらしたぞ」
「誰か長老にお知らせしろ」
セルゲイ達と合流したくないというドロシーの希望を聞き、俺たちは少しあたりで時間を潰してからエルフの村へと入る。
すると人々は手を止めて一斉にドロシーへと視線を集める。
灰色の賢者の名前がこんな辺鄙な村にまで知れ渡っていると言うのは本当のようで、全員がまるで天使でも見るかのような眼差しをドロシーに向けている。
「随分な人気だな」
「絶望的な状況ですからね。賢者という肩書きに過分な期待を寄せてしまうのは無理からぬことかと」
「まぁ確かにそれもそうか」
落盤に飲まれたドワーフは捨石にも祈るなんて言葉がある様に、追い詰められた人間は何にだって縋ろうとしてしまう。
ただ村人たちのこの反応、縋るというのとはちょっと違うような……。
見ると、遠目からドロシーを眺める村人たちは各々ドロシーに祈りを捧げるように手を合わせている。
──どちらかと言えば崇拝に近いな。
はたして、警戒心の強いエルフが余所者にそこまでの信頼を寄せるものだろうか?
「何難しい顔してるんですか? アイアス」
些細な違いかもしれないが、その違和感に俺は首を傾げているとドロシーは不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、いや、別に。ただ随分と追い詰められてるなと思っただけだ」
「当然ですよ、黒の森は彼らにとって重要な生命線です。加えて呪いで働き手も減っているせいでこのままではこの村は冬を越えられないかもしれない。そんな差し迫った状況なんです」
「なるほどな、状況は思ってたよりもひっ迫してるというわけか」
通りで、森ごと焼き払うという選択肢がドロシーの中で生まれ始めていたわけだ。
そうなればこの村人たちの反応も仕方ないのか?
「理解していただけて何よりです。そういうわけなので、寄り道せず長老の家まで向かいますよ」
「あ、あぁ」
□
「おぉ、ようこそおいでくださりました灰色の賢者様」
長老と呼ばれるエルフの家は、集落の真ん中に作られた他の家よりも一回り大きな藁葺き屋根の家であり、到着をすると長老と思しきエルフ族の老人が俺たちを出迎えた。
「突然の訪問で申し訳ありません長老。お仕事のお邪魔をしてしまったでしょうか?」
「いえいえ、賢者様にはこの村を悩ませている呪いを調査いただいているのです。どうして他の仕事を優先できましょうか。ささ、中へ」
「その前に、紹介をしたい人がいるんですがよろしいですか?」
「紹介?」
ドロシーの言葉に、長老はドロシーの背後に立つ俺にようやく視線を向けた。
「えぇ、此度の呪い、元凶は魔物だとお伝えしたと思いますが、その魔物の生態に詳しい人間を助っ人して連れてきました。紹介します、アイアスです」
「よろしく頼む」
ドロシーに紹介され、俺は長老に握手を求めるよう手を差し出す。
だが、やはりというべきか、話が違うというべきか、長老は警戒するように訝しげな表情を俺に向けた。
「協力、ですか。失礼ですがアイアス様。賢者様とはどのようなご関係で?」
「え? あー、えー、とだな」
想像以上に警戒心を露わにする長老に、俺は思わず口籠ると。
「彼は私の旦那様です」
ドロシーは顔色ひとつ変えず満面の笑顔で嘘をついた。
「旦那様、ですか?」
「えぇ、仕事で別々に行動をしていたのですが今回の事件のためにわざわざ出向いてもらったんですよ。ほら、結婚指輪もちゃんとここに」
息を吸うようにドロシーは嘘を吐き、胸元からネックレスに繋がれた赤い宝石の埋め込まれた指輪を長老に見せる。
「夫婦? エルフと人間が?」
先ほどのドロシーの話とはまるで違い、夫婦という言葉に長老は見るからに不快そうな表情を作るが。
「ええ、エルフと人間の何処にでもいる夫婦です。何か不思議なことなどありましたでしょうか(…………)?」
キラリと胸元の指輪が鈍く光ると、一瞬長老は目眩を覚えたかのように頭を振る。
「あ、あぁ。あれ? いえ、なにも、そう、ですね。別に何も、変なことはありませんね……私はこの村で長老をしておりますゲラルフと申します。どうぞよろしくお願いしますアイアス様。ささ、お二人とも中へ」
先ほどとは打って変わり、警戒を解いて俺たちを家の中に案内してくれる長老。
そんな豹変した態度に、恐らく原因であろう賢者様を見る。
「やったなお前」
「そりゃもちろん」
悪びれる様子もなくドロシーはあっけらかんと言い放つと、ぺろりと舌を出す。
どうやら先ほどの「私がついているから大丈夫」というセリフは、自分の魔法に対抗できるエルフが村にはいないから大丈夫、という意味だったらしい。
「一般人への認知改変の魔法は違法なはずだが?」
「ここはロマリアじゃないので問題はありませんよ。それに、ことが済んだらちゃんと戻すので大丈夫ですって」
「そういう問題じゃ……」
「ほらほら、変に無駄話してるとそれこそ怪しまれますよ。アイアス」
「あ、おいこら待てドロシー! ったく……なんて悪い魔法使いだ」
話を聞かず、さっさと中に入っていくドロシーの後を、俺は深いため息を漏らしながらついていくのであった。
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