怪異と雑な女
それは先ほど通ってきた道であり、目を細めると木々の隙間からこちらをじぃっと見つめる長い黒髪の少女の姿が見えた。
距離が遠く顔まではよく見えないが、少女の身に纏う真っ赤なドレスに、口元に引かれた真っ赤な口紅が薄暗い森の中に輝くように浮かぶ。
表情など見えるはずないのだが、それを見て俺はなんとなく、笑っているような気がした。
「......得体が知れんな」
警戒しつつ懐のナイフに手をかける。
村の人間か、それともよくない何かなのか。
しばらく警戒して少女を見つめていると......少女は首を傾げ、ゆっくりとこちらを指を向ける。
魔法か、呪いか。
いずれにせよ、降りかかる火の粉は振り払わなければなるまい。
「いいだろう、だが間違いなく……後悔するぞ」
そう呟いて、体を沈めて身構える。
────────来る!!!
「見つけたわよっ!! 森の怪物――!!」
「はっ??」
不意に場違いな声が背後から響く。
完全な虚をつかれたその声に振り返ると、そこにはこちらに向かって飛びかかる鎧姿の少女の姿があった。
「な、なんだ!?」
前方の何かに気を取られすぎたせいで反応が遅れた。
咄嗟に振り下ろされた刃をナイフで防ぐ……だがそれは悪手であった。
【罪あるものを縛るこの風こそ汝を縛る戒めの鎖!以下省略!────拘束!!】
鎧の少女は呪文を詠唱して俺の腕を掴むと。森に溢れるマナが魔法により鎖のような形に変わり、一瞬で俺の腕を縛り上げる。
「!!っしまった!?」
「度重なる連続殺人の現場、この目でしっかりと見させてもらったわ! よくも罪もない老婆を殺したわね、怪物め!!」
「連続殺人? 待て待て、怪しいのは認めるが殺人は言いがかりだ。さっきの老婆のことを言ってるなら奴は森鳴らしだ。森の危機を知らせる精霊の一種で……それに怪物ならもっとヤバいものがあそこに……」
そう言って振り返るが、すでにそこには黒髪の少女はおらず、鬱蒼と生い茂る森があるのみ。
逃げたのか、姿を消したのか。
分からんが、あの手の怪物は理解しようとするのも危険か。
「訳のわからないことを言って惑わそうったって無駄よ!? 良いから来なさい!!」
鎧の少女はそう言うと、風の鎖を引いて俺を無理矢理に歩かせる。
「っ、少しは話を聞いたらどうだ? 俺は今この森に入ったばっかりだ、連続殺人なんてやる時間も……」
このままじゃ晴れて殺人の現行犯だ。
慌てて説得を試みるが、俺の言葉はスラリと剣が突きつけられた刃に封殺される。
「うるさいわね。それ以上ごちゃごちゃ言うようなら、首すっ刎ねるわよ? わかった!?」
「……あぁ。話にならんと言う事は分かったよ」
「そ、なら良かったわ」
なんて雑な性格だ。
ため息をついて俺は会話を諦め、腕にかけられた拘束の魔法を見る。
────魔物に気を取られてたとはいえ、不意打ちから魔法までの流れは見事の一言。
だが、先ほどの会話から分かる通り視野の狭さと大雑把な性格がその能力を大きく下げている。
才能はあるが経験に乏しいルーキー、と言ったところか。
魔法の発動までは良かったが、詠唱をいい加減に破棄してるせいで魔法の拘束は簡単にすり抜けられる程度には緩んでいる。
腕を縛ったことで安心して完全に油断をしているようだし……これなら逃げ出すのは簡単だろう。
だが。
連続殺人の容疑で拘束された、という事はこの先にはそれなりに大きな集落があるという事だ。
話ぶりからもここで処刑という事はなさそうだし、村まで案内してくれるというなら抵抗する理由もない。
この鎧女に道案内をしてもらって、村についてから、裁判なりなんなりでゆっくり誤解を解けばいいだろう。
もっとも、執り行われるのは魔女裁判かもしれないが……まぁ、その時はその時だろう。
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