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アイアス、魔法使いに食べられる

 ───────………。


「……うー?」


 早朝。

 木漏れ日は暗闇に飲み込まれていた森を照らし、日の出を歓迎するかのように鳥たちは森に歌声を響かせる。


 歌声に合わせるように働き者の木こりの斧が打楽器のように木を叩き、虫たちもそれに負けじと思い思いに声をあげて朝を彩る。


 そんな音に急かされるように俺は鉛のように重い体を持ち上げる。


 あたりを見回すとそこには見慣れた殺風景な我が家の光景。


 脱ぎ捨てられた服から察するに、帰ってくるなりそのままベッドに飛び込んだようだ。


 扉の鍵は開けっぱなしな上に寝巻きは裏返し。


 いくらなんでもハメを外しすぎたな──と、反省をしながら俺は体を起こす。



「っあー……ドロシーが樽の中に顔突っ込んだ所から記憶がねぇな」


 ズキズキと痛む頭を抑えながら机の上を見てみると、記憶の中ではそこそこ膨らみがあったはずの財布がぺったんこに萎んで打ち捨てられている。


 見なくてもわかる、冬への蓄えだったはずの金を一夜で全て酒に変えてしまったのだ。


「やっちまったか」


 我ながらバカなことをしたものだと苦笑が漏れるが、不思議と後悔の念は浮かんでこないし、むしろすっきりとした晴れやかな気分が自分を満たしている。


 きっと……それだけドロシーとの再会が嬉しかったのだろう。


 思えば3年ぶりだ……記憶がぶっ飛ぶまで酒を飲んだのなんて。


「……やっぱり、あいつがいると楽しいんだな」


 ドロシーがこの街にいつまで滞在をしているのかは分からないが……しばらくは相棒パートナーとして一緒に過ごせると考えると、つい口元が緩んでしまう。


 気がつかなかったが……俺にとってドロシーはそれだけ大切な人だったのだと改めて思い知らされる。


「うぐっ……とはいえ、飲み過ぎにはこれからは気をつけよう……」


 少なくともドロシーの依頼を手伝う昼までには、この二日酔いを何とかしないと。


 倦怠感と頭痛にふらつきながら、俺はベッドから立ち上がろうと手をつく。



 と。


 ぷに……。


「ぷに?」


 なにやら触り慣れない感触が手に伝わり、ふと見ると。


「────寝起き一番に鷲掴みとは、流石アイアス。豪胆ですね」


 そこには衣服がはだけたあられもない姿でこちらを見つめるドロシーがいた。


 みると俺の手はシャツの上から彼女の胸部をむんずと鷲掴んでおり、柔らかな弾力のある半球体に指が沈んでいく。


 いい形だ……じゃなくて。


「……なんでお前がここにいる?」


「……やはり貴方も覚えていませんか」


「俺もってことは」


「えぇ、私もすっぽーんと記憶が抜けちゃってます。覚えているのはタルに顔突っ込んだところまでですかね。状況からして、互いに酔い潰れてなし崩し的に私がお持ち帰りされたのかと」


 冷静にけろりと言い放つドロシーに、俺はやれやれとため息を漏らす。


「成程、いつものことか」


「えぇ、いつもの事です」


 しばし無言のまま、お互いの顔を見つめ合う。


 お互いボロボロの髪に乱れた衣服。


 こんな辺境の地においても、いつもと変わらない失態を犯す自分達に、お互い同時に表情が緩む。


 それ以上の言葉は必要なかった。


 ようやくお互いがいつも通りの関係に戻れたのだと、おそらく気が付いたのは同時だったのだろう。


 昨日までの少しギクシャクした空気はすっかりなくなり、二日酔いなど忘れて俺はドロシーに頭をくっつけるようにもう一度横になる。


「それでどうする? 約束の昼までには時間があるぞ?」


「あー、そしたらお風呂貸してもらえますか? 流石に体と髪を洗いたいです」


「こんなボロ屋にそんな贅沢なものあるわけないだろ」


「うぇーマジですか? お風呂がないならアイアスはいつもどうやって身体洗ってるんです?」


「奥に川があるから、基本的にはそこで水浴びだ」


「水浴びって、この時期川の表面凍ってるでしょうに」


「砕けば良いだけだ。中までは凍ってない」


「かー、流石は古代人最強の戦士ですね……入浴一つとっても豪胆というか、脳みそ筋肉というか」


「越冬のための薪を節約してるだけだ。ただでさえカールフォレストを襲った行商人の調査で時間を取られてる。薪のストックが乏しいから余分な消費は抑えたいんだ。この辺りの冬は厳しい、火を絶やしたら一晩であの世行きだからな」


 朝になったら全てが元に戻る体とはいえ、死んでしまったら戻りようがない。


 不老ではあるが不死身とは程遠いこの体は、朝が来るまではただの人間と変わらないのだ。


「理由が真っ当すぎて揶揄い甲斐がありませんね……仕方ありません。面倒ですがお風呂は一旦自分の家にもどって入ることにします」


「あぁ、そうしてくれ」


 めんどくさー、とドロシーはぼやくと、今度はゴロリとこちらの方に寝返りを打つ。


 銀色の髪が朝日を反射し、まるでドロシーの体が光そのものを纏っているかのように映る。


 本当、絶世の美女という言葉はドロシーのために存在していると言っても過言ではないだろう。


 もっとも、口を開かなければだが。


「む、アイアス。何か失礼な事今考えませんでした?」


「黙秘する……それよりも、一旦家に戻るならそろそろ起きるか? 朝飯ぐらいは出してやるぞ?」


「んー。朝食(それ)は魅力的ですが、まだ時間に余裕がありますし、もう少しこのままゆっくりしても?」


「珍しいな。いつから朝が弱くなった?」


「昨日は調査で大魔法を連発したせいでくたくたなんですよ。魔力もカラカラで……今の私は三千世界の片目のカラスを殺してでも親友と朝寝を楽しみたい気分なのです……ダメですか?」


 うつ伏せになってニコリと笑いかけるドロシーに、俺は「好きにしろ」と呟いて寝返りを打つ。


 いつもなら薪割りを始める時間ではあるが、親友の珍しいおねだりだ。


 一日の朝寝ぐらい構わないだろう。


 そう思案して瞼を閉じる、と、今度は背中に引っ付くようにドロシーが体を寄せて来る。


「どした? 寒いのか?」


「あ、いえ。ちょっと甘えたくなっただけです。こうして直接人と触れ合うのも3年ぶりですので。アイアスの背中、すごい安心するんです」


「そうか」


 ドロシーの言葉に短くうなづいて目を閉じる。


 魔法使いといえども女の一人旅、心細かったのだろう。


 背中一つで休まるものなら安いものである。


「……」


「……」


 そうしてしばらく、俺は目を閉じてドロシーの体温を感じる。



 眠れはしなかったがその暖かさは心地よく、静かな朝の日差しを浴びながら俺は、ドロシーのトクトクと言う心臓の音を静かに聞いていた。


 ────悪くないな、朝寝。


 ……誉められたものではないのだが、またその背徳感が心地よい夢見心地な時間を演出する。


 このまま夜までこうしていたい……そんな怠惰な願いが、眠りを(いざな)いかけるそんな頃。


「本当に寝ちゃって良いんですか?アイアス」


 甘いドロシーの囁き声が鼓膜をくすぐる。


 目を開けると、ドロシーが悪戯っぽい笑みを浮かべたまま俺の顔を覗き込んでいた。


「どうしたドロシー、物欲しそうな顔をして、やはり腹でも減ったか?」


 3年ぶりの人肌に、どうやらすっかりその気になってしまったらしく、俺の冗談にドロシーはペロリと舌なめずりをする。


「えぇ。やはりせっかくの提案でしたので、魔力補給も兼ねてアイアスをいただこうかと」


 先ほどの子供っぽい表情から一変、はだけた衣服の下を見せつけるように俺の顔をドロシーは覗き込むと、大人びた妖艶な笑みをこちらに向けたまま、俺の首筋を優しく撫でる。


「婚約者じゃなくて、今は親友じゃなかったのか?」


 冗談をこぼすと、ドロシーは意地悪く笑う。


「友達同士でだって、肌ぐらい重ねますよ。それにこれは、魔力の供給ですから」


 首から肩に手を這わすドロシーは完全にスイッチが入ってしまった様子で、誘惑するように耳たぶを甘く噛んでくる。


 逆らえず俺は向き合うと、ドロシーの細い背中に手を回す。


 少しだけ荒くなった吐息に、紅潮する頬。


 そのとろけたような甘い声一つとっても、先ほどとはまるで別人のような色香を振り撒くドロシー。


 先ほどまでの子供のような振る舞いが嘘のようなこの落差は、分かっていても強力だ。


 本気で誘惑を仕掛けるドロシーは魔法よりも遥かに厄介極まりなく、事実出会って数100年経つ今になっても、俺は抗う術一つ見出せていない。


「本当、恐ろしい魔法使いだよお前は……」


「えぇ、そしてアイアスは怖い魔法使いに食べられちゃうのでした、いただきまぁす」


 俺の皮肉に返すように微笑うと、ドロシーは首筋にそっと歯を立てた。


 □


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